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樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」
ファイル・ナンバ−06
フィリップ・スパ−ク:交響曲第1番「大地・水・太陽・風」
− Symphony No.1 −
EARTH、WATER、SUN、WIND (Philip Sparke)
File No.06-08 :< 音無しの構え >

ライムライト・コンサート
プログラム

2000年11月9日(木)、第81回大阪市音楽団定期演奏会(指揮:渡邊一正/わたなべかずまさ、於:フェスティバルホ−ル、大阪市)で交響曲第1番「大地・水・太陽・風」の日本初演が行なわれているちょうどその頃、フィリップは、ロンドンのヒ−スロ−空港発、関西空港行きの日本航空JL422便で、一路、日本へと向かっていた。同じ月の14日(火)に大阪のザ・シンフォニ−ホ−ルで開催が予定されていたブリ−ズ・ブラス・バンドの結成10周年記念「ライムライト・コンサ−ト・セレブレ−ト20」の客演指揮者に招かれていたからだ。
 関西空港着は10日(金)の15時すぎ。「大地・水・太陽・風」の演奏が終了してから、およそ19時間が過ぎていた。フィリップにとっては、もし、あと僅か1日早くイギリスを出国していたら、日本初演も聴くことができていたという微妙なタイミングだけに、本人に対してどう話題を振ったものか、少々頭を悩ます展開となったが、 "市音" も "ブリ−ズ" も独自のスケジュ−ルで演奏活動を行なっているからどうしようもない。偶然とは言え、何とも言えない運命のイタズラとなった。ただ、3者をよく知る筆者には、正直 "もう少しスケジュ−ル調整に手を尽くすことができていたら" という悔いが残ったのも事実だった。実際には、戦場のような毎日がそれを許さなかったけれど......。

 しかし、「大地、水、太陽、風」の "本番" が行なわれていたフェスティバルホ−ルのステ−ジでは、作曲者が聴いていたらどんな反応を示していたかわからないという "思いもよらない事件" が勃発していた。本番前のゲネ・プロのときまで "機嫌よく" 響いていたシンセサイザ−が、突然の不調で、肝心なところで "まったく音が出なかった" のだ

 筆者は、フィリップが到着した日の夜、 "ブリ−ズ" の関係者をまじえて食事をともにしたが、例によって "分身の術" でも使いこなせるようにでもならないかぎり演奏会など聴きにいくことなど物理的に不可能なだけに、その時点では "音無しの構え" 事件のことはまったく知らなかった。当然のことながら、フィリップには「昨日、キミの "ビッグな作品" の日本初演があったよ。詳しいリポ−トは聞いていないが、市音のことだから、きっとうまくいったに違いない。」と話題を振ることになる。フィリップも上機嫌で「OMSB(市音)のみんなに、 "心からありがとう" と伝えてほしい。」と応えていた。

日本初演中の市音
帰宅した筆者は、早速、演奏の手応えを確かめるべく、市音プログラム編成委員の田中 弘(たなか ひろむ)さんに電話を入れた。そして、背筋も凍るような "事件" のあらましを知った。同時に、スコアのある部分が頭に浮かんできた。問題の箇所は、第2楽章 "水(Water )" の最後の小節(出版譜では86ペ−ジの第 568小節)から始まる第3楽章 "太陽(Sun)" 冒頭の展開。 "ボリュ−ムをゼロにセットしてスタ−トし、適切な演奏レベルまでゆっくりともち上げていく(start with volume set zero and slowly bring up to appropriate performance level )" という奏者への指示があるこの小節からソッと入ってくるシンセサイザ−は、同じ箇所から同時にスタ−トするサスペンディッド・シンバルのかすかなロ−ルとともに第3楽章の冒頭部分を支配する。それがタッチ・センサ−か何かの故障で音が出なかったというのだ。電話口の田中さんも、なんともバツの悪そうな口調で話されていた。

 しかし、予想だにしないハプニングが起こってしまった本番のステ−ジはどんな状況だったんだろう。表面上は何ごともなかったようなフリをしながら何とか音を立ち上げようと必死の動作をしているシンセサイザ−奏者はもとより、 "一体、何をやっているんだ" と横目で奏者を睨みつつも心の動揺を胸の奥のポケットにしまいこんで平然とタクトを振りつづける指揮者、ガイドの音を失ってしまい出るタイミングを見失うまいと必死でカウントを始める奏者......。舞台上の空気は突如としてフリ−ズしてしまったに違いない。想像するだけで背筋が凍る。
 いや、もっと重要なことは "肝心の音楽がどうなってしまったか" ということだった。聴衆にとっては、演奏されている音楽は、その日初めて耳にする曲でもあり、その時点ではスコアも未出版だったから、自然、流れてくるサウンドに身を任せることになり、 "音が完全に抜け落ちていた" というほどの "重大事件" が舞台上で起こっていたことに気づいた人がいたとは思えない。もちろん、ある一定の方向(シンセサイザ−が置かれてある方向)に視線をチラチラと投げ掛ける奏者が何人もいたはずだから "何か様子が変だな" と感じた人はいたかもしれない。いや、そんなことは二の次だ。聴衆や評論家はフィリップのこの大作を最終的にどう受け止めたのだろうか。そして、一体、フィリップにはどう言ったらいいんだ。2日間思い悩んだ末、筆者は重い口を開くことにした。

 「フィリップ。実は悪い知らせがある。先日、OMSB(市音)が "ビッグ・ワ−ク"を日本初演した本番で、とても残念なことに、シンセサイザ−のタッチ・センサ−がブロ−クン(故障)して音が出なかったというリポ−トが入ったんだ。」

 これにはフィリップも驚いて、「エッ!?そうしたら、・・・・・・<無音>・・・・・・、タンタンタン(ウッドブロックの短い3連符)、・・・・・・<無音>・・・・・・、タンタンタン・トントントン(ふたたびウッドブロック)、・・・・・・<無音>・・・・・・ってなってしまったのか。オ−ッ!?」とオ−バ−・アクションの後、推し黙ってしまって、こちらも "音無しの構え" 。
 それ以上、なんて言っていいのか分からなかったので、すぐに話題を切り替えて、その場を何とかとり繕ったが、それにしてもフィリップの落胆ぶりは話し相手のこちらにもハッキリ分かるほどのものだった。フィリップが現場にいなくて本当によかった。

......つづく

 
 
(c)2001,Yukihiro Higuchi/樋口幸弘
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