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■サリューテイションズ!(エル・カミーノ・レアルを収録)
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富樫哲佳の「音楽コラム【ぐるしん】吹奏楽版」
アルフレッド・リードの伝説
REED LEGEND


第1回
≪音楽祭のプレリュード≫と吹奏楽コンクール

 2005年9月17日、作曲家・指揮者のアルフレッド・リードが亡くなった。行年84。

 これに関して、多くのバンド関係者が、様々な感慨を抱いていることだろう。もちろん筆者も、その一人である。かつて学生時代は演奏者として、そして今はライターとして、リード作品には、長いこと、ほんとうにお世話になった。心から感謝を捧げ、ご冥福をお祈りしたい。

 私がリードの姿を見た最後は、昨年12月、福島県原町市における「ゆめはっとジュニア・ウィンド・オーケストラ」結成記念式典&コンサートだった。リード自身が音楽監督をつとめるバンドの船出であった。もちろん、この時はたいへん元気で、コンサート後のパーティーにも出席し、さかんにメンバーたちと交流していた。

 その後もリードは精力的に来日し、生涯最後の指揮も日本だった。それは、8月末、東京・パルテノン多摩における「ミュージック・キャンプ」のコンサート。聞くところによれば、車椅子でステージに登場して指揮したという。決して体調万全とはいえず、元気もなかったらしい。周囲は「日本へ来るのは、これが最後になるのでは」とも感じていたようだ。しかし、一般公募の大編成バンドを前に、≪春の猟犬≫や≪エル・カミーノ・レアル≫、新作マーチなどを振った。そして帰国後、1ヶ月も経たずに、この世を去った。
 このニュースに、多くのアマ・プロバンドやレコード会社が反応した。

たとえば、シエナ・ウィンド・オーケストラは、急きょ、次のコンサート(2006年1月21日の第20回定期演奏会、そして翌22日の追加公演)を、オール・リード・プログラムに変更し、一種の追悼演奏会とすることを発表した(指揮:金聖響)。

 12月2日に開催されるガレリア・ウインド・オーケストラの特別演奏会も、オール・リード・プログラムだ。

 リード本人を音楽監督に迎えて、昨年暮れに発足した、福島県原町市主宰の「ゆめはっとジュニア・ウインド・オーケストラ」の第2回演奏会(2006年1月15日)も、リード作品中心のプログラムが予定されている。

 きっと、ほかにも、多くのバンドが、追悼の意味をこめて、リード作品を演奏することだろう。

 でも、それほどのコンサートを開催させてしまうだけの魅力を、リード作品が持っているのも事実である。たった1人の吹奏楽作品だけで、コンサートを成立させることが可能なのだから。

 今回から、追悼の意味も込めて、それらのコンサートで演奏される曲目を紹介しながら、リードの生涯を簡単にたどってみたい。もちろん、私ごとき道楽者ライター以上に、リードに関する専門家はたくさんいるし、専門書の類だってある。

 だが、厚顔を承知で言えば、道楽者ゆえの視点だってあるはずだ。そこから自然に、なぜリードが偉大なのか、なぜ長年にわたって人気があるのかが、如実に浮かび上がってくると思っている。

 まず第1回の今回は、≪音楽祭のプレリュード≫である。


■日本で最初に演奏されたリード作品

 そもそもリード作品は、いつ頃から日本で盛んに演奏されるようになったのか。

 完全な演奏記録のようなものが手許にないので、とりあえず全日本吹奏楽コンクール全国大会の記録をひもといてみた。

 それによれば、コンクール全国大会にリード作品が初めて登場したのは、1965(昭和40)年のようだ。この年、≪シンフォニック・プレリュード≫が「大学・一般向け課題曲」に選ばれたのだ。そして、「大学の部」では関西大学(関西/大阪代表)が、「一般の部」では、豊島十中OBを中心に編成された公苑会吹奏楽団(東京代表)が1位を獲得した(当時は、金銀銅賞評価ではなく、順位賞だった)。

 ところが、この年の記録を見てみると、自由曲の方で、独自にリード作品を取り上げている団体もあった。それは、高知商業高校(四国/高知代表)で、曲目は≪フェスティヴァル・プレリュード≫、つまり≪音楽祭のプレリュード≫である。

 この年以前に、コンクール全国大会にリード作品は見当たらない。もちろん、これ以前にコンクール地方予選や定演・学園祭でリード作品を演奏していたバンドがあったかもしれないが、おおむね、1965年が、日本における「リード元年」と見て、当たらずとも遠からずのようである。課題曲にも自由曲にも彼の名前が登場し、おそらく日本中のバンドに、リードの名前が刻み込まれたことだろう。

 1965年に課題曲となった≪シンフォニック・プレリュード≫については次回に譲るとして、この年、高知商業高校が自由曲に取り上げた≪音楽祭のプレリュード≫、実は、この曲は、長いリードの吹奏楽人生の中で、最初に成功をおさめた作品でもある。

 初演は1957(昭和32)年。いま、オリジナル・スコアを見ると、冒頭に(英文で)「オクラホマ州イニドで開催された3州合同音楽祭第25回記念大会のために書かれ、フィリップス大学バンドに捧げられた」と献辞が記されている。リード自身の指揮で演奏された。

 この曲は、すぐには出版されなかった。徐々に評判が広まり、手稿譜で、あちこちで演奏されるようになった結果、1962年になって正式出版されたのだ(日本国内版も、同年に出版されたようなので、1965年に高知商業高校が全国大会で取り上げる以前に、あちこちで演奏されていた可能性は、十分にある)。


■名作たりえた理由

 リードが本格的に吹奏楽曲を作曲し始めたのは、1950年代に入ってからのようで、作品番号的にいうと、この≪音楽祭〜≫は、本格的吹奏楽曲としてほぼ10作目にあたる。リード作品史の中では、極めて初期の作品である。

 リードは、作曲家としては、叩き上げに近い。ラジオの音楽制作〜空軍バンド〜ジュリアード音楽院(中途退学)〜テレビ・ラジオ局の音楽担当〜音楽出版社勤務〜ベイラー大学〜マイアミ大学と、現場と研究畑の間を自由に行き来していた。

 ≪音楽祭〜≫作曲の頃、リードは、音楽出版社「ハンセン」の専属作編曲家として勤務しながら、同社からの出向研修のような形で、テキサスのベイラー大学で研究を重ねる一方、同大学オーケストラの指揮者もつとめていた。学術研究・商業出版・現場指導のすべてを、同時に身に付け、こなしていたのである。

 その初期の作品が、なぜ、いまだに名曲として愛され、残っているのか。

 もちろん「いい曲だから」に尽きるのだが、さらに言えば、この曲で、かねてよりリードが構想していた「コンサート(シンフォニック)・バンド・ミュージック」というスタイルが完成したこともある。

 そもそも吹奏楽は、いまでこそ「シンフォニック・バンド」とか「ウィンド・オーケストラ」などと称され、そのスタイルは独立したジャンルとして認知されつつあるが、リードが吹奏楽曲に手を染め始めた頃は、まだまだ、そういう認識は低かった。「吹奏楽」=「(金管中心の)ブラスバンド」であり、ブンチャカドンチャカとマーチを演奏するか、あるいは、クラシック通俗名曲をアレンジして、あくまで「管弦楽の代行」として演奏するか、その程度の認識だった。楽器編成も、バンドによってまちまちだった。

 それを覆したのが、2004年に亡くなった指揮者、フレデリック・フェネル(1914〜2004)である。

 イーストマン音楽院で指導にあたっていたフェネルは、1950年代初頭から「ウィンド・アンサンブル」なる合奏形態を実践した。編成は、原則として1パート1奏者(ただし、クラリネットの各部とテューバなどは2人ずつ)。これによって、精緻で美しい、オーケストラに匹敵する響きを実現させた。

 リードは、この思想をさらに発展、徹底させ、クラリネット・セクションを、高音部から「Es」「B♭1・2・3」「Alto」「Bass」「Contra Bass」と「5部7声」に充実させることで、オーケストラの弦楽5部に相当する響きを引き出そうとした。そして、この前提で曲を書いた。

 このような思想で吹奏楽のためのオリジナル曲を書き、指揮するリードの登場は、フェネルにとっては、まさに「分身」に思えたのではないか。現に、後年、リードは、フェネルの後任として、名門マイアミ大学ウィンド・アンサンブルの指揮者に任命されるのだ。
 名曲≪音楽祭のプレリュード≫は、このような、バンドに関するリードの理想的な思想が、ほぼ完成した形で結実した、最初の曲だったのだ。全体が一種のファンファーレ調であり、文字通り、音楽祭の序幕、開幕を思わせる、華麗で明るいムードに満ちていることも人気の理由であろう。演奏時間が4分そこそこなのに、なにやら大曲のようなイメージを放っている点も、うまさを感じさせる。

 この曲でリードが最も腐心したのは、「編成上のバランス」だった。リード自身が、かなり細かく「○○パートは○人」と奏者数を指定しており、計「65人編成」のために書いたと述べているほどだ。そして、これより人数が多い場合は、どのパートは、どの部分を1人だけで演奏しろとか、逆に少ない場合はどこを強く演奏しろとか、その指示は微に入り細にわたっている。

 それ以前の吹奏楽曲で、ここまで編成や奏者数について具体的なイメージをもって作曲した人は、あまりいなかった。

 要するに、現在、私たちが接しているような楽器編成は、ほぼ、リードによって定着したと言っても過言ではないのである。

■高知商業高校と新井中学校の挑戦

 先述のように、1965年のコンクール全国大会で、日本で初めて、自由曲にリード作品で臨んだ高知商業高校は、今になってみれば、大変な先見の明があったと言えよう。もしかしたら、この年の「大学・一般向け課題曲」に、リードなる人の≪シンフォニック・プレリュード≫が採用されたのを見て、いちはやく、この作曲家に目をつけたのかもしれない。
 そして翌1966(昭和41)年。再び、自由曲に≪音楽祭〜≫を取り上げて全国大会に臨んだ団体があった。新潟県の新井市立新井中学校(関東/新潟代表)である。

 ただし、残念ながら、高知商業高校も、新井中学校も、上位入賞はかなわなかった。

 それから4年後の1970(昭和45)年。65年の≪シンフォニック〜≫につづいて、再びリード作品がコンクール課題曲になった。それが、この≪音楽祭〜≫である。高知商業高校、新井中学校の挑戦は、ムダではなかった。課題曲に採用される以前から、自由曲として取り上げ、演奏していた彼らの存在あってこそ、このつながりが生れたような気さえするのだ。

 しかも、70年の≪音楽祭〜≫は、「中学の部」を除く全部門のための課題曲に指定されていた。加えて、複数曲選択制ではなく、この1曲のみだった。つまり、この年、日本中の、中学校以外のバンド(高校、大学、職場、一般)すべてが、≪音楽祭〜≫を演奏したのだ。その結果、天理高校、関西学院大学、ブリヂストン久留米、ヤマハ静岡(当時の名称)、尼崎市吹奏楽団といった、いまだにその名を轟かす名門バンドが、続々と金賞を獲得した。

 リードの魅力は、日本では、まず、全日本吹奏楽コンクールによって広まったのだった。そして≪音楽祭〜≫は、完全なスタンダード名曲となって、いまに残っている。たとえば、マーチング・バンド版や管弦楽版にもなっているし、同じ吹奏楽版でも、近年ではジェイムズ・カーノウ編曲による「中小編成向け改訂版」まで出ているのだ。

 そのことを揶揄したり、笑ったりしてはいけない。世間には、リードが指定する「65人編成」が組めないバンドは、いくらでもある。それでも、何とかしてリード作品を演奏してみたいと望んでいる。だからカーノウ版には、エス・クラや、コントラバス・クラは指定されていない。ホルンも2番まで。原曲より小さな編成でも、リード作品のエッセンスが楽しめるように編曲されているのだ。つまりそれだけ、リード作品は、スタンダードとして愛されるようになったのだ。

 次回は、順序が逆になるが、初めて課題曲に採用された≪シンフォニック・プレリュード≫について述べてみよう。 (つづく/敬称略)


※本稿を執筆するにあたって、アルフレッド・リード著・監修/村上泰裕訳『アルフレッド・リードの世界』(佼成出版社刊)、ならびに、多くのリード作品のCDライナーノーツなどを参考にさせていただいております。略儀ながら、御礼申し上げます。また、このコラムは、シエナWOのメルマガ用に執筆したものをもとに、一部を改訂して掲載していることをご了承下さい(富樫)。

Text:富樫哲佳

※本稿を執筆するにあたって、アルフレッド・リード著・監修/村上泰裕訳『アルフレッド・リードの世界』(佼成出版社刊)、ならびに、多くのリード作品のCDライナーノーツなどを参考にさせていただいております。略儀ながら、御礼申し上げます。また、このコラムは、シエナWOのメルマガ用に執筆したものをもとに、一部を改訂して掲載していることをご了承下さい(富樫)。

■シエナ・ウインド・オーケストラ
 第20回定期演奏会

〜A.リードを讃えて〜
偉大な吹奏楽の神様が遺してくれた 奇跡の名曲たち!!


【日時】2006年1月21日(土)完売

【日時】2006年1月22日(日)11月20日より発売開始

【会場】横浜みなとみらいホール
【指揮】金 聖響

【料金】S席5500円 A席4500円 B席3500円 C席2500円
    ※全席指定・消費税込

【プログラム】

○音楽祭のプレリュード
○エル・カミーノ・レアル
○オセロ
○春の猟犬
○ジュビラント序曲
○パンチネルロ
○アルメニアンダンス・パート1
○アレルヤ!ラウダムス・テ、他

【問い合わせ】チケットスペース:03-3234-9999

シエナ・ウインド・オーケストラHP http://www.sienawind.com/

【主催】クリスタル・アーツ
【協力】横浜みなとみらいホール(財団法人横浜市芸術文化振興財団)/ヤマハ株式会社
【後援】エイベックス・クラシックス/ワーナーミュージック・ジャパン/バンドパワー


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