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【第56回】コソボ紛争(1990年代〜現在)〜ウォー・コンチェルト(ディルク・ブロッセ作曲)
【第57回】アメリカ同時多発テロ(2001年9月11日)〜N.Y.2001/09/11(清水大輔作曲)
【第59回】<補遺1>チンギス・ハーン(13世紀初頭)大いなる約束の大地〜チンギス・ハーン (鈴木英史作曲)
【第59回】<補遺2>ヨハネ黙示録(B.C.60〜90年頃成立?)管楽器と打楽器のための交響曲≪黙示録による幻想≫(デヴィッド・ギリングハム作曲)
第60回<補遺3> アメリカ、サーカス黄金時代(1800年代末〜1900年代前半)マーチ≪バーナムとベイリーの人気者≫(カール・キング作曲)
第61回<補遺4> カエサルのガリア遠征(紀元前58年〜紀元前51年)≪ガリア戦記≫(バルト・ピクール作曲)
【第62回】<補遺5>百年戦争(1337〜1453)とジャンヌ・ダルクその3≪ジャンヌ・ダルク≫(フェルレル・フェルラン作曲)
【第63回】<補遺6> 太平洋戦争末期の特攻(1945年)≪Alas de Hierro 〜虚空に散った若き戦士たちへの鎮魂歌(レクイエム)〜≫(天野正道作曲)
【第64回】<補遺7>広島への原爆投下(1945年8月6日)その2 失わざるべき記憶 〜1945年8月6日〜(原爆ドームにて)(飯島俊成作曲)
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富樫鉄火の吹奏楽曲でたどる世界史
第56回 <補遺3> アメリカ、サーカス黄金時代(1800年代末〜1900年代前半)

マーチ≪バーナムとベイリーの人気者≫
(カール・キング作曲)

 アメリカでラジオ放送が開始されたのが1920年(日本は1925年〜)、TV放送の開始が1931年(日本は1953年〜)である。

 ラジオもTVもなかった頃、アメリカの人々の娯楽は何だったか。まず映画があった。だが、映画がアメリカで一般的に楽しまれるようになるのは、1900年代初頭からである。では、それ以前は……?

 それは芝居やコンサートなどを含む、小屋(劇場)での出し物、いわゆる「見世物」であった。曲芸やダンスなど、小屋の中で、あらゆる「見世物」が披露されていた。家族連れには動物見世物小屋が人気を呼んでいた(動物園は大都市にしかなかった)。

 それらが統合され、洗練され、大型化したのが「サーカス」である。アメリカ大衆文化を代表する娯楽だ(おおもとのルーツは、古代ローマ時代の戦車競争らしい)。そして、アメリカのサーカスを語る際、フィニアス・T・バーナム(1810〜1891)なる男の存在を避けて通るわけにはいかない。アメリカ史上最大のサーカス興行師である。

 バーナムはもともと山っ気のある男で、さまざまな事業を手がけては失敗の繰り返しで、浮き沈みの激しい前半生だった。インチキな見世物も多く、「フィジーの人魚」に至っては猿の上半身と魚の下半身をくっつけたものだった。それでも人々は、こぞって、バーナムの奇々怪々な見世物を、疑いつつも楽しんだ。

 以来、バーナムはあらゆる見世物興行を打つようになる。映画もラジオもTVもない1800年代後半のことだ。失敗もあったが、おおむねバーナムの見世物は、どこでも大当たりだった。

 1871年、バーナムは、ニューヨークのブルックリンで、それまでの見世物を総合化した「バーナムの大博物館、動物園、キャラヴァン、曲馬場、サーカス」なる長ったらしい名前のショーをスタートさせる。曲芸、見世物、ピエロのコント、空中ブランコ、ダンス、動物芸が次々と展開する出し物で観客たちの度肝を抜いた。これが、現在、我々がイメージする「サーカス」の始まりである。

 それまでのサーカスは馬による「曲馬芸」が中心で、その延長線上に、先住民(インディアン)VSカウボーイ・騎兵隊の対決ショーなどを見せるものがほとんどだった(何しろ映画もTVもないから、都会人は、西部の荒野における先住民との戦闘風景など、見たことがなかった。それを再現するショーが人気出し物だった)。【注1】

 あまりに巨大な見世物になったので、もはやテントで移動なんてことはやっておれず、バーナムは、1874年、マジソン・スクエア公園に「バーナムの巨大ローマ式ヒッポドローム」を設立。これは1万人収容の巨大劇場で、ここで「バーナムの地上最大のショー」(名称は、たびたび変更された)と銘打つメガ・サーカスを始める。この劇場こそ、現在のマジソン・スクエア・ガーデンである。

 1880年、バーナムは、ジェイムズ・ベイリーが運営していたサーカス団を買収合併し、さらに巨大化させて、共同経営の「バーナム&ベイリー・サーカス」(BBサーカス)となる。この時期が、いわゆるアメリカにおけるサーカス黄金時代だ。

 このBBサーカスの人気を一躍広めたのが一頭のアフリカ象である。体長約4メートル(史上、最も巨大な象といわれている)、ロンドン動物園の人気者だったのを買い取って、BBサーカスで見世物にし、大人気となった。
  この象には、スワヒリ語で、挨拶の「こんにちわ」を意味する「ジャンボ」という名前が付いていた。ところがバーナムの巧みな宣伝演出で、いつの間にか「ジャンボ」=「巨大」の意味に変えさせてしまった。その後、航空機からスポーツ選手の愛称まで、「巨大なもの」を「ジャンボ」と呼ぶようになったのは、このバーナムのせいなのである(ちなみにジャンボは、1885年、線路脇で列車に轢かれそうになった小象を守るため、自ら列車に体当たりして死んだという……バーナムの作り話説もあるみたいだが)。

 やがて1891年にバーナムが、1906年にベイリーが亡くなって、創業経営者を失ったBBサーカスは、1907年、当時新しかった「リングリング・ブラザーズ・サーカス」に買収され、現在の「リングリング・ブラザーズ=バーナム&ベイリー・サーカス」(RLB=BBサーカス)となって、再び「地上最大のショー」なるコピーのもと、アメリカ最大のサーカス団となって、いまに至るのである。【注2】【注3】

 さて、サーカスには音楽が付き物である。どこも専属バンドと専属指揮者(作編曲者)を抱えており、そこから多くの名マーチやギャロップが生まれた。アメリカ・マーチの発祥のひとつが、たとえばスーザを中心とする「軍楽マーチ」とすれば、対極にあるのがこの「サーカス・マーチ」である。≪サーカス・ビー≫≪ヒズ・オーナー≫のヘンリー・フィルモア(1881〜1956)も、≪マイアミ万歳≫≪カンザス大学マーチ≫のJ・J・リチャーズ(1878〜1956)も、サーカス・バンド出身である。

 その中で、RLB=BBバンドに所属し、そのものズバリ≪バーナムとベイリーの人気者≫【注4】【注5】なるマーチを書いたのが、カール・キング(1891〜1971)である。

 キングは、貧しい家の生まれで、新聞配達のアルバイトで得たカネでコルネットを買って吹いていた。やがて音楽レッスンを受けるようになり、バリトンに移る。以後、長いこと、各地のサーカス・バンドを渡り歩いて演奏した。サーカスには常に目新しいBGMが必要だったので、作曲も次々こなした。

 RLB=BBバンドには、1913年、22歳の時に短期間、バリトン奏者として参加した。その後、いくつかのサーカス・バンドを転々とした後、26歳で再びRLB=BBバンドに戻り、指揮者に迎えられる。

 この、最初にRLB=BBバンドに所属していた1913年に、バンド・リーダー、ネッド・ブリルの依頼で書かれたマーチが≪バーナムとベイリーの人気者≫である。すぐに人気曲となり、RLB=BBサーカスのテーマ曲となったばかりか、いまではスーザ作品と並ぶ、アメリカを代表するマーチとして世界中で愛されている。

 曲はまことに軽快でカッコよく心地よく、楽しい。古きよき時代のサーカスの香り満点で、こんな曲がテントや野外劇場から聴こえてきたら、もうそれだけでワクワクしてしまい、子供たちはその場で「私をサーカスに連れてって!」と言い出すだろう。

 一瞬≪コバルトの空≫(レイモンド服部作曲)を思わせる前奏で始まり、以後、時折、哀愁さえ感じさせる余裕ぶりで突き進む。トリオ部では、馬の蹄のパッカパッカ音が響き渡って、テント内を馬が走り回っている様子が描写される。コーダにおけるトリオ部の再現は、サーカス公演のクライマックスを思わせる。これぞ、アメリカ・サーカス黄金時代の空気を「音楽」で記録し、綴じ込めた、傑作マーチといえよう。

 日本でこの曲を演奏させたら、「マーチの阪急」阪急百貨店吹奏楽団の右に出るバンドはないのではないか。現在、いくつかの音源で同団の演奏を聴くことができるが、1989年の第1回定期演奏会(団の設立は1960年)における、鈴木竹男氏指揮の演奏は、軽快などという言葉を超えて、これはもう快楽怒涛の演奏である。マーチはこうあってほしいと我々が考えている、そのとおりのド迫力演奏が展開するのだ。特にコーダは、もしナマで聴いていたら心臓が飛び出したのではないかと思われるほどの迫力だ。ライヴ録音なので、少々荒っぽい面もあるが、それでも、いまは亡き日本のアマチュア吹奏楽の牽引役・鈴木竹男氏の面目躍如たる演奏である。

 これと対照的に、サーカス・マーチの軽快さを重視して、きれいにまとめているのが、フレデリック・フェネル指揮=東京佼成ウインドオーケストラの演奏である(CD『マーチ・ワールド Vol.1』ブレーン)。阪急のド迫力演奏と対極にあるアプローチだ。冒頭、ホイッスルの合図で始まり、終始、早めのテンポで展開する。いかにもアメリカ・サーカスの雰囲気満点だ。トリオ部では、馬の蹄が、かなり強めにパッカパッカと楽しげに鳴り響く。

 まさにコンサートのアンコールはもちろん、オープニングにも通用する、アメリカン・サーカス・マーチの傑作である。文化祭や地域イベントなどのムード作りにも最適だろう(ただ、聴くとやるとでは大違いで、軽快かつ威勢よく演奏するのは、意外と大変)。

 ちなみに、作曲者キングは、1920年にサーカス人生を終え、以後は市民バンドを中心に指導しながら、作曲をつづけた。アメリカ吹奏楽指導者協会(ABA)の会長もつとめた。特に、アイオワ州フォートダッジ市民バンドの指導はほぼ晩年までつづき、市内には彼の名の橋があるほか、現在、同バンド名にもカール・キングの名が冠せられている。
<一部敬称略>

※サーカスの歴史については、主として『サーカスが来た! アメリカ大衆文化覚書』(亀井俊介/東京大学出版会/1976)を参考にしました。


【注1】当時の曲馬ショーを舞台にした傑作ミュージカルが『アニーよ銃をとれ』(1946年ブロードウェイ初演)。バーナム以前のサーカスの姿が、たいへんうまく 描かれている。有名な劇中歌≪ショーほど素敵な商売はない≫は、吹奏楽でもさかんに演奏されている。1950年にベティ・ハットン主演で映画化されたが、 ある時期から「幻の映画」となり、長いこと観られなかった。近年になってやっとビデオ(DVD)化されるようになったが、それというのも、作中の先住民 (インディアン)の描き方が差別的であるとして、原曲の作曲者アーヴィング・バーリンから抗議され、公開禁止になっていたからだ(いまでは廉価盤DVDで 気軽に観られる)。

【注2】RLB=BBサーカスは、いまでもアメリカで大人気で、複数のツアー・グループに分かれて常に全米のどこかで開催されている。平日は夜1回公演で、土日は1日2〜3公演開催されるようだ。料金は土地・会場によって差があるが、高いほうだと100ドルの席があるので、けっこうなお値段である。なお、通称「世界三大サーカス」といえば、このRLB=BBサーカスと、ボリショイ・サーカス(ロシア)、木下大サーカス(日本)を指す。

【注3】RLB=BBサーカスは、映画になっている。1952年のアメリカ映画、同団のキャッチフレーズをそのままタイトルにした超大作『地上最大のショウ』(セシル・B・デミル監督)である。同年のアカデミー賞作品賞を受賞した。サーカス団内部の様々なドラマや恋愛模様を描いた作品だが、何しろホンモノのRLB=BBサーカスが全面協力しているだけあって、その迫力と説得力は空前絶後である。アメリカのサーカスはこんなモノスゴイことを毎日やっているのかと、唖然呆然。空中ブランコ乗りを演じたベティ・ハットンは、かなりの部分をスタンドなしで演じてみせた。そうかと思えば名優ジェームズ・スチュワートがピエロに扮し、最後まで素顔を見せない贅沢さ(一ヶ所だけ素顔が出るのだが、それは観てのお楽しみ)。さらに観客の中に、ボブ・ホープやビング・クロスビーを登場させる豪華さ。その上ラストでは列車の大衝突まで見せてくれる。大味なムードもあるが、2時間半、一瞬たりと飽きさせない出血大サービス、これぞ映画の中の映画である。もし≪バーナムとベイリーの人気者≫を演奏するのなら、必見(残念ながら、この曲は出てこないが)。

【注4】この曲名≪Barnum and Bailey's Favorite≫は、いまだに邦訳が定まっていないようだ。「Barnum and Bailey」が「バーナム&ベイリー・サーカス」であることは間違いないのだが、「Favorite」をどう解釈するかで、邦題が変わる。昔は単純直訳で「お気に入り」が多かったが、最近では「人気者」「愛好曲」などもある。おそらく「BBサーカスの人気出し物」とでもいったニュアンスだろうと思うので、今回は≪バーナムとベイリーの人気者≫とした(昔、このタイトルの意味は≪「バーナム」と「ベイリーの愛人」≫だとの冗談があった。三角関係のドタバタ騒ぎを描いた曲だというのだが……案外、ホントかも?)。

【注5】キングがこの曲を書いた時に所属していたサーカス団の名称は、もう「リングリング・ブラザーズ=バーナム&ベイリー・サーカス」(RLB=BBサーカス)になっていたはずである。なのに曲名に「リングリング兄弟」(RLB)名が入らず、「バーナム&ベイリー」(BB)のみなのは、なぜなのだろうか。あまりに長い名前なので略したのか、あるいは、「リングリング兄弟」よりも、昔ながらの「BBサーカス」名で認識されていたからなのだろうか。

Text:富樫鉄火

(2007.11.22)


富樫鉄火プロフィール:

“吹奏楽大好き”音楽ライター。得意ジャンルは、クラシックを中心に、その周縁、特に吹奏楽と映画音楽など。ライターとしてのモットーは、「音楽を普通の言葉で語りたい」、「周縁を知ってこそ、音楽は面白い」の2点。いままで、様々な形で音楽に関わってきました。そんな拙い経験と見聞の中から、肩の凝らない、だけど、少しだけためになる話を、コラムにしてお届けします。
(c)2007 Tecca Togashi/Band Power
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