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富樫哲佳の「音楽コラム【ぐるしん】吹奏楽版」
≪七人の侍≫が吹奏楽に!

■3ヶ月もたったのに…

 いささか旧聞に属するのだが、その後、噂がジワジワと広がったようで、最近、何人もの方々から「富樫サン、あのコンサート行ったそうですね。どうでしたか」と、あまりに質問されるので、いっそのこと、ここでまとめて書いておくことにした。

 それは、6月11日(日)に、東京・池袋の東京芸術劇場で開催された、陸上自衛隊中央音楽隊・第55回定期演奏会のことである。

 この日、早坂文雄作曲、≪左方の舞と右方の舞≫、および組曲≪七人の侍≫の吹奏楽版が初演されたのだ。

 言うまでもないが、自衛隊の音楽隊コンサートは、チケットが一般販売されるものではない。事前に往復はがきなどで申し込み、応募者多数の場合は抽選となる無料招待制だ。。しかも、派手な事前宣伝もそれほどないから、あまり一般に知られているものでもない。要するに、陸海空自衛隊の音楽隊活動は、あくまで「任務」「広報活動」であり、ビジネスではないのだ(なのに、いつも満員御礼なのだから恐れ入る)。

 そんなわけで、この日のコンサートも、そんなスゴイことが行なわれていたと、知らない人のほうが多かったのも無理ない。3ヶ月たった今頃になって、噂がジワジワ広がるというのも分るような気がするのだ。

 で、話を戻して、まずは組曲≪七人の侍≫である。

 『七人の侍』とは、1954年公開、黒澤明監督による、日本映画…いや、世界映画史上に燦然と輝く、映画の中の映画である。ルーカスもスピルバーグもコッポラも、みんな黒澤の影響を受けて映画作家になったのである。

 この傑作映画に早坂文雄(1914〜1955)が付けた音楽も、勇壮にして哀愁、実験精神と娯楽精神が一体化した、まことに素晴らしい音楽であった。いまでも、あの名旋律を聴くと、背筋を何かが走ってしまう映画ファンは多いはずだ。

 ちなみに、この早坂文雄とは、一種の天才作曲家である。極貧の生まれ育ちで、まともな音楽教育も受けず、音楽大学も出ず、伊福部昭など数人の友人たちと切磋琢磨しながら純音楽と映画音楽の双方に傑作を書き、41歳の若さで病死した。その生涯は、近年、大部の伝記ノンフィクション『黒澤明と早坂文雄』(西村雄一郎、筑摩書房)となって刊行されているので、お読みいただきたい。

 そんな早坂による『七人の侍』の音楽も、いままで何度となく、サントラCDや、オーケストラ組曲版、オーケストラ・ファンタジー版など、形を変えて聴かれつづけて来た。だが、吹奏楽版だけは、まだ実現していなかった。


■オリジナル・スコアをもとに

 そもそも、早坂自身が書いたオリジナル・スコアが残っているのかどうか。また、あったとしても、スタジオ小楽団のために書かれた音楽を、吹奏楽フル編成にできるのか。誰が編曲するのか。吹奏楽に詳しく、黒澤映画に通じ、早坂文雄の書法を理解している…そんな編曲家、いるのか。演奏はどこがやるのか。いや、それ以前に、遺族の許可が出るのか。

 今回、陸上自衛隊中央音楽隊のスタッフは、この困難をひとつひとつ乗り越え、最終的にすべてクリアにしたようである。

 まず、オリジナル・スコアだが、早坂家ご遺族が、すべて保管されていたらしい。「映画音楽」のスコアとは、通常の管弦楽曲のように、キチンとしたフルスコアやパート譜があるものではない。何しろ、スタジオで収録するその場になって、スクリーンを見ながらサシカエ、カット、修正などが当たり前に行なわれる世界である。だから映画音楽とは、最終的に録音された「サウンドトラック」が完成品なのであって、録音が終了すれば、楽譜は価値を失うのである(いまは、もう少し近代的になっている)。そのため、昔の映画音楽で、オリジナル・スコアがキチンと残っていることは、めったにないのである。

 編曲には、陸自中音の専属作・編曲家である松木敏晃2等陸曹があたった。実は松木2曹は、昭和音楽大学作曲科卒だが、作曲家の奥村一に師事している。奥村一とは、芥川也寸志や黛敏郎らとともに「伊福部学派」の一員である。だから、松木2曹は、伊福部昭の孫弟子にあたるわけで、伊福部の親友だった早坂文雄とも、遠い因縁でつながっているのである。

 もちろん編曲者自身の、黒澤映画、早坂音楽に対する理解と情熱が尋常なものではなかったであろうことは、想像に難くない。


■あくまで映画に沿って…

 この日は、前半で≪セレブレーション・ファンファーレ≫(リード)など、数曲のオリジナルやクラシックが演奏され、休憩を挟んだ後半が「早坂文雄特集」であった。

 最初に、これもまた、この日のために編曲された≪左方の舞と右方の舞≫が演奏された(同じ松木2曹の編曲)。雅楽をもとにした、あまりにユニークな管弦楽曲である。紙幅の都合で詳述できないが、まさか吹奏楽で、これほど原曲の味が出るとは予想外であった。

 そして、メイン曲、組曲≪七人の侍≫。全3楽章構成。[T]怯える村〜練達の士、[U]美しい村、美しい娘、[V]合戦そして終劇…のサブタイトルが、各楽章ごとに付いている。演奏時間は、3楽章合わせて約20分。吹奏楽曲としては大曲である。

 映画をご存知の方は、上記のサブタイトルを見てピンと来たであろう。この組曲は、映画のストーリーを、見事になぞっているのである。

 「物語のある音楽だから、そんなの当たり前じゃないか」などと言うなかれ。吹奏楽界で大人気、レスピーギの組曲≪シバの女王ベルキス≫なんて、バレエ・ストーリーの流れとは関係なく音楽が並んでるんですよ。チャイコフスキーの組曲≪くるみ割り人形≫なんて、バレエ原曲の第1幕部分は、有名な「行進曲」以外は完全無視されてるじゃないですか。終曲の「花のワルツ」なんて、第2幕の途中の、単なる1曲ですよ。

 つまり、映画音楽やバレエなどを組曲として並べなおす際は、映像や舞台はないわけだから、物語の流れよりは、音楽としてのつながりや盛り上がりを考えて構成するのが普通なのだ。

 しかし今回の編曲は、あくまで映画ストーリーに沿って音楽を展開した。野武士に襲われ、苦労している農民〜侍探し〜村の風景〜合戦…この物語の流れを、ほぼそのまま、音楽で再現したのである。

 これが、当日、聴衆の興奮を誘った。まさにあの名作映画『七人の侍』が、20分に凝縮され、音楽として再現されたのである。

 編曲も、まことに早坂音楽のツボを心得た出来だった。決して派手になりすぎず、精妙な音の組み合わせが、原曲のイメージそのままに、きちんと残されていた。それでいて、勇壮なテーマや合戦の場面は、相応な迫力で展開した。

 通常の吹奏楽曲の枠を超えた音楽だけに、陸自中音もやりにくかったと思うが、そこはさすがに「日本最強バンド」である。見事にこなしていた。フルートとハープの掛け合いの部分など、たいへん美しく、一瞬、吹奏楽であることを忘れそうになった。今後、演奏の機会が増えて、自家薬籠のものとなれば、トップ・レパートリーになるであろう。

 このような企画が、一回のコンサートで終わってしまうのは、あまりにもったいない。現代邦人によるオーケストラ作品の吹奏楽版では、近年では伊福部昭の≪交響譚詩≫≪シンフォニア・タプカーラ≫があって、すでに後者を自由曲に選んでコンクール全国大会に進出しているバンドもある。

 伊福部や早坂には、通常、私たちが耳にする欧米の吹奏楽の響きとは明らかに違った魅力がある。今回の初演で、吹奏楽界のレパートリー拡大のためにも、早坂文雄が重要な存在であることが明らかになった。できれば、CD化や楽譜出版してほしいものだ。
<敬称略>

Text:富樫哲佳

(2006.09.22)


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