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樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」
 2006年6月8日(木)は、いろいろな意味で転機となる大きな一日となった。

 この日、筆者は、東京・大田区民ホール アプリコで催された「タッド・ウインドシンフォニー第13回定期演奏会」のライヴ録音の現場にいた。タッド・ウインドシンフォニーは、かつて福岡工業大学附属高等学校の吹奏楽部を全日本吹奏楽コンクール全国大会連続金賞に導き、現在はアメリカのネヴァダ大学ラスベガス校教授をされている伝説の指揮者、TAD鈴木こと、鈴木孝佳さんのもとにジャンルの壁を越えて集まったプロフェッショナルたちによって、1992年に結成されたウィンド・オーケストラで、録音は、同楽団インスペクターでテューバ奏者の佐野日出男さんからの強いリクエストにこたえてのものだった。

タッド・ウインドオーケストラのコンサートの魅力は、ライヴネスに溢れるプロフェッショナル・スキルの演奏もさることながら、多くの日本初演を含む、演奏される多彩なレパートリーそのものにある。録音する立場からいうと、あまりに多種多彩なオーケストレーションの、しかも耳なじみのない作品がズラリ並ぶライヴ録音ほど怖い(どちらかというと“願い下げ”の)ものはない。しかし、タッドのコンサートのプログラミングはまさにそれ。このライヴ録音でも、事前に届けていただいたスコアを見るかぎり、それらは、差し詰め、ウィンド・バンド用オーケストレーションの“大博覧会”と言うのがピッタリといった態を呈していた。

 それらのスコアの中に、タイトルこそコンテンポラリー・ミュージックそのものながら、そのイメージとは違ってハートにせまるとても美しいサウンドがホールに響きそうな作品があった。それがトミー・ユーの『灰から救われた魂たち(Their Souls were Lifted from the Dust)』だった。

 スコアを見たその時点で、録音をなんとか狙い通りにまとめ上げることだけを考えていた筆者は、作曲者がどんな人物で、どんないきさつでこの曲が作曲されたかについてはまったく知らなかった。いや、調べる余裕さえ無かった。しかし、2日前のリハーサルを聴かせていただいて、想像以上に美しい作品であることを知ってからは、いつものクセで、作曲者と作品について詳しく知りたいと考えるようになっている自分がそこにいた。

 しかし、人生そんなに甘くはない。コンサート当日、東京地方はじっとしていてもジトッと湿気を感じるほどの、ものすごく湿度の高い日で、持ち込んだDATレコーダーがゲネを前に2台ともテープを噛んでしまいオシャカになるなど、思いがけないハプニングの連続。急遽ホールのレコーダーを借りたり、別に2台のレコーダーを急いで取り寄せるなどのドタバタ続きの中、なんとかギリギリでマイク・ポジションを定めることができたが、ゲネから本番に至るまでの間、それ以外のことを考える余裕など全くなし。この日、この作品の作曲者トミー・ユーが来日しており、ステージ上の鈴木さんと初演を前にしてコラボレーションを行っていることなど、知る由もなかった。

 こうして、トミーとの最初の出会いは、ものすごい至近距離にいながら完璧なニアミスとなってしまった。(つづく)


トミー・ユー / Tommy Yu

1979年11月23日、台湾に生まれる。本名は、余 昶賢。1994年、14歳で単身渡米。作曲家への可能性に目覚め、本格的に作曲の勉強を始める。高校生の頃より、いくつかの作曲賞を受け、奨学生としてブリガム・ヤング大学に入学、2003年、同音楽科で学士号を取得して卒業。翌2004年にラスベガスへ移り、ネヴァダ大学ラスベガス校(UNLV)作曲科に院生として入学。在学中は、作曲をDr. Virko Baley、Dr. Jorge Grossmannに師事し、2006年8月、修士号を取得。2007年2月、母国台湾へ帰国した。作品中、フルート独奏曲「朝の夜想曲(The Morning Nocturn)」は、2006年4月、ユタ州で行われた米作曲家協会第7地区カンファレンスで230曲のエントリーの中から選出され、初演も行われた。また、2006年6月には、東京で、タッド・ウインドシンフォニーの演奏により「灰から救われた魂たち(Their Souls Were Lifted From The Dust)」の初演が行われた。
(c)2007, Yukihiro Higuchi/樋口幸弘
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■タッド・ウィンド・コンサート(1)/トミー・ユー/灰から救われた魂たち(世界初演)
■タッド・ウィンド・コンサート(2) /矢部政男:吹奏楽の為の交響的舞曲「月の宴」
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