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富樫哲佳の「音楽コラム【ぐるしん】吹奏楽版」
NSBの魅力
〜「ベスト ニュー・サウンズ・イン・ブラス100」を聴いて

 東芝EMIから出ているクラシック6枚組BOXセット「ベスト100」シリーズに、「ベスト ニュー・サウンズ・イン・ブラス100」が加わった。すでに「ベスト吹奏楽100」が出ているので、吹奏楽モノとしては第2弾である。

 私事で恐縮だが、私は、まさにこの「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」(NSB)とともに吹奏楽の世界を歩いてきたようなものなので、このBOXセットに、まことに感慨深いものを覚えている。ご紹介がてら、NSBについて、簡単に説明したい。

■ポップスをやってはいけない時代

 NSBとは、言うまでもないが、年に1回(春頃)、東芝EMIからCDが、ヤマハミュージックメディアから楽譜が、それぞれ発売される、吹奏楽のポップス・アレンジ・シリーズである。

 あれは、1972年のことだった。当時、私は中学生で、吹奏楽部でクラリネットを吹いていた。弱小吹奏楽部で、演奏するのは、マーチとクラシック編曲ばかりだった。部室にある楽譜が、それらしかなかったのだから仕方ない。近くの老人会への慰問演奏に行って、≪軍艦行進曲≫や≪海兵隊≫などのマーチを演奏すると、司会のオジサンは「いやあ、中学生らしい、元気イッパイの演奏ですね!」などとお世辞を飛ばしていた。

 いまの若い方々は、そんな話を聞くと笑うだろうが、一部の(コンクールで上位に食い込むような)学校を除けば、日本の学校吹奏楽部は、多くが、まだそんな状態だったのである。そもそも、コンクール課題曲にしてからが、その数年前までは「実用マーチ」ばかりだったのだ。スーザの≪エル・キャピタン≫≪マンハッタン・ビーチ≫、ベネットの≪先頭指揮官≫、これ全部、コンクールの課題曲だったんですよ。信じられますか? つまり音楽室にあったマーチの楽譜は、それらコンクール課題曲だったのである。吹奏楽は、実用マーチを演奏するもの、あとはせいぜいクラシック編曲をやるもの…それが常識だったのだ。

 しかし我らはもう中学生、ビートルズを聴き、『ゴッドファーザー』とか『ある愛の詩』なんて映画に感動していた。マーチもいいけど、ああいうカッコイイ曲だって演奏したい…音楽室で悶々としながら、スーザを演奏していたのだ。

 そうしたところへ1972年に登場したのがNSBである(確か、第1集は、東芝EMIでなくSONYから出たはず。今回のBOXセットに第1集からの収録がないのは、そのせいだろうか?)。

 私たちはビックリ仰天した。LPを買ってみたら、大半がビートルズやバート・バカラックだ。楽譜も出ているらしい。これ全部、吹奏楽で、自分たちで演奏できるのか? この時の興奮は、いまでも忘れられない。

 実は、私のいた吹奏楽部の場合、人数も少なかったし、顧問がこういう曲をやらせてくれず、すぐにはNSBに手を出せなかった。ところが、ある時、学区内の合同音楽会に行ったら。他校吹奏楽部が、次々と、ビートルズだの≪ゴッドファーザー 愛のテーマ≫だのを演奏しているではないか。これいったい、どういうことよ。あの学校、去年は≪国民の象徴≫を演奏してたのに。こっちの学校は、去年は≪学園序曲≫(課題曲)とかいうのを真面目に演奏してたのに。少なくとも、私の学区内の吹奏楽状況は、NSBが登場した1972年からの1〜2年で、ガラリと変わってしまったのだ。おそらく全国規模で見たら、この年は、吹奏楽革命元年だったのではなかろうか。

 今回のライナーノーツで作曲家の森田一浩が寄稿しているように、アメリカからの輸入レパートリー全盛だった日本の吹奏楽界に、新たな潮流を吹き込むべく、NSBは誕生した。アレンジャーは、ベテラン岩井直溥を中心に構成された。しかも、音源と楽譜が同時に出るというのが新鮮だった。

 この頃のNSB定着にまつわるエピソードは、もはや伝説になっている。「音楽室でドラムセットやエレキベースを鳴らすとは何事か」「学校の中で、大音響でビートルズを演奏するなど、けしからん」と文句を言う教師や保護者が続出した。編曲者・岩井直溥は、誤解を解き、吹奏楽ポップスの楽しさや演奏方法を伝えようと、全国をクリニックで回った。

 現在、文化祭だろうと、コンサートだろうと、学校吹奏楽部がポップスを演奏するのは当たり前になっている。ポップスなしでは吹奏楽部は成り立たないはずだ。だが、そうではない時代=「ポップスをやってはいけない時代」があったのだ。そこから脱却するにあたっては、上記・岩井直溥を始めとする、初期NSBに関わるスタッフたちの、たいへんな苦労と努力があったのだ。

 このBOXセットは、まさに、そんな大変革の過程を見事におさめた6枚組なのである。


■「岩井編曲」の面白さ

 前述のように、NSBは第1集(1972年)が東芝EMI以外のレコード会社から出たせいか、今回のセットは、第2集(1973年)からの収録になっている。

 余談だが、この第1集にあった≪ヘイ・ジュード≫(岩井直溥編曲)が、前に出た「ベスト吹奏楽100」には収録されており(もしかしたら、第1集の音源ではなく、別録音かもしれない)、シンフォニック・ポップスとでもいうべき、シンプルにして素晴らしいアレンジなので、ぜひ、お聴きいただきたい。最初からこのアレンジ・レベルだったのかと、驚くはずだ。

 どの曲が何年のNSB収録曲なのか、解説が一切ないので分りにくいのだが(できれば、これを入れていただきたかった。そうすれば、古い吹奏楽ファンには、一種のクロニクルとして楽しめたと思う)、1973年(第2集)と1974年(第3集)が最もたくさん収録されており、以後、1回休んだ1976年を除いて、毎年3〜4曲ずつ、2002年(第30集)まで全100曲が収録されている(最後の数年は、1〜2曲ずつの選曲)。

 今回、全100曲を一挙に聴いてみて、まことに感慨深いものがあったが、やはり岩井直溥のアレンジの面白さ、手だれぶりが目立つ。

 私はすっかり忘れていたのだが、1973年(第2集)の≪駅馬車≫に、≪大いなる西部≫や≪荒野の七人≫など西部劇映画の断片が混じっているのにはあらためて驚いた。演奏中、突然別の曲が入り込んでくる岩井お得意の「お楽しみアレンジ」は、すでに最初期から行なわれていたのだ。1978年(第6集)の≪ハード・デイズ・ナイト≫には、ベートーヴェンの≪運命≫が登場する(この文学的シャレ、分ります?)。ちなみに、「ベスト吹奏楽100」のほうに収録されている≪76本のトロンボーン≫(1984年の第12集)には、≪国民の象徴≫が登場する。この高等なお遊び精神が、のちに「グラフィティ」シリーズを中心とする多くのメドレー・アレンジでさらに花開くのである。まさにNSBは、岩井直溥あってこそ成立したといえる。


■名アレンジの数々

 NSBは、長い歴史の中で、「実用」とともに「鑑賞曲」の要素も強くなっていった。すでに、1974年(第3集)の≪デイ・トリッパー≫で、サックスやトロンボーンのアドリブ・ソロが加わっている。その後、この傾向はさらに強まり、ゲスト・プレーヤーが招かれ、「おいおい、いくら何でもこんなアドリブ・ソロ、アマチュアには無理だろう」「こんなハイ・トーン、出るわけないでしょう」と言いたくなるスーパー・プレイが、続々登場した。楽譜を見ると、それらアドリブがそのまま採譜されている曲もあったが、グニャグニャの「波線」+「ADLIB」としか書かれていない楽譜もあった。こうなると、アマチュアのための参考音源・楽譜の意義を超えて、純粋に聴いて楽しむ鑑賞曲としか思えなかった。しかし、それでも、多くのバンドはヒイコラ言って、CDで聴いた味わいをそのまま再現しようと、頑張ったものだ。

 何しろ100曲もあるので、とても全部には触れられないが、私自身がかつて演奏したり、あるいは中高生たちが演奏しているのを聴いてきた「現場感覚」で、御大・岩井直溥以外の編曲によるお薦めをいくつか挙げてみよう(アレンジャーの中には、いまをときめく久石譲や、三枝成彰なんて名前も見える)。

≪ワン・オクロック・ジャンプ≫(横内章次編曲)
 カウント・ベイシーの名曲。海外版のアレンジもいくつか聴いてきたが、これを上回る吹奏楽スコアは、世界中、どこを探しても絶対にない(…と思うんだけど)。見方によっては、どこかのビッグバンド版よりもずっといい。中高生でも演奏できるギリギリの難度に抑えられ、それでいて、スゴイ演奏効果が出る(クライマックスの、有名なトランペット下降3連符は、高音が無理ならオクターブ下げて吹いたって全然かまわない)。曲全体の前半部をすべて「イントロ」のようにしている構成も素晴らしい。後半、次第に盛り上がっていくアレンジは、血湧き肉踊るとしか言いようがない。

≪ドレミの歌≫(星出尚志編曲)
 全NSB中、ベスト10に入るべき名アレンジだと思う。誰でも知っている超名曲を、奇をてらうことなく、曲の本意がそのまま素直に吹奏楽で表現されている。吹奏楽の魅力、音楽の楽しさが十分伝わってくる。いつまでも演奏され続けてほしいアレンジだ。

≪翼をください≫(宮川彬良編曲)
 合唱+バンドの、シンフォニック〜ロック・アレンジ(合唱なしでも演奏できる)。前半、悠々と進んで、突如ロック・テイストになるあたりは、ちょっと背筋を何かが走る。さすがは、宮川泰の息子さんだ(いや、NHK教育「クインテット」のアキラさんと言うべきか?)。

≪NSBミレニアム2000「ツァラトゥストラはかく語りき〜喜びの歌」≫
(真島俊夫編曲)

 21世紀を迎えるにあたってつくられたスペシャル・アレンジ。こういうのをシンフォニック・ジャズとでもいうのだろうか。何ともすさまじいアレンジである。私は、中レベルの高校バンドが、このスコアを一生懸命演奏しているのを聴いたことがある。なかなか大変そうで苦労していたが、それなりの演奏効果を生み出していた。まさにアレンジの魔術だと思った。

≪サンダーバード≫(森田一浩編曲)
 この編曲が出るまで、≪サンダーバード≫を演奏するバンドは、ほとんどが海外からの輸入譜、しかも完全な実用マーチ・アレンジだった(私も学生時代に演奏したが、そのままパレードで使ったことがある)。ところがこの森田編曲は、コンサート・マーチ、しかもTV版のオープニング同様、「カウントダウン」が入っていたのである。これにはまいった。以後、≪サンダーバード≫は、もうこれで決まりになってしまった。

 きりがないので、とりあえず以上にするが、ほかにも素晴らしいアレンジが山ほど詰まっている。ぜひ聴いて、皆さんなりのNSB名曲を発見していただきたい。<敬称略>

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 Text:富樫哲佳

(2006.10.16)


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