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樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」
ファイル・ナンバ−07
マ−ティン・エレビ−:パリのスケッチ
- シンフォニック・ウィンドオーケストラのためのオマージュ -
PARIS SKETCHES
〜Homages for Symphonic Wind Orchestra〜 
(Martin Ellerby)
File No.07-02 :<迷い>

大阪ミナミの一大ショッピング・モ−ル、心斎橋筋にロケ−ションしている三木楽器心斎橋店2階の管楽器フロアは、コンサ−トなどの目的で来阪中の演奏家や作曲家がラフな私服姿でブラリと訪れたり、内外のいろいろな音楽シ−ンとの "未知との遭遇" も多いことから、関西のバンド・ファンの隠れた "人気スポット" になっている。フィリップ・スパ−ク、ヤン・ヴァンデルロ−スト、ヨハン・デメイ、ブライアン・ボ−マン、スティ−ヴン・ミ−ド、ロジャ−・ウェブスタ−などが足跡のように残していった "お宝もの" の色紙がソッと飾られているこのフロアには、いくつもの秘話が残されている。

 2000年の始め、フロアをウロウロしていた筆者は、責任者の植松栄司(うえまつ えいじ)さんから声をかけられた。

 「なんかエエ曲ありませんか?」

 聞けば、ちょうどそのとき、春の "演奏会" にやるオリジナル曲を探しているところだということで、しかも、あんまりみんながやっていなさそうな曲をご所望という、なかなか難しいリクエスト。

 植松さんは、同管楽器フロアの責任者という仕事上の顔とは別に "オフの顔" をもつ。大学時代、兵庫県の "関西学院大学応援団総部吹奏楽部" の指揮者として鳴らした氏は、社会人となった今も大阪の "三木ウインドフィルハ−モニ−" の指揮者として活躍されているのだ。 "三木ウインドフィルハ−モニ−" は、三木楽器本社のホ−ルを練習場として利用している関係もあり、団名に "三木" という固有名詞が入っているが、 "三木楽器" の社員で構成される "職場" のバンドではなく(確か、三木楽器の関係者は植松さんだけのハズ)、関西を中心とした大学で演奏活動を行なった "大学バンドOB" を中心に構成されている異色の社会人バンドだ。それゆえにメンバ−もほとんど固定で、当初は一般募集もしなかったという、ちょっと "こだわり" をもったバンドとしても知られている。

 少々脱線するが、人は年令を重ねるほどに知らず知らずの内に理屈っぽくなり、好き嫌いにしても、食わず嫌いも含め千差万別の主張をするようになるもんだ。大阪エリアのおばさまたちの "天下無敵" ぶりは全国レベル(!?)で有名(とくに母親に対しては、その歯に衣着せぬ発言や思いもよらぬ大胆な行動パタ−ンに特別な畏敬の念を込めて "オカン" という "敬称" を用いるという地域住民間の暗黙の了解まで存在する)だが、程度の差こそあれ、このエリアに根をおろしているおじさんたちにも、そのとき頭に思い浮かんだこと(いきなりの "本音" )をとりあえず口にしておいてから、相手の出方をみて意見のバランスをとっていくという傾向がある。もちろん言われた方も負けず劣らずに "本音" で応酬することになるが、これが不思議とケンカにならないのは、日常会話の潤滑剤としての "しゃべくり漫才のようなユ−モア" が生きているからだ。
 そんなエリアで、メンバ−が "同時" に年をとっていく(当然ながら "おじさん度" も高まっていく) "三木ウインド" のようなバンドの指揮者の悩みは、<みんなを納得させられるだけの曲をいかにして選ぶか>だと氏はたびたび口にする。それで顔を合わせる度に「なんかエエ曲ありませんか?」が口癖のように飛び出してくる。ついで、「ウチは、オッサン(おじさん)が多いんで....。」と本音もチラリ。ちょうどこのときは、2000年4月に大阪のザ・シンフォニ−ホ−ルで行なう演奏会の曲を探されているところだった。

 植松さんと三木ウインドは、このグル−プがまだ "三木ウインドアンサンブル" という名称を使っていた当時の1990年にヤン・ヴァンデルロ−スト(Jan Van der Roost )の交響詩「スパルタクス(Spartacus)」、つづいて1991年にフィリップ・スパ−ク(Philip Sparke)の「祝典のための音楽(Music for a Festival)」という、今では "定番" となっているウィンド・オリジナルを日本で初めて取り上げている。また、かつてはコンク−ルで演奏したクロ−ド・T・スミス(Claude T. Smith )の「フェスティヴァル・ヴァリエ−ション(Festival Variations)」も、クラシック名曲のトランスクリプションが存在感を示す関西大会で "あわや...." という堂々たる成果を収めていた。
 それだけに、このグル−プに紹介する作品は、時代をリ−ドする作曲家のもので、かつ "あたらしもんずき(新しいものが大好き)" な大阪の聴衆がまだ本格的にナマ演奏を聴いたことがないような作品である必要がある。そう考えた筆者は、それまでにスコア・リ−ディングを終えていた曲の中から、マ−ティン・エレビ−(Martin Ellerby)の「新世界の踊り(New World Dances)」(File No.02-01 〜 No.02-12 参照)や、フィリップ・スパ−ク(Philip Sparke)の「ダンス・ム−ブメント(Dance Movements)」、「ディヴァ−ジョンズ〜スイスのフォ−クソングによる変奏曲(Diversions〜Variations on a Swiss Folk Song )」などを列挙して、作品の概要を説明した。植松さんは早速それらのスコアを海外に手配された。

 それから1ヵ月近くたったある日、結果的に大阪市音楽団の自主制作CD「ニュ−・ウィンド・レパ−トリ−2000」(大阪市教育振興公社、OMSB-2806 )のノ−ト執筆を引き受けていた筆者は、執筆に使うネタを求めて訪れた三木楽器で、再び植松さんから声を掛けられた。「なんかエエ曲ありませんか?」

 「エッ?前に紹介した曲は?」と聞くと、「みんなエエ曲なんやけど、迷うてますねん(全部いい曲なんですけど、迷っているんです)。」との返答。さらに、「 "コレ、やります" と言うたらエエ(言えばいい)んですけど、きっとアレやコレや(ア−でもない、コ−でもない)と言いだすのが出てくると思うんです。」
 "植松さんの迷いがまた始まったゾ!?" そう直感した筆者は、「全員の好みを満足させられる曲なんてありませんよ。」と言い放つ。責任感が強く、普段からとても生帳面な氏は、メンバ−の顔を思い浮かべながらアレコレ迷われているのだろう。そういえば、交響詩「スパルタクス」を演奏されたときもそうだった。

 当時、日本ではまったく知られていなかったこの作曲家のスコアと音源を持ち歩いていた筆者が自分以外に「スパルタクス」のスコアを見せたのは、今では耳なじみとなった植松さんの "リクエスト" に対してが最初だった。「なんかエエ曲ありませんか?」 そのとき氏は曲を聴きながらスコアに目を走らせて、「このスコアじっくり見たいんでちょっと貸してもらえません。」と言った。筆者は期限つきで "OK" を出した。
  "貸出し期間中" 、氏はいろいろな人にスコアを見せて反応を確かめられたようだ。しかし、今ひとつ "確信" を得るまでには至らなかったらしい。無理もない、その当時、パイプ・オルガンのように暖かく響く良質なサウンドとそのままスペクタキュラ−映画のサウンド・トラックに使えるのではないかと思わせるほど現代的かつドラマチックな作風をもったこの種のウィンド・オリジナルに、日本のバンド界はまだなじみがなかった。加えて作曲者の名前もまだネ−ムバリュ−が無かったし......。スコアを返すときに、氏は言った。「カッコエエ(格好いい)んですけど....。」当時は、その言葉のウラに隠されている意味がわからなかったが、おそらく氏はバンド全体を 100パ−セント納得させるだけの "裏付け" を求めておられたのだろう。筆者は黙ってスコアをしまいこんだ。
 しかし、その後、突如として "風向き" が変る。同じく "三木楽器でウワサになっている" 作品のスコアを見たいと申し出られたブリ−ズ・ブラス・バンドの指揮者、上村和義(うえむら かずよし)さんや、ユ−フォニアム奏者の木村寛仁(きむら ひろまさ)さんが、それぞれ指導しているスク−ル・バンドのコンク−ル用の "自由曲" にこの曲を推したいと言い出したのだ。そして、管楽器フロアのテ−ブルにスコアを広げて自由勝手に盛り上がっている筆者らの "騒動" を横目に眺めていた植松さんも、いつしか、その騒ぎに加わっていた。こうして、この年、3氏が関係する大阪府と京都府で合計3つのバンドがこの "新曲" をひっ下げてコンク−ルに登場。大阪府大会を経て、兵庫県尼崎市のアルカイックホ−ルで開催された関西大会(1990年8月26日(日))に駒を進めた "三木ウインド" の「スパルタクス」は、会場に一大センセ−ションをまき起こした。演奏は完璧と言って良かった。筆者も、そのときホ−ルを飲み込んだ "うめくような" 大きなドヨメキを今も忘れることができない。(金賞。ライヴCD:日本ワ−ルド、JWRCD 013、廃盤。/コンサ−トにおける国内初演奏:1990年8月4日(土)、大阪城音楽堂における " '90たそがれコンサ−ト" にて。植松栄司指揮、三木ウインドアンサンブル。)

 話をもとに戻して、ベストと思われる作品をいくつか紹介した後、植松さんから再び同じセリフを聞かされるシチュエ−ションとなったため、少々混乱した筆者の脳裏を「スパルタクス」のときのいろんな情景が走馬灯のようによぎった。曲を選ぶという責任が人にこれだけのプレッシャ−をかけるものなのか。反射的に冷たく言い放ったものの、もう1曲だけ別の曲を推すことにした。

メトロポリス(Metropolis)
CD(Serendipity
SERCD2400、廃盤)

「植松さん、迷っておられるんでしたら、例の "メトロポリス(Metropolis)" というCD(Serendipity,SERCD2400、廃盤)に入っているエレビ−の "パリのスケッチ" という曲、もう一回聴き直されてみたらどうでしょう?クラシックの要素もいっぱい詰まっているし、オトナが多い三木ウインド向きと思いますけど。」

 かなり前に植松さんにこのCDを紹介したとき、氏がこの作品を気にいっていることにウスウス気づいていた。前にこれを推さなかったのは、その時点でまだスコアを開いていないという理由からだった。さらなる提案に、氏はクビを大きくタテに振っていた。

......つづく

 
 
(c)2001,Yukihiro Higuchi/樋口幸弘
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