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富樫哲佳の音楽コラム【ぐるしん】
吹奏楽から見た紅白歌合戦
※いままで「メルマ」を通じてメールマガジン【ぐるしん】を発行してきましたが、しばらく発行しないうちに、登録抹消されてしまいました(汗)。そこで、最近は当Band Powerでの執筆が多いので、この際、同サイトをお借りして【ぐるしん】を掲載・再スタートさせていただくことにしました。【吹奏楽曲でたどる世界史】とともに、ご愛読のほど、よろしくお願いいたします。


 昨年大晦日の、第57回NHK紅白歌合戦は、DJ OZMAの「全裸ダンサー騒動」が話題を独占してしまった。

 私も、観ていて仰天した。確かにバックの女性ダンサーたちは全裸に見えた。しかも、全員が股間に「何か」を貼り付けていた。男性ダンサーに至っては、イチモツを出しているのではないかとさえ思えた。カメラが、それらをはっきり映さないよう避けていたのが明白で、「何かとんでもないことが起きているのでは」と思わずにいられなかった。

 しばらくしたらアナウンサーが「先ほどのダンサーが全裸だったのではないかとのお問い合わせをたくさんいただいておりますが、ボディスーツを着用しておりました」と釈明を始めた。そして「誤解を与えたことをお詫びします」と謝罪した。

 翌日のスポーツ紙によると、事前のリハーサルでは、あのような演出ではなかったらしい。だから、これは明らかにDJ OZMA側の「抜き打ち行為」なのだが、それでも、本番直前の舞台裏にはNHKのスタッフが付いていたはずだし、あのような「衣装」を持ち込んで裏で準備していれば、気が付く関係者がいたっておかしくない。なのに、それが罷り通ってしまった。

 以前にも似たような騒動は何度かあった。桑田佳祐が、ドギツイ化粧と衣装で、「御大」三波春夫のパロディを演じたり、とんねるずが、背中に「受信料を払おう」とデカデカと書いて登場したこともあった。どれもブラック・ユーモア演出で、カメラがどう映していいか困惑していたのを、いまでも思い出す。

 つまり、紅白とは、細かい打ち合わせやリハーサルが行われるものの、実際に始まってしまえば、何をやろうと誰も止められない、かなり混乱した状況の中で進行していることが、うかがわれるのである。(だからこそ細川たかしや森昌子が歌詞を間違えただろう)。

 その典型が、あのDJ OZMAのステージだったわけだが、同時に私は、まさに吹奏楽のポップス・ステージが参考にするべき内容だったと思う(もちろん、ボディスーツではなくて、ひたすら盛り上げようとするパワフルぶりを)。もうひとつ、Dreams Come Trueのステージも、吹奏楽関係者が参考にするべき演出だった(大合唱とマーチング・ドラム隊を加えて、ほとんど、立ったままの大編成ドリルだった)。

 実は、私が紅白歌合戦を好きな理由が、ここにある。あの正味4時間20分は、混乱と整然のせめぎあいであり、吹奏楽にとって、ネタの宝庫なのである。何しろ、計54組の歌手が登場し、そのすべてが、異なった舞台装置・音楽演出で歌うのだ。これはもう、ほとんど番組自体が「芸」の域に入っているといってよく、54通りの文化祭・定期演奏会があるようなものなのだ。

 よく「大人の知っている曲が少ない」「選曲基準がわからない」などと、あれこれ言われるが、そんなことはどうでもいい。これほどまでに音楽の受容環境や趣味嗜好が多様になった現在、「すべての世代が楽しめる音楽番組」なんて、できるわけないのだ。視聴率が低迷するのも当然である。だから、DJ OZMAの「全裸ステージ」のラストに北島三郎が登場した、ああいうトンデモ演出を楽しむのが、いまの紅白なのである。

 しかし、ほんとうに紅白の選曲基準は、世間一般からかけ離れているのだろうか。そこで今回の楽曲が、どのくらい「吹奏楽譜」になっているかを調べてみた。吹奏楽版の楽譜が発売されていれば、それなりに世間に受け入れられているであろうことが予想される。吹奏楽は、小学生から社会人まで多くの世代が携わり、聴くものだから、それなりの指標になるはずだ。果たして紅白の楽曲は「みんなが知らない曲ばかり」なのだろうか。

 現在、日本でJ-POPの吹奏楽譜を恒常的に発売しているのは、ミュージック・エイト社の「吹奏楽ヒット曲」「吹奏楽コンサート」シリーズ、および、ヤマハ・ミュージック・メディアの「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」シリーズであろう(以下、各々「M8」「NSB」と略す)。M8は、毎月数点ずつJ-POP吹奏楽版を刊行している。NSBは年に1回10点まとめての刊行だが、時折、J-POPのヒット曲が含まれている。

 これらの刊行リストをチェックした結果、「54曲」中(正確にはメドレーや、別コーナーの曲もあるので、曲数としてはもう少し多い)、「15曲」が、吹奏楽譜になっていることがわかった。約40%である。つまり、昨年の紅白で歌われた曲の4割を、吹奏楽で演奏することができるのである。これ、ちょっと意外ではなかろうか。

 「どうせ、演歌とか、昔の曲ばかりが吹奏楽譜になってるんだろう」と思うかもしれない。だが、たとえばAqua Timez≪決意の朝に≫、スキマスイッチ≪ボクノート≫、ポルノグラフィティ≪ハネウマライダー≫などといった、おそらく「オジサンが知らない曲」が、ちゃんとM8から楽譜化されている。合間のコーナーで、ゴスペル・コーラスを交えて演奏された≪ハレルヤ≫も、同じくゴスペル入りでNSBから出版されている。もちろん≪浪花節だよ人生は≫≪ふるさと≫といった、「昔の曲」もある。

 M8やNSBが、それだけ流行に即応している結果だともいえるだろう。だが、編曲作業を経て楽譜化し、吹奏楽フル編成のセット楽譜を刊行するのは、新書1冊を生み出すよりも、はるかに手間がかかる。にもかかわらず、吹奏楽譜となって刊行されているということは、相応に世間に認知されている曲である証左なのだ。

 やはり紅白は、現代の娯楽音楽市場の、見事な凝縮図になっているのである。

 そのほか、今回の紅白の感想を、アトランダムに述べておく。

 何よりも私のようなオジサン世代には、今井美樹や徳永英明の登場がうれしかった。
 内山田洋を失ったクールファイブは、一夜だけとはいえ、よく再結集したものだ。確か、前川清のわがままで、後味悪い強制解散だったはずなのに。
 アンジェラ・アキは、ほかの歌手と一緒に楽しそうにはしゃいでいて、ああいうキャラだとは思わなかったが、≪HOME≫は、ほんとうに素晴らしかった。あの曲が聴けただけでも、紅白を観てよかった。
 TOKIO≪宙船(そらふね)≫は、中島みゆき節満載でジーンときた。日本中のいじめられている中高生に聴いてほしかった。
 ≪千の風になって≫を歌ったテノール歌手は、それなりの経歴らしいが、ピッチがあまりに不安定に思えた。あれでいいのだろうか。
 森進一≪おふくろさん≫は、もはや「歌謡演劇」の域に達しており、何か別の世界を見せられているようだった(その一方で、前妻・森昌子が≪バラ色の未来≫なる曲を歌ったのが印象的だった)。
 ≪Mother≫の和田アキ子は、高音部が上がりきらず、いくら亡母への想いがあったとしても、もう限界なのではなかろうか。もしそうなら、作編曲スタッフは、キイを下げて音楽作りをしてあげるべきだと思う。
 ≪ありがとう≫のSMAPの歌の下手さはいまに始まったことではないが、今回は際立って下手で、驚かされた。あれで大トリ前とは、あんまりじゃなかろうか。聴いていて気持ちが悪くなってきた。あんな歌唱にカネを払っているファンがいるかと思うと愕然とする(ただし、美輪明宏が、木村拓哉が声優をつとめた『ハウルの動く城』完成試写会で、「SMAPは歌はだめだけど、お芝居はなかなかなのよ」と言っていたのを付け加えておく)。

 最後に、全54曲中、まだ吹奏楽版になっていない楽曲で、ぜひ、刊行してほしいものを3点。

 問題のDJ OZMA≪アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士≫は、文化祭にピッタリだろう。ただし、変なボディスーツを登場させると、停学になる恐れがある。

 新井満の訳・作曲でブームの≪千の風になって≫は、紅白同様、朗読や歌唱(合唱)を入れられるヴァージョンにしたら、定期演奏会などで好評を得ると思われる。

 だが、やはり、北島三郎≪まつり≫は、これだけしばしば紅白で歌われている以上、そろそろ吹奏楽譜になっていいのではないか(マーチング・パレード楽譜でもいいかもしれない)。商店街や町内会のお祭り、パレードで演奏したら、たいへんな盛り上がりを見せるだろう。

 吹奏楽関係者諸君、もっと紅白歌合戦を見よう!


 Text:富樫哲佳

(2007.01.05)


【追記】
その後、読者の方から、≪まつり≫がM8から出ているとのご指摘をいただきました。確かにそのとおりで、ご指摘、御礼申し上げます。ただし和太鼓を起用したコンサート版で、美空ひばり≪お祭りマンボ≫とのメドレーであり、単独編曲ではありません。
(富樫哲佳)

(2007.01.11)


(C)Tecca Togashi

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