吹奏楽マガジン バンドパワー 吹奏楽マガジン バンドパワー
目次
【はじめに】
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【第56回】コソボ紛争(1990年代〜現在)〜ウォー・コンチェルト(ディルク・ブロッセ作曲)
【第57回】アメリカ同時多発テロ(2001年9月11日)〜N.Y.2001/09/11(清水大輔作曲)
■第59回<補遺1>チンギス・ハーン(13世紀初頭)大いなる約束の大地〜チンギス・ハーン (鈴木英史作曲)
【第59回】<補遺2>ヨハネ黙示録(B.C.60〜90年頃成立?)管楽器と打楽器のための交響曲≪黙示録による幻想≫(デヴィッド・ギリングハム作曲)
第60回<補遺3> アメリカ、サーカス黄金時代(1800年代末〜1900年代前半)マーチ≪バーナムとベイリーの人気者≫(カール・キング作曲)
第61回<補遺4> カエサルのガリア遠征(紀元前58年〜紀元前51年)≪ガリア戦記≫(バルト・ピクール作曲)
【第62回】<補遺5>百年戦争(1337〜1453)とジャンヌ・ダルクその3≪ジャンヌ・ダルク≫(フェルレル・フェルラン作曲)
【第63回】<補遺6> 太平洋戦争末期の特攻(1945年)≪Alas de Hierro 〜虚空に散った若き戦士たちへの鎮魂歌(レクイエム)〜≫(天野正道作曲)
【第64回】<補遺7>広島への原爆投下(1945年8月6日)その2 失わざるべき記憶 〜1945年8月6日〜(原爆ドームにて)(飯島俊成作曲)
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富樫鉄火の吹奏楽曲でたどる世界史
第56回 コソボ紛争(1990年代〜現在)

ウォー・コンチェルト
(ディルク・ブロッセ作曲)

 東西冷戦が終わり、政治思想の対立時代が終わると、今度は民族・宗教の対立時代がやってきた。

 その中で、長年混迷を極めているのが、通称「コソボ紛争」である。たいへん複雑な紛争なので、なるべく簡略化して解説する。

 バルカン半島の中部、地図でいうとギリシャの上のほう、アルバニアとマケドニアに挟まれたような位置に「コソボ自治州」がある。

 紀元前、この一帯にアルバニア人がやってきて住みついていた。

 ところが、7〜10世紀にかけて、今度はセルビア人がやってきて「セルビア王国」を築いてしまった。以後、コソボ地域は、セルビア王国の聖地とされてきた。

 セルビア王国なんて国ができるくらいだから、当初はセルビア人が多かったのだが、14〜15世紀頃、オスマントルコ帝国に支配された際、ほとんどのセルビア人は、国を脱出してしまった。結果、セルビア人よりも、最初にこの地に住みついたアルバニア人のほうが、多くなってしまった。

 「コソボ紛争」のおおもとは、このあたりから始まっている。

 セルビア王国は、その後、旧ユーゴスラビア内のセルビア共和国となった。現実にはアルバニア人の方が多いのに、国は「セルビア共和国」である。言語も、一般市民はアルバニア語を話しているのに、公式にはセルビア語とされた。ここは、いったい、誰の国なのか――全体の9割にも迫るアルバニア人たちは、次第に不満を募らせ、独立を求め始める。

 最初のうちは、アルバニア人による自治が認められ、このエリアだけが「コソボ自治州」として、半ば独立したような形で存在していたのだが、1990年、セルビア共和国政府は、アルバニア人の自治権を剥奪し、議会を強制解散させた。

 怒ったアルバニア人は「コソボ共和国」としての独立を宣言し、大統領を選出した。だが、セルビア当局は、それを認めず、極めて中途半端な状態がつづいた。

 その後、ユーゴスラビア内の共和国が続々と独立し、セルビアは、モンテネグロと共に、新「ユーゴスラビア連邦共和国」を結成してしまった。自称「コソボ共和国」は、国際社会の中で無視されつづけ、「そんな国があるのか」とまでいわれた。

 「コソボ共和国」のルコバ大統領は、流血を嫌う、平和路線主義者だった。だが「いつまでも平和路線では、正式独立はできない」と、コソボ解放軍が、セルビア人に対するテロ行為を開始する。1998年には、ユーゴ政府から鎮圧軍(セルビア軍)が投入され、解放軍との間で戦闘となった。いよいよ、コソボ紛争の混迷化である。

 この時、鎮圧軍が、アルバニア一般住民を虐殺したことが判明し、世界中から批難の声が寄せられた。国連も、ユーゴに対して撤退を勧告したが、ユーゴはそれを無視した。

 99年、和平交渉が開始されたが、その提案内容が、実質アメリカ支配が見え見えだったので、交渉は決裂。プライドを傷つけられたアメリカは、NATO(北大西洋条約機構)軍によるユーゴ空爆を開始する。まさに泥沼である。

 最終的に2000年になってセルビア軍がコソボから撤退し、コソボは国連監視による暫定行政地域となっている。
 
  以上が「コソボ紛争」の大筋だが、これを題材にした吹奏楽曲が、ディルク・ブロッセの≪ウォー・コンチェルト≫(戦争協奏曲)である。

 ブロッセの名前は、吹奏楽ファン以外にも知っている人が多いと思う。ベルギーの作曲家であり、指揮者でもある。スーパーワールドオーケストラの指揮者として数回来日し、CDも発売している。大阪市音楽団によるCD『クレツマー・クラシックス』(オクタヴィア)なども、彼の指揮だ。

 映画音楽作曲家としても有名である。ベルギーやオランダの文芸映画が多いので、ほとんどが日本未公開だが、ムード音楽とクラシックの中間を行くような、上質な音楽を書いているようだ。

 ほかにも交響曲や室内楽曲など、多くのジャンルを書いているが、彼の名が一躍、一般にも広まったのは、2本のミュージカルである。

 1本が、1996年に発表したミュージカル≪サッコとヴァンゼッティ≫。ベルギー・フランダース州政府の委嘱作品らしい。1920年、アメリカのマサチューセッツ州で発生した有名な冤罪事件を題材にした作品(のはず。なにぶん未見なので)だ。強盗殺人事件の犯人として逮捕された2人の「犯人」――サッコとヴァンゼッティ。彼らは、イタリア移民で無政府主義者だった。それだけの偏見的な理由で、でっち上げ逮捕され、死刑になってしまう。ようやく1977年、マサチューセッツ州知事は、彼らが無実であったことを公式に表明した。

 この事件は、1970年に『死刑台のメロディ』(原題:サッコとヴァンゼッティ)と題する映画になり、ジョーン・バエズの歌う主題歌≪勝利への讃歌≫(作詞:ジョーン・バエズ、作曲:エンニオ・モリコーネ)も大ヒットした。たった8小節のメロディが執拗なまでに繰り返され、異様な興奮と感動を誘う傑作抵抗歌である。【注1】

 この有名な冤罪事件が、ブロッセの手で、ベルギーでミュージカルになっているのである。もちろん筆者は未見・未聴だが、このような題材に挑んでいることが、ブロッセなる作曲家の一面をうかがわせるであろう。

 もう1本のミュージカルが、やはりベルギーで2001年に発表された≪タンタン≫。これはご存知の方も多いだろう。原作はベルギー生まれのコミック作品。ニッカポッカの少年探偵タンタンと、白いフォックステリア犬スノーウィのコンビが、世界中を駆け巡る冒険物語である。これも、ブロッセの作曲でミュージカルになっているのだ。日本からもファンが観に行っているようだが、あの楽しいコミック世界が、どんなステージ・ヴィジュアルで展開するのか、興味は尽きない。【注2】

 上記2本のミュージカルでさらにその名を不動のものにしたブロッセだが、≪ウォー・コンチェルト≫は、クラリネットとバンドのための協奏曲である。

 初演は1999年、ベルギーのオステンドで開催されたクラリネット・フェスティヴァルにおいて。原曲はオーケストラとクラリネットのための曲で、初演時は、フランダース放送管弦楽団、作曲者自身の指揮、エディ・ファノーステュイスのクラリネットだった。

 のちに、ブロッセ自身とウィム・ベラーンの手で吹奏楽版になり、上記参考音源に挙げたCDに収録されたのが、吹奏楽版初演録音である。指揮とクラリネットは初演同様。バンドはベルギーの名門ギィデ交響吹奏楽団である。

 ブロッセは、コソボ紛争に巻き込まれ、家族と引き裂かれた7歳の少年の姿をTVで見た。≪ウォー・コンチェルト≫は、その姿に触発されて作曲された。

 確かにソロ・クラリネットとバンド(原曲はオーケストラ)のための曲なのだから「協奏曲」なのだが、通常の協奏曲とは、かなりイメージが違う。ソロ・クラリネットは、最初から最後まで休みがなく、ほぼ出ずっぱりである。ラスト近くに、ソロ・カデンツァがある。

 ここでのクラリネットは「少年」を、バンドは、様々な人種が混在するコソボ周辺のバルカン半島を象徴しているそうだ。

 曲中にキャッチーな部分は、ほとんどない。いわゆる「現代音楽」である。クラリネットの旋律の一部には、かなりエキゾチックな雰囲気もある。いかにも、すぐ東側にアジアが迫っているバルカン半島を思わせる。映画に詳しい方だったら、ギリシャが生んだ世界的映画監督アンゲロプロスの作品に共通するムード――といったら、分かりやすいだろうか。

 紛争地域を題材にしている割には、アメリカ映画的な「戦闘場面」を思わせる部分は、ほぼない。中間部でスピード感が醸し出され、若干バルカン・ダンスを感じさせる部分もあるが、決して派手にはなりすぎない。最初から最後まで「混沌」がつづく――といっていい。

 だが、ここで訴えかけてくるものに、何かを感じない人はいないはずだ。音楽が与える感動とは、決して、耳に残りやすいメロディとか、大音響ばかりではないのだ。

 クライマックスでは、雲間から陽光が差すような美しい部分となる。まことに感動的で、吹奏楽曲ならではのカタルシスが、ついに訪れる。コソボの、あるいは、TVで見た少年に託した、明日への希望なのだろうか。

 いうまでもなく、クラリネットは超絶技巧を要する。演奏時間も、切れ目なしで約24分なので、吹奏楽曲としては異例の大曲である。これだけの内容を、テンションを保って演奏することは、なかなか大変だろう。それゆえ、アマチュアが「演奏する曲」ではなく、コンサートなどでプロの演奏を「鑑賞する曲」だと思う。

 これは、ベルギーが生んだ傑作吹奏楽曲であり、ブロッセなる作曲家の魅力を知る、最良の音楽である。そして、これを機会に、コソボへの関心を少しでも持っていただきたいと思う。日本の外では、これほど深刻な民族・宗教対立が日常となっているのである。

 

【注1】本題とは無関係だが、≪勝利への讃歌≫はあまりに名曲なので、歌詞と大訳を以下に掲げておく。

Here's to you Nicola and Bart
ニコラ・サッコとバート・ヴァンゼッティよ

Rest forever here in our hearts
私たちの想いは、ずっとあなたたちと共にあります

The last and final moment is yours
最期の、そして永遠の時、それはあなたたちのもの

That agony is your triumph!
その苦悩こそ、あなたたちの勝利なのです!

【注2】ちなみにこの≪タンタン≫は、デ=メイの編曲で吹奏楽版になっており、日本でもすでにコンクールに登場している。2005年に兵庫県の加古川市立浜の宮中学が、2006年に神奈川県の日立製作所ソフトウェアが取り上げて、各々、全国大会に進出している。

Text:富樫鉄火

(2007.10.25)


富樫鉄火プロフィール:

“吹奏楽大好き”音楽ライター。得意ジャンルは、クラシックを中心に、その周縁、特に吹奏楽と映画音楽など。ライターとしてのモットーは、「音楽を普通の言葉で語りたい」、「周縁を知ってこそ、音楽は面白い」の2点。いままで、様々な形で音楽に関わってきました。そんな拙い経験と見聞の中から、肩の凝らない、だけど、少しだけためになる話を、コラムにしてお届けします。
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