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樋口幸宏の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」
ファイル・ナンバ−04
ベルト・アッペルモント:ノアの箱舟
NOAH'S ARK (Bert Appermont)
File No.04-05 :< 卒業試験 >

2000年の1〜4月は、大阪市音楽団(市音)の自主企画CD「ニュ−・ウィンド・レパ−トリ−2000」(大阪市教育振興公社、OMSB-2806)のブックレットの解説ノ−トの執筆をやむなく引き受けたために、関係者に約束した<バンドパワ−>の "楽書ノ−ト・ファイル" でのアッペルモントや「ノアの箱舟」の紹介はまったくの手付かず状態となっていた。ラクガキと違い、ノ−ト執筆はものすごいエネルギ−を消耗する。しかも一日の時間の使い方がムチャクチャだったので、顕著な時差ボケが残り、体力の回復にもその後何週間も要した。そして、この間、荒木玉緒(あらき たまお)さんが主宰するブラス・バンド "ヴィヴィッド・ブラス・ト−キョウ" のコンサ−トと新録CDのノ−トをやっとのことでお断りしたり、File No.02-06 で触れた市音の「2008年のオリンピック招致活動のためのCD」の話が4月半ばに突如復活して再びドタバタが始まったり、5月4日に「ノアの箱舟」の日本における初演奏を実現された東京の巣鴨学園吹奏楽班のコンサ−ト(File No.04-01 参照)のノ−ト執筆を体力的な理由からお断わりしたりという、精神的にとても疲れる事件がつぎつぎと勃発。トドメに、ことあるごとにノ−トの執筆をお断わり(ドタキャン1を含む)していた佼成出版社の水野博文さんからも「市音さんのノ−トは書いて、どうしてウチのノ−トは書いてもらえないんですか。」とネジ込まれるし......。トホホホホ。
 実は、何年間も続編の企画を出さずにいた佼成出版社の「ヨ−ロピアン・ウィンド・サ−クル」も、この年は、ダグラス・ボストック(Douglas Bostock) が新しく常任指揮者に就任するということから絶対に企画を立ち上げないといけない状況に置かれていた。その担当が水野さんというわけだ。エレビ−など、ヨ−ロッパものをいくつも含む市音の新しいCDのノ−トを書いたと聞いて少々お怒りになっていた水野さんの剣幕に負けて、筆者は「ヨ−ロピアン」の企画を5月の終わり頃までに立ち上げることを約束していた。
 「しかし、時間がたったおかげでとてもいいレパ−トリ−が集まってますよ。ベルト・アッペルモントの "ノアの箱舟" とか、マ−ティン・エレビ−の "パリのスケッチ" とか、ロルフ・ルディンの "ドルイド" とか....。」といいながら......。
 具体的な曲名を聞いて、水野さんは「アッ!!曲名がいいですね。」と、少し安心された様子だった。そして、「それって "音" あります?」とリクエストがくる。ア〜ア。また "地獄の日々" がやってくる........。

 さて、ようやく世間が鳴り静まった7月、やっと「ノアの箱舟」のラクガキをすべく気力が戻ってきた。最初にとりかかったのが Beriato社のベン・ハ−ムホウトス氏への詫び状の発信と、作曲者への質問だった。質問事項は、作曲の経緯や初演デ−タなど。両者とも筆者の置かれていた状況を即座に飲み込んでくれて、すぐに打ち返しがあった。
 とくにおもしろかったのが、「ノアの箱舟」が誰かに委嘱されて書いた作品でなく、アッペルモントが曲を書いた1998年当時に学んでいたベルギ−のル−ベンにあるレマンス音楽院(Lemmensinstituut)の卒業試験のための課題として書いたという点だった。
 レマンス音楽院といえば、そう、この人に尋ねるのがいちばん。早速、アッペルモントの師でもある親友ヤン・ヴァンデルロ−スト(Jan Van der Roost) に連絡をとることにした。彼に連絡をとるのはいつ以来だったかな?以前は毎週のように連絡を取り合っていたのにと思いながら....。


ヤン、久しぶり。今度、キミのクラスに学んだベルト・アッペルモントの「ノアの箱舟」についてのア−ティクルを書こうと思うんだけれど、聞けば、この作品はレマンス音楽院の卒業試験の作品というじゃない。それで、キミにそのあたりのことを教えてもらおうと思って......。(以下、質問事項)


すると、8月に入って打ち返しがきた。


 

ディア−・ユキヒロ。キミから連絡を受けてどれだけウレシイんだろう。先週、ボクはヨハン・デメイ、フィリップ・スパ−クのふたりと一緒にフィンランドで開かれた国際バンド・コンテストの審査員をつとめてきたんだ。その間、キミのことが何度も話題に上がった。もちろん、とんでもない忙しさの中でお母さんの介護をしているキミの状況はよくわかっているよ。

 さて、質問事項への回答だ。

 レマンス音楽院では、バンド指揮者をめざす者は、3年間の在学期間の間にバンドのインストゥルメンテ−ションとオ−ケストレ−ションを学ばねばならない。卒業試験のために、多くの学生は、もとは管弦楽やピアノやオルガンのために作曲されたクラシックの作品1曲を(バンド用に)オ−ケストレ−ションするために選ぶ。しかしながら、学生が作曲家である場合は、もちろん、その試験期間に自作品の1つを発表することが許される。ベルト・アッペルモントに起こったように。彼は、ボクの指導下にあったスタディ−の中で「ノアの箱舟」を書いた。つまり、作品はすべて彼自身が書いたものだが、ボクはいくつかのヒントやアドバイスを与えたということを意味している。発表に先立つリハ−サルの期間中、レマンス音楽院シンフォニック・バンドの学生たちは、彼の作品に熱狂していたし、演奏することをエンジョイしていた。また、ベルギ−のベテラン作曲家ヤン・セヘルス(Jan Segers)を含む審査員たちもポジティブな評を下して、彼にバンドのために曲を書き続けることを薦めることになった。(8月6日付)


「ノアの箱舟」は、こういう状況で発表されたのか。それにしても、ベルギ−にはこんな音楽院があるんだな。うらやましい限りだ。
 Thank you so much 。いつもながらのヤンの丁寧な返答に感謝しながら、再び、「ノアの箱舟」のスコアを開いていた。

......つづく

 
 
(c)2001,Yukihiro Higuchi/樋口幸弘
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