広瀬勇人 関連CD
■森の贈り物(CD-0889)
■キャプテン・マルコ(CDI-0018)
■メイド・イン・ジャパン(CD-0569)
■パイレーツドリーム(CDI-0052)
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富樫哲佳の「音楽コラム【ぐるしん】吹奏楽版」
イラストを吹奏楽化した、温もりにあふれた音楽

すでにBPショップをご利用の方はご存知だろうが、デ・ハスケ(De Haske)レーベルからリリースされた邦人作品集第2弾『森の贈り物/Legacy of The Woods』が、なかなかの人気のようだ

http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0889/

 アルバム・タイトル曲の≪森の贈り物≫(酒井格)を始め、聴いても演奏しても素晴らしい曲ばかりで、ひさびさの強力盤が登場したという感じだが、今回は特に、その中の、広瀬勇人作曲≪ノーマン・ロックウェル組曲≫をご紹介したい。


■ヴァンデルローストの弟子・広瀬勇人

 BP読者には、広瀬勇人は、すでにおなじみの名前だろう。1974年生れ。尚美学園からボストン音楽院を経て、現在は、ベルギーで、あのヴァンデルローストのもとで研鑽中の若き作曲家だ(楽器としては、ホルン専攻らしい)。『ヤン・ヴァンデルローストと4人の作曲家たち』なるディスク http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0800/でも、「4人(の弟子)」の1人として、堂々登場している。

 作品としても、
≪キャプテン・マルコ≫
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cdi-0018/
≪ブレーメンの音楽隊≫ 
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/sc-5174/
≪パイレーツ・ドリーム≫ 
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-8395/
などが、すでに紹介されている。

 いかにも吹奏楽らしい明るさ、力強さを持ちながら、海外風の色彩感と豊かな音楽性を忘れない広瀬の作品群は、これからも、スタンダードとして長く残るであろう。

 しかし、その広瀬が、このような題材を吹奏楽曲にするとは、夢にも思わなかった。今度は、アメリカを代表する人気イラストレーターの有名イラストを音楽にしたのである。

■ノーマン・ロックウェルを音楽にするとは…!

「絵画」の音楽化といえば、すぐに浮かぶのが、ムソルグスキーのピアノ曲、組曲≪展覧会の絵≫。友人の画家ハルトマンの遺作展での印象を、音楽にしたものだ。

 組曲中の≪キエフの大門≫とか、≪古い城≫とかいうタイトルは、ハルトマンの絵画の作品名でもある。そして、各曲をつなぐ≪プロムナード≫(冒頭にも登場する旋律)は、絵画から絵画へとわたり歩く際の鑑賞者の気分や足取りを描写しているそうだ。

 作曲当初は、あまり評価されなかったが、のちにクーセヴィツキーの委嘱でラヴェルがオーケストラ版に編曲し、大ヒットした。さらに、リヒテルなど、何人かのピアニストが原曲を演奏するようになり、どちらも音楽史上に残る名曲となった。

 吹奏楽版も数多く出ているが、近年では、高橋徹編曲版(「PICTURES AT AN EXHIBITION DHR 11.006-3)に収録)が、ラヴェルのオケ版ではなく、あくまでピアノ原曲からの編曲という新しいアプローチで、話題になった。

【注】このテーマ(絵画と音楽)に関しては、喜多尾道冬著『ムーサの贈り物〜絵画・詩・音楽の出会うところ/ドイツ編』(音楽之友社)という、筆舌に尽くしがたい名著がある。興味のある方は、ぜひお読みいただきたい。

 しかし、今回、広瀬が取り上げたアメリカの画家ノーマン・ロックウェルは、確かに「画家」ではあるが、コマーシャリズムのイラストレーターである。

 そもそも、ノーマン・ロックウェル(1894〜1978)とは、どんな絵を描く人なのか。

 まず、例えば、こちらの作品群をご覧いただきたい。
 http://www.rakuten.co.jp/grace-art/426423/

 どれも「ああ、見たことある」という絵ばかりであろう。昨今は、画集のみならず、ポストカードや様々なグッズにもなっており、以前より、ずっと目に入りやすくなった(筆者の中高生時代は、画集もグッズも満足になくて、時々開催される展覧会で観るしかなかった)。

 ロックウェルは、最初は挿絵を中心に仕事をしていた。そのうち、週刊誌『サタデー・イブニング・ポスト』(SEP誌)の表紙を描くようになり、この仕事は40年以上にわたって続いた。やがて、歴代大統領の肖像画を手がけるまでになるが、基本的に彼の多くの名イラストは、このSEP誌の表紙から生れたものだ。

 彼のイラストには、おおむね、次のような特徴がある。
1)最も平均的な(と多くのアメリカ人が考える)生活風景を、愛情を持って描いた。
2)1枚の絵の中に、物語性を盛り込んだ。
3)どんな情景を描いても、普遍的なユーモアを忘れなかった。

 そして、広瀬勇人は、多くのロックウェル作品の中から、3枚をチョイスし、吹奏楽組曲に仕立て上げたのだ。各作品にリンクを貼ったので、実際に絵をご覧になりながら、読んで(聴いて)いただきたい。


■第1楽章≪婚姻届≫

 まず1枚目(第1楽章)は、≪The Marriage License≫(「婚姻届」、または「結婚証明」)
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 1955年のSEP誌の表紙作品。役場の婚姻課と思しき部屋。背の高い新郎と、小柄な花嫁が、2人で婚姻届を出しに来た。机が高いので、花嫁には、ちょっと大変な作業のようだ。しかし新郎の右手は、やさしく花嫁を支え、2人で一生懸命、あれこれと書類に記入している。なんとも微笑ましい光景だ。

 だが、対する担当役人は、いささか疲れきった様子だ。きっと、連日、朝から晩まで、同じようなカップルが訪れ、役人にとっては見慣れた…どころか、ウンザリしているのだろう。「わかったわかった、おめでとさん、早くしてちょうだいよ」と、コッソリつぶやいているようにさえ見える。いや、もしかしたら…この役人も、数十年前に同じ経験をしたものの、いまではすっかり夫婦仲も冷め切って(あるいは女房に逃げ出されて?)、それだけに、目の前の2人が、かえって滑稽に見えるのかもしれない。「はいはい、あんた達も、あと10年もたてば…」なんて思っているかもしれない。

 要するに、この絵は、「明」と「暗」を、ユーモアたっぷりに、1枚の絵の中で並立させているのだ。明暗の並立は、モチーフのみに限らない。絵全体を見てほしい。中央の窓からは、明るい日差しが差し込んでいる。しかし、その周囲は、いささか薄暗い。つまり、これこそレンブラントの時代から多くの画家が得意としてきた「光と影」の手法が盛り込まれているのだ。

 曲は、さわやかで愛らしいワルツ風。新郎・新婦が、楽しそうに役場にやってくる場面が想像できる。やがて、届けを正式に提出し、華やかなクライマックスに。最後は、比較的静かに終わる…そう、あの役人のお爺さんが、溜め息をつきながら、書類を整理している…のであろう。


■第2楽章≪シャッフルトンの理髪店≫

 2枚目(第2楽章)は、組曲の定石に乗っ取って、ゆったりした部分。≪Shuffleton's Barbershop≫(シャッフルトンの理髪店)だ。
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 1950年のSEP誌表紙作品。文字通り、シャッフルトンさんが経営する理髪店。描き手の視点は、店の外からガラス越しに店内を覗いた形だ。もう閉店したようで、店内は明かりも落ちている。唯一、石炭ストーブから赤い火が漏れている。冬なのだろう。

 そして店内の奥で、室内楽に興じているらしい、オヤジさんたちの姿が3人、チラリと見える。一番奥で立って演奏しているのはヴァイオリン。この人が、店主のシャッフルトンさんだろうか。その前は、これはクラリネットか。管楽器をくわえているようだ。手前の背中姿は、おそらくチェロを弾いているのだろう。もしかしたら、見えない部屋の奥に、このほかのメンバーがいるのかもしれない。

 彼らは、多分、同じ町内会か、商店街の仲間であろう。もちろんアマチュアで、仕事の合間に楽しんでいるのだろう。閉店してから、夜遅くに練習しているところを見ると、近々、どこかで発表する機会でもあるのかもしれない。

 奥の部屋からあふれる灯りが、手前の暗い店内にあふれている。これもまた「光と影」の世界だ。そして、奥からは、灯りのみならず、音楽までもが流れ出てくるようだ。

 曲も、中間楽章らしく、穏やかに進む。時折、クラリネットのソロが長く伸びる。いかにも、静かな冬の夜、閉店した店の奥で、室内楽を楽しんでいる雰囲気だ。


■第3楽章≪ホームカミング≫

 3枚目(第3楽章)は、≪Christmas Homecoming≫(「クリスマスの帰郷」、または「ホームカミング」) 
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 1948年のSEP誌表紙作品。タイトルからすると、おそらく、兵役か、都会に就職でもして故郷を離れていた若者が、クリスマス休暇で帰ってきたのだろう。右手には、山ほどのプレゼントのおみやげが抱えられている。抱きついている女性は、母親か…。手前で主人公の帽子を持っているのは、近所の坊やか親戚の子か…。これだけたくさんの人たちが出迎えて喜んでいるところを見ると、近所でも評判の好青年なのかもしれない。

 この青年はロックウェルの息子がモデル。「周囲の出迎えの人々」は、ほぼすべての年齢層が描かれている。赤ちゃんからお婆ちゃんまで。両脇にいる赤いスカートの女の子2人は、双子かもしれない。彼らは、ロックウェルの親戚たちがモデル。

 だが、この絵が有名なのは、何と言っても、出迎えの人々の中に、ロックウェル自身が登場しているからだ。そう、中央より少し右側に、蝶ネクタイでパイプをくわえ、ニンマリしているオジサンがいる。これが、父のノーマン・ロックウェルその人なのだ。

 彼は、なかなかとぼけた人で、しばしば絵画の中に自画像を描きこんだ。一番有名なのは、1960年のSEP誌表紙≪Triple Self Portrait≫(=三つの自画像)
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 鏡を覗き込みながら自画像を描いているオジサン。ボードの周囲に貼られたアンチョコ資料は、ゴッホを始めとする有名画家たちの自画像だ(ちょっと分りにくいが、レンブラントの自画像もあるように見える)。ということは、アマチュアなのだろうか。いや、ボードを見よ! この顔はロックウェルその人ではないか!(しかも、やけに若く描いているぞ!)。

 絵画の中に、作者自身や依頼主の肖像画を描きこむことは、大昔からある、当たり前のスタイルだった。ここでもまた、ロックウェルは、昔ながらのスタイルを現代イラストの中に盛り込んでいるのである。

 こうしてみるとロックウェルは、ユーモアあふれる現代イラストレーターでありながら、けっこう、古典的なスタイルを重視した、昔ながらの画家であることがわかるであろう。

 曲は、親族たちが、町の入口か広場あたりに、集まり始める光景から始まる。次第にみんなが集まってきて、やがて主人公が、汽車に乗って元気な姿で帰ってくる。喜ぶ親戚一同は、クリスマス賛歌を奏でる。その喜びの音楽は、これからすべての人々がクリスマスで楽しい数日間を過ごすであろう、そんな古きよき時代の空気を見事に描写している。


■広瀬勇人は、スゴイ

 かように、実際に絵を見ながら聴くと、いかに広瀬が、ロックウェルに愛情を抱き、その画風をうまく音楽化しているかに感嘆するはずだ。

 しかも、吹奏楽で! これが、オーケストラや打ち込み音楽でないところが、何ともニクイ。人間の息が奏でる管楽器の響き。それが、温もりにあふれたロックウェルの絵に、実に合っている。

 吹奏楽は、何も、パワフルで派手な響きだけが売り物ではない。これほどの表現力で、優しさ、温もりを伝えることもできるのだ。そのことを教えてくれた広瀬勇人は、スゴイ。コマーシャル・イラストを吹奏楽曲にしてしまったことも、スゴイ。

 こんな曲がコンクールで演奏されて、会場がホンワカとした空気に包まれることがあったら、どんなに素晴らしいだろう。広瀬勇人の今後が楽しみだ。

(敬称略)

Text:富樫哲佳

【協力】 グレイスアートコム
http://www.rakuten.co.jp/grace-art/


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