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樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」
2007年6月1日、大田区民ホールアプリコ
タッド・ウインドシンフォニー第14回定期演奏会に現れたトミー・ユー

 2006年6月8日(木)午後7時、東京・大田区民ホール アプリコにおける「タッド・ウインドシンフォニー第13回定期演奏会」は、定刻どおりに始まった。

 録音モニター・ルームのスピーカーからは、オープナーとして演奏された1曲目のジェームズ・バーンズ(James Barnes)の「交響的序曲(Symphonic Overture)」冒頭のファンファーレが部屋いっぱいに響き渡り、つづいてオーボエのテーマがノリノリの快速テンポで聞こえてくる。途中、聴かせどころのサックス・ソロもぐっと決まり、ウィンド・オケのドライヴ感は少しも緩むことなく一気にクライマックスへ。そのスマートな演奏に、場内からは割れんばかりの心地よい拍手が湧き上がる。

 その興奮とは一転し、2曲目に演奏されたのがトミー・ユーの『灰から救われた魂たち(Their Souls were Lifted from the Dust)』だった。リハーサルで初めて聴かせていただいたときからとても気になっていたこの曲は、冒頭でクラリネットが提示する最初のテーマから、まさに「心が洗われるよう」という言葉がピッタリくるようなイメージの演奏。モニターからも場内が音楽に聴き入っている様子がつぶさに伝わってくる。途中、演奏者による詠唱も印象的で、美しいハーモニーの中に音楽はエンディングへ。ほんとうに“感動的な世界初演”となった。

 そのすばらしい音楽に応えるように拍手もとてもハートフル。ところが、その拍手が自然とフェードアウトするかに思えた瞬間、突如として猛烈な勢いで盛り返す。何事かと思ってモニターを見ると、場内から若い東洋人がステージへ進み、指揮者の鈴木孝佳(タッド鈴木)さんとがっちり握手している。

『作曲者が来ていたんだ!!』

 ゲネの最中に連発したドタバタで、作曲者が来場していることなど知り得る余裕などなかったことに少々不覚をおぼえながら、できればすぐにでもこの作品について語り合いたいと思う気持ちが大きくなってくる。しかし、この日は、録音をまとめるのが大切な任務。演奏会はどんどん進む。プログラム・ノートを流し読むことで自分を納得させながら、気持ちを切り替え、つづくレパートリーに向かっていった。

 演奏会終了後、この楽団のインペクをつとめられているテューバ奏者の佐野日出男さんがぽつりと言った。

『いい曲ですね。みんな泣いてましたよ。』

トミー・ユーの新曲の初演は、それほどの感動を演奏者と聴衆に与えた。 

 しかし、ただひとり不幸な運命を背負っている筆者は、最初から決まっていたことながら、演奏会後の打ち上げにも参加できず、地団駄踏みながら品川駅から最終の「のぞみ」で一路大阪へ。こうして、作曲者と直接語り合えることができるはずだった最初のチャンスは失われてしまった。

(つづく)


トミー・ユー / Tommy Yu

1979年11月23日、台湾に生まれる。本名は、余 昶賢。1994年、14歳で単身渡米。作曲家への可能性に目覚め、本格的に作曲の勉強を始める。高校生の頃より、いくつかの作曲賞を受け、奨学生としてブリガム・ヤング大学に入学、2003年、同音楽科で学士号を取得して卒業。翌2004年にラスベガスへ移り、ネヴァダ大学ラスベガス校(UNLV)作曲科に院生として入学。在学中は、作曲をDr. Virko Baley、Dr. Jorge Grossmannに師事し、2006年8月、修士号を取得。2007年2月、母国台湾へ帰国した。作品中、フルート独奏曲「朝の夜想曲(The Morning Nocturn)」は、2006年4月、ユタ州で行われた米作曲家協会第7地区カンファレンスで230曲のエントリーの中から選出され、初演も行われた。また、2006年6月には、東京で、タッド・ウインドシンフォニーの演奏により「灰から救われた魂たち(Their Souls Were Lifted From The Dust)」の初演が行われた。
(c)2007, Yukihiro Higuchi/樋口幸弘
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■タッド・ウィンド・コンサート(1)/トミー・ユー/灰から救われた魂たち(世界初演)
■タッド・ウィンド・コンサート(2) /矢部政男:吹奏楽の為の交響的舞曲「月の宴」
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