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樋口幸宏の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」
ファイル・ナンバ−07
マ−ティン・エレビ−:パリのスケッチ
- シンフォニック・ウィンドオーケストラのためのオマージュ -
PARIS SKETCHES
〜Homages for Symphonic Wind Orchestra〜 
(Martin Ellerby)
File No.07-03 :<お節介>

▲植松栄司氏

大阪の社会人バンド、三木ウィンドフィルハ−モニ−の指揮者、植松栄司(うえまつ えいじ)さんに「エレビ−の "パリのスケッチ" の入ったCD(英Serendipity,SERCD2400、"Metropolis"、廃盤)を聴いてみたら」という提案をしてからしばらくたった2000年2月のとある日曜日の午後、筆者は、偶然、同フィルハ−モニ−のベテラン、桑原一郎(くわはら いちろう)さんと顔を合わせた。氏は、かつて吹奏楽コンク−ルでストラヴィンスキ−の「春の祭典」(昭和52/1977年)やバルト−クの「舞踏組曲」(昭和53/1978年)、同じく「中国の不思議な役人」(昭和54/1979年)、ヤナ−チェクの「シンフォニエッタ」(昭和55/1980年)という近現代クラシック作品のトランスクリプションをつぎつぎと取り上げて全国のバンド・ファンの話題をさらった当時の駒澤大学吹奏楽部のOBで、いまは大阪市北区で駐車場などのお仕事をされながら、三木ウィンドフィルハ−モニ−では、副団長、テュ−バ奏者として活躍されている。

▲「パリのスケッチ」演奏中の
三木ウィンドフィルハーモニー

 桑原さんは、筆者に「植松さんに、はよ、曲、決めるようにゆうたって下さい(早く曲を決めるように言っていただけませんか)。チラシやらプログラムやらの、準備がでけへん(チラシやプログラムなどの準備ができない)のです。」と、真顔で言った。
 このときまで、筆者は単に植松さんのリクエストに対して何曲か曲を紹介しただけで、曲を決めるのはあくまでバンド・サイドの問題と思っていたのだが、このときの桑原さんの訴えるような眼差しを見ているとなんとも放置できなくなってしまい、とにもかくにも植松さんをつかまえて話をすることにした。
 三木楽器の管楽器フロアでつかまえた氏は、はたして "迷い" の真っ只中にいた。早速こちらの話を切りだすと、氏も事態が急を要することだけはわかっていらっしゃっるようなので少々安堵。しかし、「みんなエエ(いい)曲で、 "パリのスケッチ" は個人的にはとても気に入っているんですけど。」と、選曲の進展はなく、なにやら逃げ腰のム−ドもチラホラ。筆者は、前に紹介した曲の概要説明を繰り返したが、桑原さんと同じく、こちらの形相も普段とは少し違っていたのだろう。決断をせまるように同じセリフを繰り返す筆者からのプレッシャ−を避けるかのように、迷える植松さんは、同じフロアに勤務する "ある人物" に助け船を求めた。

 「岡くん。エレビ−の "新世界の踊り(New World Dances/File No.02-01 〜 02-12参照)" って知ってる?」

 意見を求められた岡 正人(おか まさと)さんは、管楽器フロアの主任でCDや輸入楽譜の担当者。学生時代は、近畿大学吹奏楽部の学生指揮者(吹奏楽コンク−ルでは、平成元/1989年、プロコフィエフの「ロメオとジャリエット」を指揮)という、関西では、ちょっと "ウワサの" 有名人だ。日本マ−チングバンド指導者協会2級指導員という有資格者でもあり、その明るいキャラクタ−はフロアのよき潤滑剤。店の常連さんにも人気バツグンで、上司の植松さんの信頼も厚い。(余談ながら、同フロアのリペア担当、小野剛司(おの こうじ)さん、渡辺邦啓(わたなべ くにひろ)さんの両人も "全国区" 大阪府立淀川工業高等学校吹奏楽部の出身だ。)

 岡さんは、植松さんの質問に「ハイ。結構、いい曲ですよ。」と即答。

  "これはいかん!!この調子では堂々めぐりが繰り返されるばかりで、ヘタをうつと <TOO LATE> になってしまう!!" そう感じた筆者は、完全な越権行為ながら、とうとう<最後通牒>を突きつけてしまった。

 「発注しても、外国から楽譜はスグには着きませんよ!!」と。

 植松さんも、ついに重い腰を上げた。「そうしたら(それならば)、パリ・スケ(パリのスケッチ)とスパ−ク(ディヴァ−ジョンズ)の発注、かけときます(発注をかけておきます)。」

 氏はまだ迷っていた。しかし、これで桑原さんの要望はなんとかクリアできたのではと筆者はひとまず胸を撫で下ろすことができた。

 この日からしばらくたったある日、植松さんは言った。「結局、2曲とも(演奏)することにしました。」氏の言葉は "確信" に変っていた。

三木ウィンドフィルハ−モニ−と北河内楽団の合同演奏会「JOYFUL BRASS 2000」は、2000年4月23日(日)、大阪のザ・シンフォニ−ホ−ルで開催され、両曲は第2部の三木ウィンドフィルハ−モニ−のプログラムを飾った。このうち、池田正宏(いけだ まさひろ/三木ウィンド創団以来のメンバ−/大阪教育大学卒業)指揮で演奏されたフィリップ・スパ−クの「ディヴァ−ジョンズ〜スイスのフォ−クソングによる変奏曲(Diversions〜Variations on a Swiss Folk Song )」は、ちょうど2週間前の4月9日(日)、大阪国際会議場メインホ−ルで催された "近畿大学吹奏楽部第36回定期演奏会" における日本初演(File No.06-07 参照)の直後の演奏であり、植松栄司指揮で演奏されたマ−ティン・エレビ−の「パリのスケッチ」も、筆者が知る限り、日本国内のバンドによる最も早い演奏だった。いかにも "三木ウィンド" らしいプログラムとなった。

  "責任ある立場の人(指揮者)が曲を決めてくれたら、なんだかんだ言いながらも、ボクらは演奏するんだ" という団員。対して "楽譜購入は団員みんなのお金を使うことになるので、自分が気にいっているというだけで軽はずみに曲を決めることはできない" とする指揮者。このとき三木ウィンドに起こったことは、全国各地のアマチュア・バンドで日常的に起こっていることなのかも知れない。

 その後、2001年1月の辞令で三木楽器心斎橋店の店長さんに昇進された植松さんは、役職上の責任もあって、この年のシ−ズンからコンク−ルの指揮を退かれることになったという。関西のコンク−ル・シ−ンから、また一人 "名物オヤジ" が姿を消した。

"なんかエエ曲ありませんか?"

......つづく

 
 
(c)2001,Yukihiro Higuchi/樋口幸弘
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