吹奏楽マガジン バンドパワー 吹奏楽マガジン バンドパワー
スペシャル >> インデックス
樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」
ファイル・ナンバ−10
ヤン・ヴァンデルロ−スト:シンフォニア・ハンガリカ
SINFONIA HUNGARICA
(Jan Van der Roost)
File No.10-05 :ブダペストの春祭り

 

ハンガリ−で行なわれた「シンフォニア・ハンガリカ」の初演シリ−ズから数日たった2001年4月、ヤン(ヤン・ヴァンデルロ−スト)からFAXが届いた。

 「ディア−・ユキヒロ。連絡が遅くなって申し訳ない。やることが恐ろしいほどたまっていて......。

▲キシュクンフェ−レジハ−ザ
交響吹奏楽団
 シリーズ・ポスター

▲キシュクンフェ−レジハ−ザ
交響吹奏楽団
 シリーズ・プログラム

さて、 "シンフォニア・ハンガリカ" の世界初演とその後の2回のコンサ−トだが、ボクはこの作品が聴衆と批評家たちにとても快く受け入れられたとキミに話すことができるよ。ボクは、キミにそのときのポスタ−とプログラムを喜んで送らせてもらうけど、もしハンガリ−でのこの一連のコンサ−トについてもっと情報が必要なら知らせて欲しい。ヨハン・デメイ(Johan de Meij )も "指輪物語(The Lord of the Rings )" を指揮するために同時にハンガリ−にいて、彼はとても熱狂的に迎い入れられた。3つのコンサ−トはすべてハンガリ−のラジオ局によって録音され、ミキシングの後、2枚組CD(*) が制作されることになるだろう。
 ボクは少し前にキミにスコアを送るように頼んでおいたんだけれど、もう受け取ったかい?来週、ボクは(出版用の)スコアの校正とレコ−ディングを監修するために(オランダのデ・ハスケ社がある)ヘ−レンフェ−ン(Heerenveen)へ行く予定になっている。その後、彼らはア−レクス・シュイリングス(Alex Schillings )が指揮するJWF(ヨハン・ヴィレム・フジョ−・カペル/Johan Willem Furiso Kapel )によって作られたCD(**)をキミに送ることになるだろう。少しの間、我慢して待っていてほしい....。ボクはこの交響曲に関してとても喜んでいる。同じようにキミもこの作品が好きであって欲しいと願っている。」(2001年4月7日付、FAX。)(註:*=最終的に "シンフォニア・ハンガリカ" と "指輪物語" の各1曲を収録した独立した2枚のアルバムとして演奏者のキシュクンフェ−レジハ−ザ交響吹奏楽団によって自主制作された。**=作曲者の監修下に録音され、2001年9月、オランダde haske、DHR4.012-3 として発売。

▲ "シンフォニア・ハンガリカ"
世界初演収録CD
▲ 上記CDと同じ演奏会の
デメイ自作・自演
「指輪物語」収録CD

前年12月にヤンが大阪市音楽団(市音)に手渡したスコアはその時点でまだ若干の手直しが必要だったため、このときまでに、ヤンには手直しを終えたスコアをできるだけ早く送付することと、作品の全体像を音でも確認するために初演テ−プもしくはラフでもいいからセッション時の "通しテイク" の入ったカセット・コピ−を市音のコンサ−トの少なくとも1ヵ月くらい前までには借用できないかと申し入れていた。この日のヤンの通信には、その返事も書かれていたのだが、ヤンがスコアの送付をいつデ・ハスケに依頼したのかは不明で、肝腎のスコアも実際に手元には届いていなかったので、取り急ぎ、その旨をヤンに打ち返す。すると、つぎの日、「(来週)デ・ハスケに訂正後のスコアとCD−Rの両方をキミに送るように頼んでくる。ハンガリ−の責任者にも連絡をとってキミが必要とするものを送るように頼んだ。」と返事がきた。
 ヤレヤレ、スコアはまだ送られていなかったか。きっと、コンピュ−タを使った手直しの作業に時間がかかっているんだろうな。ハンガリ−の初演テ−プはヤンも持っていないようだ。「シンフォニア・ハンガリカ」のパ−ト譜は、もともとハンガリ−での初演の際に発見されるであろうエラ−を訂正した後に送ってもらう手筈になっていた。こうなったら、すべて待つしか手がない。しかし、この日の通信にはちょっと興味をひくつぎのような質問も書かれていた。

 「ミスタ−・アキヤマ(秋山紀夫さん)から、今度のOMSB(市音)の演奏会では、カレル・フサ(Karel Husa)の "プラハのための音楽1968(Music for Prague 1968 )" も演奏されると聞いた。ボクは "シンフォニア・ハンガリカ" のために提供できるオプションのコントラバス−ン・パ−ト譜を持っているんだけど、もしOMSBが使用を希望するのなら送るけど、どうだろうか。フサの曲にはコントラバス−ンが使われているかい?ボクは曲は知っているけど、スコアは見たことがないので確信を持てないんだ。教えてほしい。連絡を待つ。」(2001年4月8日付、FAX)

 演奏会の当日、コントラバス−ンのプレイヤ−がいるのかどうかを訊ねてきたこの文面を読んで少々苦笑いをしてしまった。これは、少しクスリが効きすぎてしまったか。ヤンには、佼成出版社のCD "オリンピカ" (KOCD-3903 )のレコ−ディング当時に "日本におけるプロの演奏予算は、演奏曲の規模=必要なプレイヤ−の数に応じて厳密に計算される" という話をさんざん聞かせていたからだ。つまり、エキストラ・プレイヤ−を多く必要とする作品はそれだけお金がかかることを意味し、演奏会によっては予算に制約があって残念ながら演奏できない場合もあるということを。同時に、優秀なエキストラ・プレイヤ−を確保するのは演奏会直前では困難だということも。この話は、一般的に、ヨ−ロッパでは東京佼成ウインドオ−ケストラが自分たちのそれと同じ70人から 100人程度の正規団員を擁し、あらゆる種類の楽器の専門プレイヤ−を揃えている大編成のウィンド・オ−ケストラだと誤認されていることが多く、ときどき作曲者から信じられないほど多くの種類の楽器が使われている大編成の楽曲が提案されたり、演奏会直前になって "東京佼成ウインドオ−ケストラに自作を演奏していただけると伺い、喜んで新しくパ−トを書き加えたので...." といって、出版譜にないオプション・パ−ト譜がいきなり送られてきて当惑させられたことがままあったから、ヤンには日本での演奏活動に向けてのオリエンテ−リングのつもりでした話だった。相手に悪気はないのだが、こういうことがあると限られた時間内に演奏を仕上げないといけないプロの現場は大混乱に陥ってしまい、場合によっては演奏のクオリティ−にまで深刻な影響を及ぼすことがあるからだ。日本のバンド界と長くつきあって欲しいヤンには、同じことをさせるわけにはいかなかった。しかし、その思いが何年もたってから思いもよらないところでヤンの音楽的要求にブレ−キを掛けさせるとは....。今度の演奏会は市音にとって最高度の芸術追求のステ−ジである "定期演奏会" だから、この種の提案は逆に大歓迎だった。時間的余裕もまだあった。だが、これでいい。早速、市音に電話を入れて問題がないことを確認した筆者は、ヤンに "送れ" の指示を出した。例によって、de haskeは、出版譜からコントラバス−ンを省くつもりなのかも知れないなと思いながら....。

 4月26日、 "シンフォニア・ハンガリカ" の初演資料(プログラム、ポスタ−など)がコントラバス−ンのオプション譜とともに届いた。パ−ト譜の方は、早速、市音に電話を入れて受け渡しの手筈を整える。平行してプログラムやポスタ−に目を通すと、それらから発見することも少なからず・・・。こいつは面白い。

▲<ブダペストの春祭り>
プログラム

まずは、キシュクンフェ−レジハ−ザ〜ブダペスト〜ヴェスプレ−ムと続いた3日連続のシリ−ズ・コンサ−トのプログラムが "指輪物語" と "シンフォニア・ハンガリカ" の2曲だけだったこと。両曲ともに作曲家自身のタクトによる自作自演だったこと。3月31日のブダペストでの演奏会が<ブダペストの春祭り>と題するフェスティバルの中のコンサ−トのひとつで、その英語版プログラムには事実とは異なって "world premier(世界初演)" の文字が印刷されていた(プログラムの編集締切日は、2001年1月18日だった)こと。メイン・スポンサ−には、 "ハンガリ−・ミレニアム" 政府コミッショナ−事務局やベルギ−・フランドル政府音楽部、キシュクンフェ−レジハ−ザ市という公官庁が名を連ねていたこと、などなど....。それまでのヤンとの通信や以上の内容などから、当初、この作品は3月31日のブダペストでの演奏会での世界初演をメインに考えて委嘱されたが、何らかの事情で演奏会が追加され、バンドの地元キシュクンフェ−レジハ−ザのコンサ−トが先に行なわれたということが容易に読み取れた。1月にヤンから受け取ったプログラム・ノ−トにも "3月31日にブダペストで初演" という記載(2001年9月にde haske から出版されたスコア類にも同じ "日付" と "地名" が印刷されているが、これは完全な事実誤認もしくは楽譜編集者への連絡ミスか校正時の見落としのいずれかであり、この曲のノ−トを書く人は注意が必要)があった。
 2001年<ブダペストの春祭り>は、3月16日から4月1日の日程で、歌劇やオ−ケストラ、室内楽、民族音楽、ジャズ、映画祭、展覧会など、連日、さまざまなプログラムが組まれていた。出演者の中には、地元ハンガリ−のア−ティストのほか、ドイツ、チェコ、ロシア、イスラエルなどの演奏者も含まれ、武蔵野音大のオ−ケストラなど、日本人演奏家の名もあった。暗く厳しい寒さが去り、このときを待ちかねていたようにすべての事物がいっせいに活動を開始する "春" の訪れは、ヨ−ロッパの人々にとってまさに "喜び" の季節の到来であり、いろんな国や地方で盛大に<春祭り>が催される。ヤンの "シンフォニア・ハンガリカ" の初演は、そんなフェスティバルの中で行なわれた。英語版プログラムに印刷された曲名は「ハンガリアン・シンフォニ−(Hungarian Symphony)」、つまり「ハンガリ−交響曲」、現地マジャル語(ハンガリ−語)におけるタイトルは「マジャル・シンフォニア(Magyar Szimfonia)」だった!!そして、マジャル人ではなく、ベルギ−の作曲家がハンガリ−の歴史上の大人物をテ−マに書き上げたこのシンフォニ−は、ハンガリ−のミレニアムを祝う "特別な年" の国際的なコンサ−トでマジャル人たちに広く受け入れられた。ヤンの初演成功の知らせは、そんな興奮を伝えていた。
 さあ、つぎは大阪での "日本初演" だ。手元には、まだ、決定稿のスコアも音源も揃っていなかったが、送られてきた資料を見ながら、なんとも心地よい興奮に浸っていた。

......つづく

 
 
(c)2002,Yukihiro Higuchi/樋口幸弘
>> インデックスページに戻る
>> スペシャルトップページに戻る
jasrac番号 吹奏楽マガジン バンドパワー