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樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」
ファイル・ナンバ−06
フィリップ・スパ−ク:交響曲第1番「大地・水・太陽・風」
− Symphony No.1 −
EARTH、WATER、SUN、WIND (Philip Sparke)
File No.06-09 :< ラジオ >

フィリップに "日本初演" 中に起こった重大事件を伝えた夜、帰宅する途中、ハッとなって、もうひとつ解決せねばならないことがあることに気がついた。第81回大阪市音楽団定期演奏会は、大阪の毎日放送(MBS)が番組用にライヴ収録して、その後、そのテ−プを使ってフォンテックがCD化する計画があると聞かされていたからだ。

「Skyline 〜稜線〜」
スコア表紙

翌日、早速、旧知のMBSの木村 晋(きむら すすむ)さんに電話を入れた。同局の放送運営センタ−に勤務されている木村さんは、以前ラジオのディレクタ−をされていた当時には、MBSラジオ朝の名物番組「ごめんやす馬場章夫(ばんば ふみお)です」や「こども音楽コンク−ル」を担当されていただけでなく、東京佼成ウィンドオ−ケストラやブリ−ズ・ブラス・バンド(BBB)のライヴを収録して特別番組として放送された人物だ。プライベ−トの時間には、京都市の "吹奏楽団せせらぎ" で指揮者、編曲者として活動され、「Skyline 〜稜線〜」と題する自作を "21世紀の吹奏楽" 実行委員会主催の第3回 "饗宴" に応募作品として提出されて見事 "落選" を果たされるなど、一部知識人の間では "インフルエンザ・ヴィ−ルス" より感染力が強いことで恐れられている "ウィンド・ヴィ−ルス(!?)" の保菌者として、診断書不要の立派なキャリアをもっておられる。
 1998年1月18日のMBSラジオ「ブリ−ズ・ブラス・バンド、ライヴ!!」(民間放送なのにコマ−シャルなしの1時間スペシャル番組)には、コメンテ−タ−として出演させていただいたが、そのときは、東京・渋谷のNHK放送センタ−でNHK指定の "東京弁"による「ブラスのひびき」を4本収録したその足で大阪・千里山のMBSスタジオに飛び込むという過密スケジュ−ル。スタジオに入った時点では、まだ大阪の空気を脳が十分に吸いきっておらず、脳波が完全に切り変わっていなかったんだろう。いきなり "大阪弁で番組をやってほしい" という木村さんのリクエストに即応できず、お相手の関岡 香(せきおか かおり)アナウンサ−にも迷惑のかけっぱなし。個人的にはいささか消化不良のまま収録が終ってしまうという反省が残った番組だった。しかし、スケジュ−ル的に "いやな予感" がした時点で連れていくことを決めたコルネット奏者の生川耕次郎(いくかわ こうじろう/現BBBプリンシパル・コルネット奏者/一説によると、MBSラジオの愛聴者らしい)さんが随所で "オリバ−のお好焼きソ−ス" のように味のある "コテコテの大阪弁" を繰りだしてくれたので、番組的にはかなり救われた印象がある。
 それはさておき、筆者の話す用件には木村さんもかなり驚かれた様子だった。

樋口: 「木村さん、この前の大阪市音楽団の "定期" 、MBSが録音して最終的にCDとして発売されるらしいんですけど、知ってらっしゃいます?」


木村: 「ボクはノ−タッチなんですけど。ウチ(MBS)のもん(者)が関わっているのは知っています。」


樋口: 「実は、そのコンサ−トでスパ−クの新しい交響曲が演奏されたんですけど、本番でシンセサイザ−が故障して重要な箇所で音が出なかったそうなんですよ。」


木村: 「それは、エライ(たいへんな)ことがあったんですね。」


樋口: 「それでね、ちょっとお願いがあるんですけど....。先方もすでにこの問題に気づいていらっしゃるとは思うんですけど、念のため、MBS内の関係されている方に事情を説明して "その演奏はCD化してはいけない" と伝えていただけないでしょうか。私の名前を出していただいて結構です。 "ヒグチがそうワメイテいる "と。部外者がこんなこと言い出すと、 "余計なお世話" だと嫌われるかも知れませんが....。」


木村: 「どうなるかはわかりませんが、用向きは必ずお伝えするようにします。」

 電話はそこで終わった。

放送局やレコ−ド会社にとって、本番で何が起こるかわからない演奏会の "ライヴ" 収録はとてもリスキ−な仕事だ。何ごとも起らず、ア−ティストも絶好調だったときは "ハッピ−そのもの" だが、予想もしないハプニングが現場で起ってしまったとき、言い換えれば、それは担当ディレクタ−の度量が計られるときでもある。放送番組の場合、ア−ティストとの事前打ち合せはもとより、社内の編成会議などに企画書を上げて、コンセンサスを得た上で放送ワク(放送日や時間)やスタッフを確保し、予算を計上して承認を受けたり、著作権の確認など、事前にクリアしなければならない仕事が山ほどある。しかし、本番での "重大事件" によっては、それらが一瞬にしてオジャン、すべて水泡に帰してしまう事態もあり得るのだ。俗に言う "おクラ入り" というヤツだ。
 しかし、ディレクタ−は考える。できれば "おクラ入り" という "最悪の事態" だけは避けたい。何とか番組を成立させる方法はないものかと。
 そこで収録テ−プをもう一度聴き直してみる。そして、最初に考えることは、何事もなかった曲だけでなんとか番組を組み立てることはできないかということだ。しかし、大事件が起ってしまった曲がコンサ−トの "目玉" だったりした場合、それは "番組の目玉"をも同時に失なってしまうことを意味する。それではダメだ。次に考えるのは、 "大事件のあった曲" の使える部分はないか、ということだ。プロの演奏の場合、偶発大事件の起こった問題箇所がそうそう何箇所もあるわけないので、たとえば4楽章構成の曲ならば、ひとつの楽章がダメでも、他はOKの場合がほとんどだ。
 一例を挙げると、1996年8月31日のNHK−FM "ブラスのひびき" <世界のコンサ−ト>でオン・エアしたジェ−ムズ・バ−ンズ(James Barnes)の「交響曲第3番(Third Symphony)」の世界初演(1996年6月13日、大阪のザ・シンフォニ−ホ−ルにおける "第72回大阪市音楽団定期演奏会" のライヴ、指揮:木村吉宏/きむら よしひろ)の場合、第1楽章に些細なキズがあったのと、30分という放送ワク内で番組を成立させるために、第3楽章〜第4楽章、それにつづく演奏者に贈られた聴衆の盛大なる拍手(初演のような作品の成果が問われるようなライヴの場合、とくに重要なファクタ−のひとつ)までを、指揮者や奏者の譜めくり音や息使いまで聞こえる楽章間のブランクも編集せずにノ−カットで放送させていただいた。演奏会の当日、作曲者とは隣どうしの席で演奏を聴いたが、大きな拍手がつづく中で、「これは、一体、誰が書いた曲なんだ!!(直訳)」と "自分が作曲者である" ことを逆説的な言い方で "誇らしげに" 、そして今演奏された音楽に感激しながら握手を求めてきたシ−ンを今でも忘れることができない。そして、ラジオという制約の多い媒体ながら、放送では当日の会場の空気をでき得るかぎりそのままお伝えできたのではないか、と思っている。
 しかし、この日のライヴは、もし、放送ワクが十分にあれば全楽章ノ−カットで放送していただろう。第1楽章のキズは本当に些細なものだった。
 逆に、誰が聴いてもハッキリそれとわかるキズがあってもそのまま放送されたケ−スもある。1992年8月16日のNHK−FM "生放送!!ブラスFMオ−ル・リクエスト" でオン・エアされたヨハン・デメイ(Johan de Meij) の交響曲第1番「指輪物語(Symphony nr.1 "The Lord of the Rings")」の日本初演(1992年5月13日、大阪のザ・シンフォニ−ホ−ルにおける "第64回大阪市音楽団定期演奏会" のライヴ、指揮:木村吉宏)がそれだ。
 この演奏会の当日、いつもは気さくに話しかけてくれる市音のみなさんの様子が少し違った。終演後に聞くと、NHKが定期演奏会のライヴを録音するというのは市音としては初めてのことだったらしく、プレイヤ−は異様な興奮状態にあり、中には吐き気を催す人までいたという。どうやら、団長兼常任指揮者(当時)の木村さんを説き伏せてウィンド・ミュ−ジックとしてはあまり例を見ない "演奏時間40分" という大作の演奏を提案し、 "NHK" というプレッシャ−の火種まで連れてきた筆者を避けて通っていたらしい。そんな異様な空気の中で始まった「指輪物語」が、第1楽章冒頭のファンファ−レに続いてソロ・トランペットが提示するテ−マで少しつまってしまったのだ。ピッチの安定を考えて、練習で使わなかった運指を使おうとした瞬間の事故だった。会場で演奏を聴いていた筆者は、一瞬、心の中で "アッ!?" と叫んでいた。中継車で録音中のスタッフも同様だったという。その後のアンサンブルにも多少の動揺が聴き取れる。しかし、市音はすぐに落ち着きを取り戻し、第2楽章〜第3楽章〜第4楽章と絶好調、第5楽章ではやや疲れが見られたものの、5つの楽章を聴き終えた心地よい余韻の残るすばらしいエンディングとなった。演奏終了後、急いで中継車に駆け付けると、NHKの梶吉洋一郎(かじよし よういちろう)ディレクタ−が満面の笑みを浮かべながら言った。「いい演奏だった。シンフォニ−ホ−ルが揺れたよ!!」最大級の賛辞だった。

大阪市教育振興公社
OMSB-2801

指揮の木村さんは、演奏会前、市音のメンバ−には「あかんかったら(ダメだったら)、何度でも録り直しするから。」と伝達し、梶吉ディレクタ−の同意も取り付けていたという。実際に、誰でも知っている有名ア−ティストの "ライヴもの" の中にも、リハ−サルや再録テ−プなどを使ってキズをカバ−した放送やCDは結構ある。しかし、「指輪物語」の再録は行なわれなかった。たとえ編集でキズのカバ−はできても、一度緊張が解き放たれた後に無人の会場に向ってする演奏に本番と同じモチベ−ションが期待できなかった(きちんと演奏されていても、どうしても "弛んで" しまう)からだ。オン・エアは、指揮者入場から楽章間ブランクもそのままに最後の拍手までノ−カットで行なわれた。その後、このときのテ−プ(オ−プン・リ−ルのデジタル録音)を使って、市音のリクエストでCD化(CD番号:大阪市教育振興公社、OMSB-2801 )したが、このときもテ−プには一切手を加えていない。

指揮者を含め、市音の中には可能なら "録り直して欲しい" と願っていた人もきっといたに違いない。しかし、 "同じことをやれ" と言われても二度とできないこの日のような "感動のドラマ" には、そんな小手先のマジックなど必要としない。事実、NHKにとっては在京ではなく自分たちがまったく知らない "地方の楽団" にすぎなかった大阪市音楽団の起用をめぐって放送寸前まで聞こえていた "局内の雑音" が、市音が熱演する「指輪物語」のドラマがスピ−カ−から流れだした途端、ピタッと鳴りをひそめてしまった。関係者によると、この時間、NHKでは、多くの音楽番組のプロたちが演奏に聴き入っていたという。そして、大阪という一地方都市を中心に地道に演奏活動を重ねてきたウィンド・オ−ケストラ "大阪市音楽団" が広く認知された瞬間だった。こんな説得力のある演奏にハサミを入れる権利など誰にもない。音楽は瞬間芸術だ。オン・エア後の反響もすさまじいもので、梶吉ディレクタ−も筆者も自分たちが下した "全曲ノ−カット" という判断に間違いがなかったことを再確認できた。今は昔の良き思い出のひとつである。

フォンテック
FOCD9156
フィリップの交響曲第1番「大地・水・太陽・風」日本初演時の "音無しの構え" 事件(File No.06-08 参照)のいきさつを聞き、作曲者の落胆を目のあたりにしたとき、過去に自分が携わったいろいろなライヴや放送番組のシ−ンが走馬灯のようによみがえってきた。もちろん、放送番組やCDを "どう作るか" という意志決定の主体は制作サイドにあり、外野がとやかく言う問題ではない。結果的に、MBSには "余計な" 申し入れをしただけに終わったが、フィリップの交響曲が入った市音のアルバム(CD番号:フォンテック、FOCD9156、制作:2001年)は、本番テ−プと本番前に同じステ−ジで行なわれたゲネ・プロの収録テ−プを編集して、制作・発売された。

......つづく

 
 
(c)2001,Yukihiro Higuchi/樋口幸弘
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