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■ハリスンの夢
収録CD
(ブラスバンド)
スペシャル >>インデックス
樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」
ファイル・ナンバ−12
ピ−タ−・グレイアム:ハリスンの夢
HARRISON’S DREAM
(Peter Graham)
File No.12-13:BPラジオ初放送と市音による日本初演

 2002年11月1日(金)午後6時スタート、ピーター・グレイアムの『ハリスンの夢』は、BPラジオの記念すべき初放送番組「樋口幸弘のウィンド・トップ・ランナー」を通じて、広く日本中へと発信、紹介された。

 ウィンド・ミュージックの“トップ・ランナー”たちの演奏を通じて、この世界の注目曲や最新情報を紹介する、というコンセプトで企画・構成されたこの番組。最初の登場バンドは、当初の計画どおり、ロウル・E・グレイアム指揮、アメリカ空軍ワシントンD.C.バンド、放送された音楽は、モートン・グールドの『アメリカン・サリュート』、ピーター・グレイアムの『ハリスンの夢』、フィリップ・スパークの『ダンス・ムーブメント』の3曲となった。この内、オリジナルの2曲は、このバンドの委嘱曲であると同時に、グレイアムがABAオストウォルド賞受賞曲、スパークがサドラー賞受賞曲という、ウィンド・ミュージック史に残る2大傑作。また、音源にはすべてこのバンドが放送やリクルートのために制作した非売品のCDを使用。普段なかなか聴くことのできない音源というだけでなく、注目作曲家の最新曲が含まれるなど、バンドパワーのウェブ上に番組予告が出ただけで問い合わせがあるほどの上々の番組スタートとなった。

 公共放送によるウィンド・ミュージックの定時番組が姿を消し、日本中がこの種の音楽の放送を待ち望んでいたことも手伝って、この最初の放送への反響はとても大きかった。そのほとんどが「もっといろいろな曲を聴きたい!!」というポジティブなものだったが、中には「あんなできそうもない曲を紹介してはいけない!!」という、『ハリスンの夢』を放送したことに対する強硬な反対意見も寄せられた。

 一方、バンドパワーのウェブ上には、本ラクガキ・ファイルのFile No.12-01 : <作品ファイル>もほぼ同時にアップし、出版前の『ハリスンの夢』の作品情報も開示された。
 これで、音源、データの両面での作品紹介は完了。あとは、ナマ演奏を待つばかり!!
 
  そして、放送開始から1週間、その興奮もまだ冷めやらぬ11月8日(金)、大阪・フェスティバルホールで開催された「第85回大阪市音楽団定期演奏会」において、『ハリスンの夢』の日本初演が行われた。指揮は、秋山和慶。プログラム中のポジショニングは、第2部のオープナーだった。

 もちろん、大阪市音楽団(市音)からは、この作品を紹介、日本初演を提案して楽譜を準備した、いわば“真犯人”である筆者に演奏会の招待状は届けられていた。しかし、親を亡くした後、無理やり引き継がされたかたちの家業に没頭している身には、わずか3キロほどしか離れていないフェスティバルホールがとても遠い。前々日には、プログラム委員の延原弘明(現、副団長)さんから電話でのお誘い。前日にも他のメンバーからの再度のお誘いの電話がかかってくるなど、本当にいろいろな人が気遣ってくれる。中でも、忘れられないのは、プログラム委員のひとり、トランペットの田中 弘さんからの電話だった。

 『今回は、ほんとうにありがとうございました。リハは快調!! みんな面白がってますよ。ものすごいテンポでやってるんで、このまま行ったら、すごい日本初演になるんとちゃうかなー(なると思うよ)。ヒグチ兄ちゃんにもぜひ聴いて欲しいなー。あかんのー(ダメかなー)? 』

 自他ともに認める市音一の阪神タイガース・ファンで人情家の氏は、ときどき、筆者のことを“兄ちゃん”と呼ぶことがある。しかし、このときかかってきた電話ほどうれしい電話はなかった。営業が午後9時までなので、どう考えても演奏会には到底間に合わないから出席できないと非礼を詫び、もし、まだ体力が残っていたら、打ち上げには出席できるかも知れない、と言って電話をきった。

 そして迎えた演奏会当日。仕事をしながらも、この日、フェスティバルホールで行われている日本初演のことが気にかかる。しかし、こんな日に限っていつも以上に仕事は忙しく、モーレツに体力を消耗する。午後9時すぎ、ビルのシャッターを降ろす頃には、もう強烈な睡魔に襲われていた。ハッと気づいたときには、すでに布団の中、鳴り響く電話に出たときは、もう10時半を回っていた。

 電話の主は、もちろん、市音の面々。例のガセネタ騒動に端を発した突然の東西交流で来阪した東京佼成ウインドオーケストラの面々4名らと大いに盛り上がっているとのこと。なんでも筆者からの電話で作曲者の来日情報はガセとは判ったが、12月には自分たちもやることになっている『ハリスンの夢』の音楽的な難しさもあったので、ぜひともナマを聴いておかねば、ということだったらしい。その彼らが筆者にも出て来い、と言っているようだが、それは丁重にお断りする。しかし、その電話の様子から、演奏会が大成功だったことは間違いないようだ。取り急ぎ、ピーターに「演奏会の成功」だけをメールする。そして、再び布団の中へ。

 数日後、市音のプログラム委員の方々が筆者のもとを訪れられた。CD化が計画されているだけに本来“門外不出”の演奏会音源を持たれて。ただただ、感謝。
  
  その音源は、CDの収録時間の関係やちょっとした演奏上のキズもあって、結局、フォンテックから後日発売されたこの演奏会のライヴ盤(Fontec、FOCD-9188)に含まれることはなかった。しかし、それは今聴いてもひじょうにスリリング。その空気から、指揮者も奏者も聴衆も手に汗にぎっている様子が生々しく伝わってくる。当日、演奏を聴いた東京佼成の面々が、あらためてその高度なスコアリングと音楽的な手ごわさを痛感した、というのも本当によくわかる。

 結果的に、市音は、さらにいい演奏を目指し、『ハリスンの夢』をセッション・レコーディングすることとなった。翌2003年4月に発売された「ニュー・ウィンド・レパートリー2003」(大阪市教育振興公社、OMSB-2809)がそれだ。セッションゆえに、ライブネスが後退した感は否めない。しかし、逆にがっちりと積み上げられたアンサンブルで愉しめるこのCDは、作曲者のお気に入りの1枚となり、毎年恒例の二ュー・ウィンド・レパートリー・シリーズの中でもグンを抜くセールスを記録することとなった。

▲『ハリスンの夢』が日本初演された
第85回大阪市音楽団定期演奏会プログラム

(つづく)


(c)2008,Yukihiro Higuchi/樋口幸弘
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