伊福部昭 関連CD
■伊福部昭 吹奏楽作品集/陸上自衛隊中央音楽隊(CD-0779)
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富樫哲佳の「音楽コラム【ぐるしん】吹奏楽版」
伊福部昭と≪吉志舞≫

 昭和20年8月15日、日本は終戦を迎え、敗戦国として、アメリカを中心とする連合軍(GHQ)に「占領」されることになった。

 連合軍の先遣隊が日本に到着し、GHQ本部を設置したのは、同年8月28日。

 2日後の8月30日には、GHQ最高指令官ダグラス・マッカーサーが、厚木飛行場に降り立った。本格的に占領が始まった瞬間である。

 その、マッカーサー厚木到着時、飛行場で「“歓迎の音楽”が演奏された」という。曲名は、古典風軍楽≪吉志舞≫(きしまい)。作曲者は、伊福部昭。帝国海軍の委嘱で作曲されたオリジナル吹奏楽曲だ。

 そもそも曲名の≪吉志舞≫とは、何か。

 西暦200年前後、神功皇后(仲哀天皇の皇后)が、お腹に子供(のちの応神天皇)を宿したまま朝鮮に出兵し、新羅を討って帰国した(昔はこれを“三韓征伐”と呼び、神功皇后は日本女性の鑑とされた)。その戦勝帰国祝いの席上で、豪族・安倍氏が舞ったと言われている舞踏が「吉志舞」である。いわば、戦勝将軍を讃える祝勝ダンスであった。ただし、半ば神話時代のエピソードだけに、いったい、どんなダンスだったのか、どんな音楽だったのか、記録などは、当然ながら何も残っていない。とにかく「吉志舞」なる名称のダンスが舞われたらしい……ことしか、分かっていない。

 伊福部は、戦争中の昭和18年に帝国海軍から新曲の委嘱を受け、この「吉志舞」を、独自の解釈で吹奏楽曲にすることにした(軍楽隊用に書かれたので、吹奏楽曲ではあるのだが、楽器編成などは、今とはかなり違っていた)。

 おそらく、いま、拙稿をお読みの方で、この曲のメロディーを知らない人は、ほとんどいないはずだ。なぜなら伊福部は、戦後、『ゴジラ』を始めとする東宝怪獣映画の中で、≪吉志舞≫後半部の主要旋律を何度となく使用しているのだ。多くは、自衛隊や防衛隊が怪獣退治に出動する場面で(通称“防衛隊マーチ”)、あるいは、1965年の『怪獣大戦争』では、主要テーマ曲に昇格したので、“怪獣大戦争マーチ”として認識している人も多いはずだ。

 その曲が、マッカーサー歓迎の音楽として、厚木飛行場で「演奏された」というのだ。証言者は、作曲者・伊福部昭本人。

 これがもし本当なら、≪吉志舞≫は、戦後日本で最初に演奏された記念すべき吹奏楽曲ということになる。筆者としては、ぜひ「マッカーサーを迎えた怪獣音楽」なんて題でコラムのひとつも書きたいところだ。

 だが、その証言を裏付ける正式な記録がなかったせいもあって、この話には、かねてから疑問の声が上がっていた。理由としては……

[ 1 ] いったい、どこのバンドが演奏したのか。昭和20年8月30日の段階では、日本の軍隊は陸軍も海軍も事実上解体されており、敗戦国の軍楽隊の残滓が厚木まで行って、敵国の将軍を迎える演奏をしたとは考えられない。のちに、そのような事実を証言した、日本の軍楽隊関係者もいない。

[ 2 ] では、GHQのバンドが演奏したのか。しかし、GHQの先遣隊が日本に到着したのは8月28日であり、その際にバンドが同行していたとしても、それから1〜2日で、(おそらく海軍軍楽隊の倉庫にあったはずの)楽譜を探し出し、持ち出して「この曲がいいじゃないか」と誰かが決断し、練習して30日に演奏できたとは考えられない。

[ 3 ] 仮にGHQバンドが来ていて、楽譜を入手できたとしても、オリジナル・スコアの楽器編成が独特で(サクソルン属中心の、フランス軍楽隊スタイルに近かったらしい)、アメリカのバンドがすぐに対応できたとも思えない。

[ 4 ] ならば、ナマ演奏ではなく、レコードかテープが流されたのか。だとしても、そもそも、この曲は、敗戦国・日本が、大昔、隣国に勝利したことを祝したダンスがモチーフになっており、そのような音楽を、戦勝国指揮官の歓迎曲として演奏するとは考えられない。≪星条旗よ永遠なれ≫が演奏されたのなら分かるが、GHQにしてみれば、これから、このような“国粋音楽”は徹底的に排除しなければならなかったはず。

D 曲調が、あまりに土俗ニッポン的な“伊福部節”であり、それをバックに、サングラス&コーンパイプのマッカーサーが登場するなど、あまりにチグハグである。

 ……等々の理由が囁かれていた。

 しかし、伊福部本人は、頑として「いや、間違いなくマッカーサーが来た時、演奏された」と言い張っていたらしい。

 これに関し、多くの人たちが調査したが、いまだに、真偽ははっきりしないようだ。ただ、おおよそ「演奏されなかった」方向には傾いているようである。筆者も、そう思う。その最大の理由は、上記CDに尽きる。

 では、なぜ、伊福部は、そのような勘違いをしたのか。

 そのヒントは、音楽評論家・片山杜秀氏の、ある解説の中にあった。

 片山氏は、こう書いている……(この曲は)「第2次大戦さなかの1943年2月に完成し、同年4月8日、服部逸郎(またの名をレイモンド服部)指揮の東京放送吹奏楽団によるJOAKからの放送が恐らく初演で(因みにその日の演奏時間は放送局の記録によると4分00秒だった)、以後戦争中には、同年の天長節(昭和天皇の誕生日であった4月29日)をはじめ、節目節目に、たびたびラジオ等で演奏された」

 つまり≪吉志舞≫は、日本ではラジオで何回となく流れていたのである。

 ということは、おそらく、マッカーサー着任を知らせるラジオ・ニュースのBGMに使用されたのではないか。あるいは、映画館で上映されたニュース映画のBGMに使用された可能性もある。昔は、映画と映画の合間に、必ずニュース映画が上映された。そノBGMの多くは、勇ましいクラシック音楽やマーチだった。

 それらを聴いた(見た)伊福部が、現実に演奏されたと、勘違いしたのではないだろうか。

 実は、≪吉志舞≫なる吹奏楽曲は、作曲者自身がそう勘違いしてしまうほど、強烈な印象をもたらす音楽なのだ。

 この曲には、神功皇后を讃えるとか、戦勝を祝うとか、そんな単純なモチーフを飛び越えた“何か”がある。もちろん単純な“ニッポン賛歌”とも、どこか違う。何と言えばいいか……太古の昔から、アジア人のDNAの奥深くに宿っている“何か”を抉り出し、さらけ出しているような雰囲気がある。だから、聴いていると、鼓舞される一方で、切なさみたいな感情もよぎる。勇ましいけれど、寂しさも同居しているような、どこか、自分自身を裸にされているようで、気恥ずかしいような……。聴き方によっては“反戦・厭戦音楽”と呼んでも通用しそうだ。よくも、このような曲を、日本帝国海軍が受け入れ、しかも、天長節のたびにラジオで流せたものだと思うのは筆者だけだろうか。

 伊福部は、幼少時代、父親の仕事の関係で、北海道の林野地で、アイヌを身近に感じて育った。作品の多くに、その頃耳にしたアイヌ音楽の影響があると言われている。≪吉志舞≫にも、その影響が感じられる。しかし、帝国海軍も放送局も、≪吉志舞≫をアイヌ音楽と断ずることなく、演奏し、放送し続けた。それどころか、作曲者自身が敵国指揮官の歓迎音楽と勘違いした。要するに、伊福部は、戦勝将軍を讃えた曲をつくったのでは、なかったのだ。かえって、戦争指導者の孤独みたいなものを、≪吉志舞≫は表現しているのではないだろうか。だからこそ、マッカーサー歓迎音楽と勘違いした。伊福部の意識は、すでに戦争中から、国境や民族や対立なんてものを超えていたのだ。

 作曲家・伊福部昭は亡くなった。行年91。ほぼ独学で音楽を身につけ、西洋音楽にこびることを拒絶し、あまりに個性的な音楽を生み続けた。吹奏楽の世界でも、≪交響譚詩≫や、≪シンフォニア・タプカーラ≫などが、よく演奏されている。もちろん、『ゴジラ』シリーズの映画音楽でも有名だ。東京音楽大学の学長をつとめ、文化功労者にも認定された。

 伊福部が、昭和26年に著した『音楽入門 鑑賞者の立場』が、最近、全音楽譜出版から復刻されている(1680円/税込)。ぜひ読んでいただきたい。日本人が近代を生きる上で忘れてはならないことが、平易な文章で、山ほど書かれている。

 また、≪吉志舞≫http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0779/も、ぜひ、多くの方々に聴いていただきたい。上記・片山氏の解説は、このCDのもの。

  最後に、2005年5月、日本音楽集団が、伊福部の名管弦楽曲≪交響譚詩≫を、邦楽オーケストラ版に編曲して初演した、その際のプログラムに伊福部本人が寄せた文章の一部を、ご紹介しておく。

<今更、口幅ったいことですが、自戒を含めて申し上げると、現代の音楽世界は、自己顕示欲とモダニズムの毒氣に当って何か少し強張ったものとなりがちですが、これを超えて、きっと伸びやかな自由闊達な境地に至ることが望ましいと考えています。若い皆様は、この轍を踏まぬよう心から希って止みません。>

 これ、昨今、世間を騒然とさせているいくつかの不祥事に、そのまま当てはまらないだろうか。

 合掌。

(一部敬称略)

Text:富樫哲佳


【伊福部昭 関連CD】

■伊福部昭 吹奏楽作品集/陸上自衛隊中央音楽隊(CD-0779)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0779/

■ビムス・エディションズ・バンド・コレクション Vol.1/リベラ・ウィンド・シンフォニー(CD-0714)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0714/

■M8 STYLE, vol.1/東京佼成ウィンドオーケストラ(CD-0776)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0776/

 


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