吹奏楽マガジン バンドパワー 吹奏楽マガジン バンドパワー
スペシャル >>インデックス
樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」
ファイル・ナンバ−10
ヤン・ヴァンデルロ−スト:シンフォニア・ハンガリカ
SINFONIA HUNGARICA
(Jan Van der Roost)
File No.10-07 :パ−ティ−

 スッタモンダの大騒動の末に、「シンフォニア・ハンガリカ」の楽譜一式は、ようやく大阪市音楽団(市音)の手に渡った。しかし、届いたパ−ト譜は、デ・ハスケ(de haske)のシニア・エディタ−、ジョン・ブランケン(John Blanken)が書いてよこしたとおり、そのままではすぐに演奏できる状態ではなく、スコアを参考にして入念に点検しながら抜け落ちている記号などを見つけて書き足すという、気が滅入るような作業をする必要があった。その後、作業を終えたパ−ト譜は各プレイヤ−に渡されたが、はじめて未知の楽曲を手にしたプレイヤ−からは質問続出。超アグレッシブな "実験的要素" の入ったコンテンポラリ−・ミュ−ジックというわけではなかったが、「シンフォニア・ハンガリカ」が最新の現代曲であることもまた事実。その時点で作品の全体像を知るツ−ルはスコア以外になく、実際の演奏を聴いたものは誰もいない状況だったので、市音プログラム編成委員の延原弘明(のぶはら ひろあき)さんと相談の結果、疑問点を解きほぐすために当初からリクエストしていた音源を再度ヤンにリクエストすることにした。
 依頼を受けたヤンは、その意図を即座に汲み取り、「世界にたった1枚しかないディスクだから....」といいながらも、デ・ハスケがCD用に行なったレコ−ディング・セッションのラフ編集を収めたCD−RをDHL便(今度はすぐに到着。発送:5月29日、到着:5月31日。こうでなくっちゃ)で送ってきた。そして、演奏会のためのリハ−サルが始まる直前に着いたこのディスクがほとんどすべての疑問点を氷解させた。残された些細なポイントも、最終練習に立ち合うヤンが解決してくれるだろう。
 「それにしても、やりがいのある "いい曲" だ。」ディスクの演奏を耳にして、作品の全体像を掴んだ市音のプレイヤ−たちのモチベ−ションも、いやが上にも盛り上がっていった。

▲プログラム 表紙

▲シンフォニア・ハンガリカ 日本初演中
▲左からヤン・ギュンス夫妻、
ヤン・ヴァンデルロースト
▲演奏後、花束を受けるヴァンデルロースト

「シンフォニア・ハンガリカ」の日本初演が組まれていた第82回大阪市音楽団定期演奏会が行なわれる前日の6月4日の朝、ヤンは大阪に到着。同日午後に大阪城公園内にある市音合奏場で行なわれた最終練習と演奏会当日午後のザ・シンフォニ−ホ−ルにおけるゲネを経て、ヤンのこの巨大な作品は日本の聴衆に初公開された。例によって、筆者はその演奏を聴くことを許されなかったが、コンサ−ト終了後、演奏を聴いた人から続々と "絶賛" のリポ−トが電話で入る。それを聞きながら、 "本当に良かった−" の思いがこみあげると同時に、脳裏にはここに至るまでのさまざま出来事が走馬灯のように走る。そうこうするうちに市音プログラム編成委員の方々からも、演奏会 "打ち上げ" の二次会へのお誘いの電話が入る。この時点ではすっかり仕事を終えていた筆者は、早速、タクシ−で会場へ向かう。
 そして、そこで待ち受けていたプログラム編成委員の方々から、口々に「ほんまにええ(本当にいい)曲ですわ−。」、「(客演指揮者の)秋山(秋山和慶/あきやま かずよし)さんもエライ(ものすごく)この曲を気に入ってね−。おかげで、ええ(いい)演奏ができました。」などと言われ、再び "良かった−!!" と心の中で絶叫。早速、秋山さんにも紹介され、「友人の曲をどうもありがとうございました。」と礼をのべる。また、秋山さんと同じテ−ブルにいたベルギ−・フランドル交流センタ−のベルナルド・カトリッセ(Bernard Catrysse)館長からは日本語で「やっと会えましたね。」と言われ、99年の同センタ−の記念演奏会(File No.10-03 参照/ヤンの希望で協力を要請されたものの、身動きのとれない筆者は結果的に何の協力もできなかった)以来の非礼を詫びた。だが、別のテ−ブルでバス・クラリネット奏者のヤン・ギュンス(Jan Guns)との会話に熱中しているヤン(ヴァンちゃんの方)は、筆者が顔を出したことにまだ気がついていない。
 そこで、ヤン・ギュンスの背後に隠れながら、ヒョイと顔を出してみた。そのとき、不意に現われた筆者を見つけた瞬間のヤンのクチャクチャにくずれた嬉しそうな顔といったら何と表現したらいいのだろう。一生忘れられない満面の笑顔がそこにあった。そして、 "隣に来い" と促す彼に従って隣の席に座ると、話したいことが山ほどあったのだろう、ヤンは矢継ぎばやに話しかけてくる。もちろん、当夜の市音の演奏のすばらしい印象も含めて。筆者も「送ってくれたディスクを聴いたとき、 "スパルタクス(Spartacus )" 以来の興奮を覚えたよ。」と感想をのべると、「本当か!!ありがとう!!しかし、今夜の演奏は、ぜひキミにも聴いてもらいたかった。」と、二人の会話は周囲に誰もいないかのようにどんどん盛り上がっていく。そして、ひとしきり「シンフォニア・ハンガリカ」についてのヤリトリが終わったとき、「ところで、スコアは持っているのか?」とヤンが聞くので、「いや。」と答えると、持っていた紙袋から、赤い表紙で綴じられた3分冊のスコアを取り出して、「日本滞在中は不要だから、見てくれ。」と手渡してくれる。聞けば、ハンガリ−における世界初演を指揮したときに彼が実際に使った大切なスコア(中にはマジャル語などの書き込みがいっぱいあった)だという。一瞬、躊躇するが、ここまで時間的にギリギリの展開の中でスコアなど見る余裕など無かった筆者としては、とにかく興味津々。有り難く、その厚意に甘えることにした。(余談<その1>:こっそり持って帰るつもりだったが、目ざといプログラム編成委員の田中 弘(たなか ひろむ)さんには、帰り際に「何もってんの−(何を持っているの?)。」と発見されてしまった。)

 「私にとっては、本当に久しぶりのブラスのオ−ケストラでしたが、この何日間を通じて、みなさんの演奏にかけるすばらしい熱意を感じました。これに懲りず(一同爆笑)、また、指揮させていただければ、と思います。」

 つぎの日に備えてホテルに帰る間際、二次会に残った人々に話された指揮の秋山和慶さんのこのスピ−チが当日の演奏のすべてを物語っていた。(余談<その2>:スピ−チの後、秋山さんは筆者に握手を求められ、何かを言おうとされたのだが、その瞬間、手にされていたビ−ルがズボンにこぼれてしまい、近くにいたホルン奏者の辻 浩二(つじ こうじ)さんが慌てて拭く一幕も。結局、このとき何を言われようとしたのか、永遠の謎となってしまった。ちょっと残念。)

フォンテック、FOCD9159/
制作:2001年

すばらしいウィンドオ−ケストラ、すばらしい指揮者、すばらしいスタッフ、すばらしいコンサ−ト・ホ−ル....。1年近くを費やして作曲されたヤンの大作「シンフォニア・ハンガリカ」は、本当に理想的な環境の中で日本初演が行なわれた。
 その瞬間を目のあたりにしたヤンもこの日の演奏を手放しで大絶賛。後日、ヤンの手元へ届けたこの日のライヴ・アルバム(フォンテック、FOCD9159/制作:2001年)も、彼の手を通じてヨ−ロッパ各国の主要な放送局へ届けられ、ヤンの母国ベルギ−は言うに及ばず、オランダ、スイス、オ−ストリア、ノルウェ−などの各国のラジオ局からつぎつぎとオン・エアされた。”ブラボ−!!”

 「ウィンド・ミュ−ジックの世界に革命をもたらすかもしれない。」

 初レコ−ディング(オランダde haske、DHR04.012-3/制作:2001年)を手懸けた指揮者ア−レクス・シュイリングス(Alex Schillings)にそう言わしめたこの作品は、こうして、作曲者の手を離れ、ひとり歩きを始めた。ごくわずかではあったが、その日本デビュ−の一翼を担えたことは、筆者にとっても生涯を通じての大きな喜びとなるだろう。

......つづく

 
 
(c)2002,Yukihiro Higuchi/樋口幸弘
>>インデックスページに戻る
>> スペシャルトップページに戻る
jasrac番号 吹奏楽マガジン バンドパワー