吹奏楽マガジン バンドパワー 吹奏楽マガジン バンドパワー
目次
【はじめに】
バックナンバー

【第41回】第2次世界大戦(1939〜1945)その2〜組曲≪戦場にかける橋≫(マルコム・アーノルド)

【第42回】第2次世界大戦(1939〜1945)その3 キスカ島撤退作戦〜キスカ・マーチ〜映画『太平洋奇跡の作戦 キスカ』より(團伊玖麿作曲/福田滋編曲)
【第43回】第2次世界大戦(1939〜1945)その4 ノルマンディ上陸作戦〜孤独な海岸〜ノルマンディ1944(バーンズ)
【第44回】第2次世界大戦(1939〜1945)その5 パリ解放(1944年)〜フランス組曲(ダリウス・ミヨー)
【第45回】第2次世界大戦(1939〜1945)その6 ベルリン大攻防戦〜ヒトラー自殺(1945年4〜5月)〜組曲≪ベルリン陥落≫作品82(ショスタコーヴィチ)
【第46回】第2次世界大戦(1939〜1945)その7 広島への原爆投下(1945年8月6日)〜モーニング・アレルヤ〜冬至のための(ロン・ネルソン)
【第47回】朝鮮戦争〜クロマイト作戦(1950〜53)仁川<インチョン>(ロバート・W・スミス作曲)
【第48回】スターリン死去(1953年)〜祝典序曲(ショスタコーヴィチ作曲)
【第49回】ベトナム戦争(1960〜75)その1 戦死・不明の英雄たちよ〜ベトナム・メモリアル(ギリングハム)
【第50回】ベトナム戦争(1960〜75)その2 ≪ミス・サイゴン≫より(シェーンベルク)
【第51回】米ソの宇宙開発競争(1950〜1970年代)その1 ガガーリン〜3つの交響的情景(ナイジェル・クラーク作曲)
【第52回】米ソの宇宙開発競争(1950〜1970年代)その2 マン・オン・ザ・ムーン(清水大輔作曲)
【第53回】「プラハの春」弾圧事件(1968年)〜プラハ1968年のための音楽(カレル・フサ作曲)
【第54回】公害・環境破壊(1960〜70年代)この地球を神と崇める(カレル・フサ作曲)
【第55回】オクラホマ連邦ビル爆破事件(1995年)…闇の中のひとすじの光(デヴィッド・ギリングハム作曲)
【第56回】コソボ紛争(1990年代〜現在)〜ウォー・コンチェルト(ディルク・ブロッセ作曲)
【第57回】アメリカ同時多発テロ(2001年9月11日)〜N.Y.2001/09/11(清水大輔作曲)
■第59回<補遺1>チンギス・ハーン(13世紀初頭)大いなる約束の大地〜チンギス・ハーン (鈴木英史作曲)
【第59回】<補遺2>ヨハネ黙示録(B.C.60〜90年頃成立?)管楽器と打楽器のための交響曲≪黙示録による幻想≫(デヴィッド・ギリングハム作曲)
第60回<補遺3> アメリカ、サーカス黄金時代(1800年代末〜1900年代前半)マーチ≪バーナムとベイリーの人気者≫(カール・キング作曲)
第61回<補遺4> カエサルのガリア遠征(紀元前58年〜紀元前51年)≪ガリア戦記≫(バルト・ピクール作曲)
【第62回】<補遺5>百年戦争(1337〜1453)とジャンヌ・ダルクその3≪ジャンヌ・ダルク≫(フェルレル・フェルラン作曲)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
スペシャル >>インデックス
富樫鉄火の吹奏楽曲でたどる世界史
第54回 公害・環境破壊(1960〜70年代)

この地球を神と崇める
(カレル・フサ作曲)

 1962年にアメリカの生物学者レイチェル・カーソン(1907〜64)が発表した書『沈黙の春』【注1】は、一大センセーションを巻き起こした。

 当時、アメリカでは、有機塩素系の農薬(殺虫剤)「DDT」が、当たり前のようにばらまかれていた。大量生産が可能で、無害と思われていたこのDDTを使って、アメリカ政府は、農作物に対する害虫の絶滅計画を進めていたほどだった。

 ところがカーソンは、この『沈黙の春』で、DDTがいかに恐ろしい薬剤であるかを告発した。DDTは、自然界では決して分解されることなく、永久に残留し、生態系を破壊する。現に、一部の生物は、オスが減少し、絶滅しかけているという。また、食物連鎖によって食品を通じて体内に取り込まれ、ホルモンなどにも影響を与えるというのだ。

 この本の衝撃は大きかった。当時のケネディ大統領は、すぐさま専門機関に調査を命じ、その結果アメリカはDDTを禁止し、害虫絶滅計画も中止となった。【注2】

 同時期、日本でも「4大公害病」が大問題となっていた。熊本水俣病、新潟水俣病、四日市ぜんそく、イタイイタイ病――である。すべて大企業が垂れ流した有害物質が原因だった。どれも1950〜60年代あたりから顕在化し始め、特に1960〜70年代に大きな問題となっていた。

 そして1975年、日本で、公害や環境汚染の恐怖を決定的にした小説が、大ベストセラーになった。有吉佐和子『複合汚染』【注3】である。まさに『沈黙の春』日本版であった。農薬、合成洗剤、合成保存料、排気ガス、化学肥料……これらがいっしょくたになって川や海、土壌に流れ込み、生態系を破壊し、食物に入り込んで私たちの体内に蓄積される……その過程が、ノンフィクション・タッチでリアルに描かれた。当時これを読んだ多くの日本人は、本心から「日本のコメを食べることは、農薬を食べるのと同じだ」と感じたものである。

 このように、1960年代〜70年代は、世界中で、公害や環境破壊の恐怖が叫ばれた時期であった。

 そして、この現実を吹奏楽曲で描いた作曲家がいた。またもカレル・フサである。前回の「プラハの春」弾圧事件をもとにした≪プラハ1968年のための音楽≫といい、今回の≪この地球を神と崇める≫といい、これほどまでに社会的な題材を選んで、吹奏楽曲で表現しつづけた人は、フサ以外にいない。しかも、たまたま表現手段が「吹奏楽」というだけであって、どの曲も、20世紀を代表する現代音楽の地位を獲得しているのだ。このような作曲家がいたことを、吹奏楽に携わっている私たちは、誇りに思いたい。

 フサは、前回紹介した≪プラハ〜≫発表の翌年、ミシガン大学バンドの委嘱で、この曲を発表した。同大学バンドの指揮者ウィリアム・レヴェッリ博士の引退に捧げられている。原題は、直訳すれば「この地球の神格化」となる。

 フサ自身が、スコア冒頭に、かなり長めの文章を掲載している。要旨をまとめると、おおむね以下のような内容だ。

<この曲は、いまの人類が直面する様々な問題――戦争や飢餓、種の絶滅、環境汚染などが動機となって生まれた。この美しい地球の破壊や荒廃が、幻想に終わることを祈るばかりである。
 第T楽章Apotheosis<神格化>で、地球は宇宙の中の点として描かれ、次第に大きくなり、悲劇を予感させる。
 第U楽章Tragedy of Destruction<破壊の悲劇>は、放射能で破壊され、傷ついた地球が描かれる。
 第V楽章Postscript<その後>で、地球は宇宙の彼方に砕け散る。奏者は「この美しい地球」と声に出す。そしてこんな疑問が浮かび上がってくる――「なぜ、私たちはこんなことをしてしまったのだろうか?」と>

 いかがであろうか。何とこの曲は、戦争や環境破壊による「地球崩壊」を描いているのである。しかも、まったく「救い」がない。最後に、明日への希望でも描かれるかと思いきや、「地球は砕け散る」というのだから、ただごとではない。

 果たして、いったい、どんな音楽なのか……。

 ご存知の方にはいうまでもないが、これは、前作≪プラハ〜≫をはるかに上回る、難解で高度な音楽である。≪プラハ〜≫の場合は、ワルシャワ条約機構軍によるチェコスロバキア蹂躙という、いわば「目に見える悲劇」が描かれた。だから、確かに前衛的な描写や手法はあったものの、全体はおおむね描写性に満ちていた。

 だが、この≪〜崇める≫で描かれた世界は、誰の目にも明快な悲劇とは、ちょっと違う。確かにモチーフは環境破壊だが、それによって蝕まれる「地球」が描かれるのだ。

 当然、タッチは抽象的にならざるをえない。耳に残るキャッチーなメロディは、まったく出てこない。それゆえ、これほど、文章で説明するのが難しい曲もないのだ。まことにライター泣かせの曲であるが、この種の音楽に慣れていない若い方々には「泣いている曲」という表現が、いちばんわかりやすいかもしれない。第T楽章冒頭部から、楽器が(いや、地球が)「泣いている」ように聴こえるはずだ。環境破壊に蝕まれて、破滅寸前の地球が、苦しさのあまり、末期の雄叫びを上げている曲――そんなふうにイメージしていいと思う。

 全体は、そんな「泣いている」ような抽象的な音列と、具体的な奏法指示のオンパレードだ。これほど「音符」以外の様々な指定が書き込まれたスコアは、そうはあるまい。

 たとえば、時折、音符のオタマジャクシの横、「♯」や「♭」に同化して「↑」「↓」といった矢印が書き込まれている。これは「クォーター・トーン」。つまり「半音」ならぬ「4分の1音」の指定である。たとえば「C♯」の「♯」部分に「↑」が付いていたら、「C♯」と「D」の中間の音程を出せというのだ。

 第U楽章のラスト音にはフェルマータの記号とともに「lunga」(長く自由に伸ばす)の指定がある。「lunga」は、アルフレッド・リードなどもよく用いていた指定だが、それに加えて文章で「8〜10秒、もしくはそれ以上(伸ばせ)」と書かれている。

 第V楽章では、多くの奏者が「This beautiful Earth」(この美しい地球)と、口に出して言えとの指示がある。「歌う」のではなく、あくまで「口にする」のである。しかも、きわめてぎごちなく言うような指示部分もある。

 「repeat ad lib.」(自由に繰り返す)なんて指示も頻繁に出てくる。全曲の最後は、ザイロフォンの5連符の音型が繰り返されて終わるのだが、ここにも「repeat ad lib.」とある。二重線でキチンと終わるスコアではないのだ。これは、ヨハン・シュトラウス≪常動曲≫も真っ青の「演奏者の意思で自由に終えていい」曲なのだ。

 そのほか、一般の音楽教育の場では見る機会のない、おそらくこの曲のためにフサが考案した記号や指定が、あちこちに出てくる。

 作曲者自身がスコアに示した演奏時間は、T<Apotheosis>(神格化)が12分半、U<Tragedy of Destruction>(破壊の悲劇)が7分、V<Postscript>(その後)が6分――計25〜26分の曲であるが、何しろ「自由に繰り返す」なんて指示があちこちに出てくる曲だから、演奏者によって時間は大きく変わる。楽章ごとに1〜2分、減ったり増えたりするなんて日常茶飯事である。

 この曲が、私たち日本人の前で初演されたのは、1973年7月5日、上野の東京文化会館における、国立音楽大学ブラスオルケスター(指揮・大橋幸夫)の、第14回定期演奏会であった。いまや、戦後の日本吹奏楽界の伝説となっているコンサートである。この演奏があまりに素晴らしく、また、曲の衝撃度もウルトラ級とあって、≪〜崇める≫は、一夜にして知れ渡った。日本が、1970年の大阪万博で浮かれきり、高度経済成長も終焉、いささか疲れが見え始めた時期に、まさに「太平の眠りを覚ます蒸気船」のように、この曲は登場したのだ。

 しかし、この曲が全日本吹奏楽コンクールの全国大会に登場するまでは、時間を要した(そもそも、この曲でコンクールに挑んだ団体がいることのほうが、驚きなのだが)。あまりの難度の高さもあったろうし、1970年代の環境破壊がモチーフだけに、その後、少々、時代性のずれを感じさせた点も否めない。

 だが、結局、地球は、20世紀の終わりを迎えて、フサが描いたとおりの事態に陥った。地球温暖化だのエルニーニョだのオゾン層破壊だのと、ほんとうに、この曲そのままの地球になりかけたのだ。

 それだけに、1993年、東京都立永山高校が、この曲でコンクール全国大会に進出したのは、ある意味、格好の時宜を得た出来事といえた。初演から20年以上を経ての、全国大会初演であった。同校は見事に金賞を獲得。いまにして思えば、まさに世紀末を告げる選曲であり、演奏であったといえよう。

 ≪プラハ〜≫もそうだったが、時代の空気を吹奏楽という音楽形態に閉じ込め、それでいていつの時代にも通用する普遍を描くフサは、まことに恐るべき作曲家といわねばなるまい。

 そして、フサのコメントを俟つまでもなく、この地球が、環境破壊の果てに「崩壊」することなどないよう、祈るばかりである。

 

【注1】最初の邦題は『生と死の妙薬』だった。その後、原題“Silent Spring” の直訳『沈黙の春』として新潮文庫に収録され、いまでも読み継がれている永遠のロングセラー。題は「生態系の破壊で、春になっても鳥が鳴かなくなる」といった意味である。現在では、内容の一部にカーソンの誤解が含まれていたことも明らかになっているが、それでも、環境破壊への最初の警句として、21世紀に生きる私たちが一度は読んでおくべき本である。なお、今年は、レイチェル・カーソン生誕100年にあたるそうで、最近、彼女の伝記『レイチェル・カーソン』上下(ポール・ブルックス著、新潮文庫)も出た。彼女と親しかった編集者による、真摯な伝記である。


【注2】ただしDDTは、マラリアの特効薬でもあった。そのため、DDT禁止後、後進国では、絶滅寸前だったマラリアが急増してしまうという、皮肉な結果を招いてしまった。


【注3】新潮文庫版。いま読んでもまったく色褪せていない、背筋が寒くなる小説である。初出は朝日新聞連載だが、よくぞこのような読み物が、新聞に連載されたものだと思う

Text:富樫鉄火

(2007.10.11)


富樫鉄火プロフィール:

“吹奏楽大好き”音楽ライター。得意ジャンルは、クラシックを中心に、その周縁、特に吹奏楽と映画音楽など。ライターとしてのモットーは、「音楽を普通の言葉で語りたい」、「周縁を知ってこそ、音楽は面白い」の2点。いままで、様々な形で音楽に関わってきました。そんな拙い経験と見聞の中から、肩の凝らない、だけど、少しだけためになる話を、コラムにしてお届けします。
(c)2007 Tecca Togashi/Band Power
>>吹奏楽曲でたどる世界史ンデックスページに戻る
>> スペシャルトップページに戻る
サイトマップ | 問い合せ
■この地球を神と崇める
収録CD

jasrac番号 吹奏楽マガジン バンドパワー