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樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」

 発売日を2007年4月1日と決めた“CD - タッド・ウィンド・コンサート”の第1弾『トミー・ユー:灰から救われた魂たち』で、制作上、最も困った問題は、日本語の印刷物ではじめて紹介されることになる、作曲者ユー自身に関するデータが決定的に不足していたことだった。

 このため、99%近く出来上がっている印刷用テキスト・データが、デッドライン寸前にもかかわらず、入稿できておらず、あとわずかで発売延期や否やを決めないといけない瀬戸際に追い込まれていた。もちろん、一方で、エディターやデザイナーは、“今か今かと”と入稿を待ちわびている。

 そして、ついに、ラスベガスの山浦誉史氏から非常事態発生の連絡を受けて本当にもう後が無くなった2月23日、筆者は、ほとんどダメもとの気持ちでつぎのような書き出しのメールをトミー・ユーに発信した。

 『ディアー、ミスター・トミー・ユー。

 ハロー!! こちらは、タッド・ウインドシンフォニーのCDプロジェクト・プロデューサー、ユキヒロ・ヒグチです。あなたのことは、ネヴァダ大学ラスベガス校の山浦さんから聞きました・・・。』

 つづくメールの内容は、もちろん、CDの概略説明と不足するデータについての質問だった。あとは、運を天に任せて、返信を待つばかり。

 すると、驚いたことに20数分後、トミー・ユー本人からいきなり返信が届いた。運がいいことに、偶然、彼はコンピュータのそばにいた。どうやら、台湾帰国後のインターネット環境も整ったようだ。このタイミングを逃すわけにはいかない。

 早速、目を通すと、メールにはこう書かれてあった。

Higuchi San!!!

 連絡ありがとう。私の誕生日は、1979年11月23日です。プログラム・ノートに関しては、シゲくん(山浦さんのこと)が日本語に訳したので、そちらにもあなたがざっと目を通せるように送られているものと信じます。私は、スコアの2ページ目に日本語と英語のノートを貼り付けています。また、彼(山浦さん)にはパートも送ってあります。もし、さらに質問があるなら、連絡してください。

 ところで、あなたは東京に住まいしているのですか? 私は、最近、台湾に帰国しています。そして、TADのコンサートのある6月には、良ければ、もう一度、東京を訪れたいと考えています。

 とにかく、私の音楽がフィーチャーされていることに興奮し、誇りに思っています。あなたが必要とするいかなることに関しても助力を惜しみません。また、もし、あなたが望むなら、再び日本を訪れるときに飲み交わしたいとも思います。

トミー

 トミーは1979年生まれだった。すると、まだ27才だ。文面から、人柄の良さが窺える。プログラム・ノートの和訳を筆者がチェックしたことはどうやら知らない様子だが、そんなことはどうでもいい。他に、台湾帰国の真の理由や、現在何をしているかなど、聞きたいことは山ほどあったが、当方としては、まずは目先の課題を片付けることを優先。速攻でお礼の返信を入れると、相手もこちらに相当関心があるようで、互いの自己紹介、さらなる質問の応酬など、その後数時間は、日本 - 台湾間で、まさにチャット状態!! 本当にいろんな話題が飛び交うが、肝心のことは聞き漏らさないように注意を払いながら、メールを返す。こうして、まさに間一髪、千載一遇と言っていいスリリングなタイミングで必要なすべての情報を揃えることができた。

 しかし、迫っている制作スケジュールの都合上、こちらの作業はそれで終わらない。今度は得た情報をどんどんCDスリーヴ用のテキスト情報に盛り込んでいき、完成させねばならなかったからだ。そして、仕上がったものから、どんどんエディターに送っていく。予め入れておいた電話で待機してくれていたエディターも、送られてくるデータをつぎつぎとチェックしながら、矢継ぎ早に質問を返してくる。止まっていた作業が堰を切ったように動き始めた。やれやれ、これで一安心だ。

 その後、エディターやデザイナーと進行スケジュールを再確認。予定どおり発売できることが確認した筆者は、今度はゆったりとした気分で、トミーにもう一度、メールを送ることにした。

 『6月に東京で会おう!! そして、ぜひ、キミと飲み交わしたい!!』

(つづく)


トミー・ユー / Tommy Yu

1979年11月23日、台湾に生まれる。本名は、余 昶賢。1994年、14歳で単身渡米。作曲家への可能性に目覚め、本格的に作曲の勉強を始める。高校生の頃より、いくつかの作曲賞を受け、奨学生としてブリガム・ヤング大学に入学、2003年、同音楽科で学士号を取得して卒業。翌2004年にラスベガスへ移り、ネヴァダ大学ラスベガス校(UNLV)作曲科に院生として入学。在学中は、作曲をDr. Virko Baley、Dr. Jorge Grossmannに師事し、2006年8月、修士号を取得。2007年2月、母国台湾へ帰国した。作品中、フルート独奏曲「朝の夜想曲(The Morning Nocturn)」は、2006年4月、ユタ州で行われた米作曲家協会第7地区カンファレンスで230曲のエントリーの中から選出され、初演も行われた。また、2006年6月には、東京で、タッド・ウインドシンフォニーの演奏により「灰から救われた魂たち(Their Souls Were Lifted From The Dust)」の初演が行われた。
(c)2007, Yukihiro Higuchi/樋口幸弘
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■タッド・ウィンド・コンサート(1)/トミー・ユー/灰から救われた魂たち(世界初演)
■タッド・ウィンド・コンサート(2) /矢部政男:吹奏楽の為の交響的舞曲「月の宴」
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