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【第59回】<補遺1>チンギス・ハーン(13世紀初頭)大いなる約束の大地〜チンギス・ハーン (鈴木英史作曲)
【第59回】<補遺2>ヨハネ黙示録(B.C.60〜90年頃成立?)管楽器と打楽器のための交響曲≪黙示録による幻想≫(デヴィッド・ギリングハム作曲)
第60回<補遺3> アメリカ、サーカス黄金時代(1800年代末〜1900年代前半)マーチ≪バーナムとベイリーの人気者≫(カール・キング作曲)
第61回<補遺4> カエサルのガリア遠征(紀元前58年〜紀元前51年)≪ガリア戦記≫(バルト・ピクール作曲)
【第62回】<補遺5>百年戦争(1337〜1453)とジャンヌ・ダルクその3≪ジャンヌ・ダルク≫(フェルレル・フェルラン作曲)
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【第64回】<補遺7>広島への原爆投下(1945年8月6日)その2 失わざるべき記憶 〜1945年8月6日〜(原爆ドームにて)(飯島俊成作曲)
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富樫鉄火の吹奏楽曲でたどる世界史
第59回 <補遺2> ヨハネ黙示録(B.C.60〜90年頃成立?)

管楽器と打楽器のための交響曲≪黙示録による幻想≫
(デヴィッド・ギリングハム作曲)

 人類誕生以来、これほど多くの人々を悩ませ、議論されてきた書物はない。

 それは『ヨハネ黙示録』である。

 正確に言うと、『新約聖書』の最後におさめられた本だ(すでに述べてきたように『旧約/新約聖書』とは「全集シリーズ名」であって、正確には「書名」ではない)。

 いったい、この本をどう読み、どう理解すればいいのか、いまだに人類はその答えを出せないでいる。

 基本的に『新約聖書』は、イエスの事蹟を弟子たちが綴った「記録集」である。だから、ウソか本当かはさておいて、形式は「ノンフィクション集」なのだ。だが、このラストの『ヨハネ黙示録』だけは、「ノンフィクション」でありながら「預言」「予言」でもあるという、なかなかやっかいな本なのである。【注1】

 『黙示録』は、英語だと「アポカリプス」という。ギリシャ語で「啓示」を意味する「アポカリュプス」(明らかにする、啓示する)が語源だ。だから『ヨハネ黙示録』は『ヨハネへの啓示』と称されることもある(『ヨハネの啓示』ではない。『(神から)ヨハネへの啓示』である)。【注2】

 いったい、何が書かれているのか。ひとことでいえば、今後人類を襲う災厄と、イエスの再臨が預言(予言)されているのである。

 ヨハネは、キリストの死後、逮捕され、バトモス島という島に流されて軟禁状態にあった。そこへ神があらわれ、ヨハネに啓示の言葉を与えた。その内容が綴られるのだ。

 この著者「ヨハネ」とは、一般にはイエス十二使途の中のヨハネだと思われきたが、別人だとの説もあるらしい。

 では、どんな啓示だったのか。あまりにも神秘的で不思議な内容、さらに独特の数字や事物が表象的に使用されており、それが、後年、多くの人々を悩ませることになるのである。書き出せばきりがないが、たとえば燃えている星(隕石?)が落ちてくるとか、終末戦争(ハルマゲドン)が起きるとか。「7」という数字も盛んに登場し、どこかファンタジック・ミステリー小説のようなおもむきもある。そして、キリストが再臨し、この地上に王国をつくって以後千年を統治するとされている。

 この『ヨハネ黙示録』が一躍注目を浴びたのは、1986年、旧ソ連のチェルノブイリ原発で発生した大事故だった。この、史上最悪の原発事故が、すでに『黙示録』に「書かれていた」のだ。『黙示録』の中に、「ニガヨモギの星が落下して多くの人が死ぬ」という意味の部分がある。この「ニガヨモギ」とは植物名だが、食すと神経をマヒさせ、麻薬のような習慣性があるといわれている(リキュール「アブサン」の原料。呑みすぎると幻覚をおこすので、19世紀初頭は、主要国で禁止されていた)。で、この「ニガヨモギ」が、ロシア語で「チェルノブイリ」なのだ(正確にはウクライナ語からきているらしい)。『黙示録』は、「預言」どころか、正確な「予言」だったのだと思い込んだ人々も多くいた。
 
  この不可思議な書物を題材にした曲が、ギリングハム≪黙示録による幻想≫である。正確に言えば、世界史上の「史実」を扱った曲ではないが、聖書中のたいへん重要な書物が題材であり、しかも吹奏楽史に残る名曲につき、とりあげておくことにした。

 ギリングハムについては、【第49回】≪戦死・不明の英雄たちよ〜ベトナム・メモリアル≫【第55回】≪闇の中のひとすじの光(ア・ライト・アントゥ・ザ・ダークネス)≫で取り上げているので、そちらも参照いただきたい。ミシガン大学在学中から先鋭的な吹奏楽作品を発表して注目を浴び、ジャーナリスティックな題材も取り込む、現代感覚あふれる作風が人気を呼んでいる。近年、コンクールでは≪ウィズ・ハート・アンド・ヴォイス≫がよく演奏されている。

 作曲者自身のコメントによると、『黙示録』を音楽化することには以前から興味を持っていたようで、すでに1984年に、吹奏楽のための交響詩≪Revelation≫【注3】を発表していた。しかし、満足いく内容ではなかったので、あらためて取り組んだのが、この≪黙示録による幻想≫だそうである。

 曲は「交響曲」と冠されているだけあって、全3楽章構成(ほぼ切れ目なしで演奏される)。『黙示録』全体から得られる印象が、抽象と具象の中間を行くようなタッチで描かれる。

 第1楽章<The Vision>(幻覚)約8分……ギリングハム特有の、神秘的かつメカニックな響きで静謐に幕を開け、「幻覚」が描かれる。後半は、重々しくもゆったりしたマーチ。ホルンの雄たけびのあと、再び静謐に帰す。金管群が、第2楽章で描かれる「災厄」を予告し、次の楽章へ。一説には、ヨハネは、流刑先でニガヨモギをかじっているうちに幻覚状態に陥り、その際に見た幻影を書き留めたのだともいわれている。そんな幻影のイメージも重ね合わされているのかもしれない。

 第2楽章<Ferocious>(凶暴な)約3分半……今後人類を襲うであろう数々の「災厄」が描かれる。木管楽器群に細かいフレーズが続出し、超絶技巧を要求される部分だ。

 第3楽章<The Messianic Kingdom>(救世主の王国)約6分……キラキラと輝くような打楽器群の調べに乗って木管群がイエスの再臨を告げる。やがてクリスマス・キャロルとしても知られる聖歌≪Break Forth O Beauteous Heavenly Light≫(麗しき天の光よ、出でて)が、おごそかに響き始め、現代的なアレンジが加わって壮大な響きとなる。ギリングハムが前作≪Revelation≫で描ききれなかったのは、こういう部分かもしれない。有名な聖歌が登場するだけあって、この部分はギリングハム作品としてはかなり親しみやすく感じるはずだ。そして、『黙示録』を、単なる「災厄の預言(予言)」として扱わず、未来への希望としてとらえていることがよくわかる。ギリングハムにとっての『黙示録』は、オカルト本ではなく、私たちを光で導いてくれる指標なのだ。ラストは、引っ張りに引っ張って、吹奏楽特有のカタルシスを爆発させながら、見事に終わる。

 この曲は、日本では、1998年に発売されたCD『武蔵野音楽大学ウインドアンサンブル Vol.8』に収録された音源で、一般に知られることになった(確か、この前年あたりの同団による、日本初演の録音だったのではないか)。

 さっそく、翌1999年のコンクール全国大会で、武蔵村山市立第四中学(東京)、福島県立磐城高校、埼玉大学の3団体が一挙に取り上げ、決定的な人気を得た。【注4】残念ながら金賞は出なかったが、海外のオリジナル新曲が、ある年に突如3団体によって演奏されるというのも珍しい例だろう(しかも、中学・高校・大学という幅の広さ)。その後、都道府県大会や支部大会では時折演奏されているようだが、全国大会には登場していない。ギリングハム作品としては≪ウィズ・ハート・アンド・ヴォイス≫のほうに人気が移ったせいもあるだろうが、それだけ難曲だということでもあろう。コンクールでは、ほぼ、最終楽章を中心に抜粋演奏される。

 最上段データ欄に挙げたジョージア大学バンドのCDは、この曲の初演時のライヴであり、少々荒っぽい部分もあるのだが、初演の熱気をとらえた音源として、ぜひ聴いておきたい。
  コンクールにおける上記3団体の演奏も、それぞれの特性が生きたなかなかの名演である(とりあえず曲のムードを把握するには、コンクール版で聴くほうがいいかもしれない)。武蔵野四中の演奏などは、ラストの引っ張りの部分でトランペット奏者が真っ赤になって頑張っている様子が目に浮かぶようで、思わず声援を送りたくなってくる。

 なお、吹奏楽曲がエレクトーン版に編曲されて演奏されることが最近は多いが、この曲も中学生がエレクトーン全国大会で演奏したことがある。また、アメリカでは「マーチング・ショー」の曲としても有名で、高校バンドがよくマーチング大会で演奏している(You Tubeで検索すると、たくさん出くる)。
<敬称略> 


【注1】「預言」と「予言」は、意味が違う。「預言」とは、「神の言葉を預かる」こと。神と対話できて、その言葉を一般に伝える人のことを「預言者」という。これに対して「これから起きる出来事を予想して言葉にする」ことが「予言」である。

【注2】フランシス・フォード・コッポラ監督による問題作、映画『地獄の黙示録』(1979年)の原題が『Apocalypse Now』、つまり「現代の黙示録」である。

【注3】≪Revelation≫とは、直訳すれば「明らかにする」、つまり「啓示」の意味だが、英語では、そのまま『ヨハネ黙示録』も意味する。なお、『黙示録』を音楽化している人は多く、吹奏楽曲では、ジェイガー≪Apocalypse≫(黙示録)、マクベス≪The Seventh Seal≫(第七の封印)なども有名で、コンクールにも登場している。

【注4】この時、埼玉大学は≪世の終わりの日の幻想≫の邦題で出場している。ちなみにこの1999年は、玉川学園(東京)と上磯吹奏楽団(北海道)が≪戦死・不明の英雄たちよ〜ベトナム・メモリアル≫で全国大会に進出しており、ギリングハムの曲が2曲5団体によって演奏された。まるで「ギリングハム・イヤー」だったような記憶がある。

Text:富樫鉄火

(2007.11.15)


富樫鉄火プロフィール:

“吹奏楽大好き”音楽ライター。得意ジャンルは、クラシックを中心に、その周縁、特に吹奏楽と映画音楽など。ライターとしてのモットーは、「音楽を普通の言葉で語りたい」、「周縁を知ってこそ、音楽は面白い」の2点。いままで、様々な形で音楽に関わってきました。そんな拙い経験と見聞の中から、肩の凝らない、だけど、少しだけためになる話を、コラムにしてお届けします。
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