吹奏楽マガジン バンドパワー 吹奏楽マガジン バンドパワー
スペシャル >>インデックス
樋口幸弘「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」
ファイル・ナンバ−10
ヤン・ヴァンデルロ−スト:シンフォニア・ハンガリカ
SINFONIA HUNGARICA
(Jan Van der Roost)
File No.10-02 :始動
すべてはつぎのような書き出しの1枚のFAXから始まった。

 「ディア−・ユキヒロ。どうしてる?ボクは、キミがお母さんを失ったことを乗りこえようとしてくれていればいいのだが、と思う。もちろん、それには多くの時間が必要だろう。ボクは、キミがその困難な時期に大いなる強さを発揮してくれればと願っている。」

 差し出し人は、ヤン・ヴァンデルロ−スト。ヤンはよく近況を書き送ってくるが、これは本当に久方ぶりの通信で、文面は、その後、話題を切り換え、つぎのような衝撃的な提案へとつづいていく。

 「ひとつだけ尋ねたいことがある。キミは今年12月にシカゴ(*)へ来るのかい?イエスということなら、アポイントをとりたいんだ。どうしてもキミに会いたいんだ。もし、キミが無理というのなら、OMSB(大阪市音楽団。以下、市音)の関係者は誰か来場するだろうか。理由を説明しよう。キミは、恐らく何年か前に我々が大阪で交わした会話を思い出すだろう。そのとき、キミはOMSBと手懸けている "バンドのための交響曲" のシリ−ズについて話してくれた。そう、最近ボクは "シンフォニア・ハンガリカ" を書き上げたんだ!それは、ハンガリ−からの委嘱作で、世界初演はハンガリ−国家のミレニアムを祝って3月31日にブダペスト(**)で行なわれる。3楽章構成で、 "アッティラ" "アルパ−ド""イシュトヴァ−ン" という、すべてハンガリ−の歴史的人物を描き表している。35分前後で、グレ−ド6の作品だ。初演のコンサ−トはハンガリ−の放送局が録音し、デ・ハスケ(de haske) はヨハン・ヴィレム・フジョ−・カペル(De Johan Willem Furiso Kapel)とCD録音を準備している。そのCDは2001年8月(***)にリリ−ズされるだろう。オランダ初演も同カペル(****)が行ない、ベルギ−初演は恐らくベルギ−・ギィデ交響吹奏楽団によって行なわれるだろう。ボクはすでにオ−ストリア、スイス、デンマ−ク、スペインなどのトップ・バンドに、それぞれの国で "初演" をしてもらうべくコンタクトをとっている。
 もし、キミがこの交響曲に関心があるのなら、ボクはキミもしくはOMSBの関係者に見せるためにスコアを一冊もっていくつもりだ。ボクは彼ら(市音)が日本初演を行なってくれることになれば、本当に深く感謝することだろう。そして、その後CDに録音してくれればさらに嬉しいんだけど。とにかく、この提案に対するキミのリアクションを知らせて欲しい。このプロジェクトが進むようなことになるとグレ−トなことになる。過去8〜9ヵ月を費やしたこの作品は、ボクにとって重要な作品なんだ。キミの努力に対して予め謝意を表したい。連絡を待っている。」(2000年11月29日付、FAX)[註:(*)=ミッドウェスト・クリニック/(**)=実際には、3月30日、キシュクンフェ−ジハ−ザに於いて/(***)=2001年9月に変更/(****)=指揮者の異動により、オランダ王国陸軍軍楽隊に変更]

 冬眠状態にあった筆者の音楽中枢に衝撃波が走る。ヤンが新作シンフォニ−を手懸けることや「シンフォニア・ハンガリカ」という曲名は、それまでの彼とのやりとりの文中に何度か現れていた。早速、彼との通信ファイルをパラパラとめくってみる。すると、新作シンフォニ−についての最初の記述は、2000年最初のFAXの中にあった。

 「ディア−・ユキヒロ。今年は再びバンドのための作品のために時間をさくつもりだ。例をあげると、ハンガリ−のバンドから委嘱された完全なシンフォニ−のために。」(2000年1月24日付)

▲ヴァンデルロースト・クラシック
 作品集”Colori”

2000年、ヤンは、ベルギ−を代表する世界的クラリネット奏者ヴァルタ−・ブイケンス父娘(Walter Boeykens & Anne Boeykens )とベ−ト−ヴェン・アカデミ−の委嘱による2本のクラリネット・ソロと弦楽オ−ケストラのための「コンチェルト・ドッピオ(Concerto Doppio )」が1月に、バリトンと室内楽のための「愛の歌(Canti d'Amore) 」が3月に初演される予定で、ウィンド・バンドやブラス・バンドのための創作活動からしばらく遠ざかっていた。このときのFAXは、ヤンが "今年は久方ぶりにバンドのための作品を、しかもシンフォニ−を書くゾ!!" という意志表示だった。さらに、ファイルをめくる。すると、つぎにこの作品について触れている通信では、曲名や楽章名、それにおおよその作品の規模などのプランが語られていた。

 「ディア−・ユキヒロ。現在、ボクは、ハンガリ−のバンドからの委嘱により、大編成シンフォニック・バンドのための初めてのシンフォニ−の作曲を行なっている。来年、ハンガリ−は建国1000年を祝う。世界初演はブダペスト(*)で行なわれ、ハンガリ−のラジオ局がそれを収録する。それに合わせるため、曲名は "シンフォニア・ハンガリカ" となり、3つの楽章は、 "アッティラ""アルパ−ド""イシュトヴァ−ン" というタイトルになるだろう。各楽章はすべてハンガリ−の歴史上重要な人物を描いている。最終的には、全体で35分ぐらいで、グレ−ド5か、もう少し上の作品になるだろう。」(2000年6月8日付、FAX)[註:(*)=キシュクンフェ−レジハ−ザに変更]

 つづく、8月のFAXではプランは確定へと変わっていた。

 「ディア−・ユキヒロ。飛行機に14回も搭乗した忙しい7月が終わって、8月はとても静かだ。....(中略)....。ボクは、現在、3月にブダペスト(*)で初演される3楽章構成のバンドのためのシンフォニ− "シンフォニア・ハンガリカ" を作曲している。ハンガリ−からの委嘱で、初演のコンサ−トはこの国の建国1000年を祝う公式のコンサ−トのひとつとなる。3つの楽章は "アッティラ" "アルパ−ド""イシュトヴァ−ン" で、すべて実在したハンガリ−史上の重要人物だ。最終的に、全体で30分から35分ぐらいで、他のボクの主要作と同じく、多くの種類の楽器を使う大規模な編成でスコアリングされる。」(2000年8月6日付、FAX)[註:(*)=キシュクンフェ−レジハ−ザに変更]

 日を置いて、同じことを近況にまじえて書いてくるのは、相手の関心をどうしても喚起したいときに使うヤンのいつもの書き方だ。これまでどおり、筆者はヤンの新作には大きな関心があった。しかし、この時点までは、21世紀の重要なバンド・レパ−トリ−になるかも知れない大作を作曲中のヤンに余計なプレッシャ−を掛けたくなかったので、はやる心を押さえながら、いつも軽く受け流していた。すべては完成後にしようと....。
 11月のFAXは、2000年の大半を費やして作曲したその大作がついに完成したという喜ばしい知らせと、日本初演を "市音" に打診してもらえないかというものだったのだ。ファイルをめくって以上を確認した筆者は、12日1日、市音に電話を入れた。電話口に出た市音プログラム編成委員の延原弘明(のぶはら ひろあき)さんに用向きを伝えると、氏もたいへん驚かれた様子ながら、「早速、編成委員のみんなに話します。ホンマ(本当)にウチが日本初演できるんですか?ちょうど今、来年の春の "定期" のメイン・プログラムのリサ−チをしていたところで、これは願ってもないお申し出なんで、ヴァンちゃんには "前向きに検討したいので、ぜひシカゴでスコアを見せて欲しい" と伝えていただけませんか。」という返事が返ってきた。もちろん、市音の演奏プログラムは合議の後に決定される。とはいうものの、延原さんの "前向きに検討" という言葉からは、 "すぐにでも決めたい" というニュアンスに限りなく近いポジティブな熱意が感じられた。早速、このことをヤンに伝えねば......。

 「ディア−・ヤン。今日、ボクはOMSBの責任ある立場の人物とキミの新作 "シンフォニア・ハンガリカ" の件について話し合った。そして、今のところ、ボクはつぎのように言うことができる。OMSBは、2001年6月5日、ザ・シンフォニ−ホ−ルで開催される定期演奏会でキミの新作 "シンフォニア・ハンガリカ" の日本初演を行なうことにたいへんな関心を寄せている。シカゴでは、ぜひ彼らにスコアを見せて欲しい。そして、もし市音による日本初演が実現するなら、MBS(毎日放送)がラジオ番組のために収録し、そのライヴ・テ−プを使ってフォンテックがCDを制作することになるだろう。実際、OMSBが、11月にフィリップ・スパ−ク(Philip Sparke) の交響曲第1番「大地、水、太陽、風」(Symphony No.1 "Earth,Water,Sun,Wind")(File No.06-01〜、参照) の日本初演を行なった際、MBSが放送目的で収録し、フォンテックはそのテ−プからライヴCDを制作することを決めている。....(中略)....。ボクは、シカゴへは行けないけど、すべてがうまくいくことを祈っている。返信を待つ。」(2000年12月1日)

 ヤンから "了解" の返答がきたのは、それからしばらくたってからだった。

......つづく

 
 
(c)2002,Yukihiro Higuchi/樋口幸弘
>>インデックスページに戻る
>> スペシャルトップページに戻る
jasrac番号 吹奏楽マガジン バンドパワー