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樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」
ファイル・ナンバ−03
ロバ−ト・W・スミス:イ−グルの翼にのって 〜アワー・シチズン・エアメン〜
ON EAGLE'S WINGS(Our Citizen Airmen) (Robert W.Smith)
File No.03-04 :< 新たな疑問 >

アメリカ空軍の "機動力" は想像以上にスゴかった。2月29日早朝(日本時間)に、ワシントンDCのボ−リング空軍基地内 "アメリカ空軍ワシントンDCバンド" の広報官に送られた筆者の "質問状" は直ちにジョ−ジア州ロビンズ空軍基地の "The Band of the U.S. Air Force Reserve" に転送され、3月1日付けで、 "アメリカ予備空軍" の名をもちながら "アメリカ空軍" に所属する人員で構成される同バンドの広報担当者ビル・グランジャ−(SSgt Bill Granger) からつぎのような回答がFAXで届いた。



 「質問にある作品 "On Eagle's Wings - Our Citizen Airmen"は、1998年のアメリカ合衆国予備空軍50周年を祝賀する栄誉を担う the Band of the United States Air Force Reserve によって委嘱された。それは、1998年1月にロバ−ト・W・スミスによって作曲され、1998年2月11日、ジョ−ジア州メ−コンのメ−コン市オ−ディトリアムでバンドのコマンダ−でありコンダクタ−の Captain N.Alan Clark の指揮のもと、The Band of the United States Air Force Reserve により初めての演奏が行なわれた。..(後略)」

  "ほぼOKだ" 。この回答で File No.03-02に列記した疑問点(2)〜(5)のすべてのポイントがクリア−になった。残るは "Our Citizen Airmen" というタイトルの非売品のCDに関する(6)だけだったが、これは他のポイントに比べて少々掘り下げすぎかも知れないので場合によっては省略も可能だ。とはいうものの、できればクリア−にしておきたい。前記の回答につづいて "CD送付のための住所の確認" と "市音のCDが出来上がったらバンドへ送ってほしいという要望" が書かれていたので、早速 "お礼状" を打ち返し、それには "お互いのCDを交換できる喜び" を記しておいた。うまくいけば(6)もCDノ−トの "校了" 時点までには判明するかも知れない......。

 そして、筆者は直ちに "さくら銀行吹奏楽団" の超有名吹奏楽人、井上 学(いのうえ まなぶ)さんに電話を入れた。実は、アメリカ空軍に "S.O.S." を送る以前に、同吹奏楽団が第6回定期演奏会(3月25日<土>、東京・お茶ノ水スクエア "カザルスホ−ル" )に "アメリカ空軍バンド・オブ・ザ・パシフィック=アジア(The United States Air Force Band of the Pacific-Asia / "さくら銀行吹奏楽団" のプログラムでは<太平洋音楽隊>と表記されていた)"のコマンダ−&コンダクタ−、ディ−ン・L・ザムビンスキ−大尉(Captain Dean L.Zarmbinski)を客演指揮者に招いているという情報をキャッチしていたので、ひょっとするとこの人物ならば、空軍同士なので"Air Force Reserve の50周年" を知っていたり、"Our Citizen Airmen" というCDを持っているのではないか(持っていたら、"インレ−・カ−ド" や "ブックレット" に何が印刷されているか教えてもらおう)と思って、井上さんに "一度、尋ねてもらえませんか?" と頼んでいたからだ。ノ−トを引き受けた以上、考え得る手はすべて打たねばならない。スミスの返答を待つ間も、ただただ手をこまねいていたのではなかったわけだ。
 さて、電話に出た井上さんにこちらからも "S.O.S." を送って "打ち返し" があったことを伝えると、「あっそう。よかったですね−。こっちの方も頼まれたことやっとき(やっておき)ましたよ−。ただ、本人がしばらく不在ということなんで、副官に質問事項を伝えておきました−。必ず伝えてくれるというんで、なんか返答があるでしょう。今は待っている状態です。スンマセンネ−、何も進んでなくて−」と、いつもの軽妙な関西風味の受け答え(巷では、ほんまに "銀行員" かいな−?という "噂" もチラホラ出るらしい)。後は、いつもの "長時間雑談" になだれ込んだ。(後日、このザムビンスキ−・ル−トは、ご本人が "Air Force Reserve"の件のCDを持っていらっしゃらなかったので、結局 "よくわからない" ということで決着がついた)*

 こうして、大阪市音楽団(市音)の自主企画CD "ニュ−・ウィンド・レパ−トリ−2000" の「イ−グルの翼にのって」のノ−ト執筆の準備は完了した。しかし、この時点までに費やしてしまった月日は、ほぼ1ヵ月半。市音やCDブックレットの制作担当者もきっとジリジリとしてノ−ト完成を待っていることだろう。
 このCDには合計8曲入る予定だが内7曲がまったくの新曲だったので、この時点に至ってもまだ解決しないといけないポイントが若干残ってはいたが、それらもほぼ解決のめどがついたので、前記のアメリカからの返信を受け取った時点で残っていたノ−トの仕上げに一気に突入した。そして、ほぼ10日後の3月13日深夜、ついにノ−トは完成。昼間の16時間労働をこなした後に仮眠をとり、深夜に2〜3時間しか執筆に使えない筆者にとってはこれが "最短" の着地点だった。(なにしろ、普通の睡眠をまるでとっていなかったものだから、昼間ウツロな目をしてボ−ッとしながらもアクセク動きまわっている筆者を見て周囲のものが "ほんとうに大丈夫?" と気遣ってくれるぐらいの "生きるか死ぬか" のフラフラ執筆だった。実際、このための資料として購入した本を母の病院に向かう途中の地下鉄の車内に置き忘れてしまい、何冊も同じものをもう一度買うハメになった。しかし、毎日の介護があるから倒れるワケにはいかない。気合いだけは充実していた)
 完成したノ−トは、翌14日に市音とブックレットのデザイン担当者に届けられた。しかし、後で聞いた話だが、この間、市音と制作サイドの間では<発売日延期>が真剣に議論されており、もう1日ノ−ト完成が遅れていたら、本当に<延期>の決断をせまられるところまでいっていたという。

 一方、このノ−トを書いている間、実はまたひとつ "新たな疑問点" が浮上していた。それは、バンドからの回答にあった "1998年2月11日" に行なわれたという初めての演奏に関してだった。つまり "これは実際に聴衆を前にした演奏だったのか?" という疑問。よくよく考えてみると、この種の "50周年記念用" のようなCDは、当然行なわれる筈の祝賀式典やパ−ティ−の事前に録音され、当日に関係者に配布されるのが普通だろう。すると、これは "録音日" だったのではなかったのか。ハタと困ってしまったが、2月11日が "初めて" 演奏が行なわれた日ということだけは "事実" だった。また、一方で、バンド側がすぐ動いてくれさえすれば、例のCDが時間内に届くかも知れないという期待もあった。アメリカ空軍の "機動力" はすでに実証済みだ。そして、CDさえ届けば(6)も解決するに違いない。そこで、筆者は「イ−グルの翼にのって」のノ−トを、この日を返答どおりに "初演奏" と書いて、場合によっては後で "部分的な差し替え" をすることで変更可能なスタイルで仕上げることにした。

 そして、前記どおり、このノ−トは3月14日に担当者に渡ったが、それから8日後の3月22日、アメリカから待っていたCD "Our Citizen Airmen" が届いた。

"Our Citizen Airmen"

早速、デ−タをチェックすると、このCDの録音日は "1998年2月9〜13日" で、睨んだとおり "2月11日" は録音日だった。また、スミスのプログラム・ノ−トにある "オ−プニング・セレクション" の意味も判明した。CDを聴くと、お決まりの「アメリカ国歌」に続いて、ナレ−タ−がグリ−ティングとアメリカ合衆国予備空軍について説明をし、そのナレ−ションの最後で "50周年" 記念委嘱作であるスミスの「イ−グルの翼にのって」のタイトルが告げられるとオ−トマチックに音楽が始まるという一連の流れに添ったワン・セットの "オ−プニング・セレクション" が入っていたのだ。

 さて、この時点で "ニュ−・ウィンド・レパ−トリ−2000" のブックレットの工程は、ほとんど "校了寸前" の状況にあった筈だ。それでも、すべての疑問点がクリア−になった筆者は、正しいデ−タをどうしても入れてもらうために急いで "部分的な改訂ノ−ト" を書いて制作担当者にFAXで送った後、電話で直接事情を説明して "差し替え" を依頼した。一瞬なんとも言えない "いやな空気" が漂うが、なんとかそれをOKしてもらう。しかし、発売予定日がどんどんと迫ってくる中で、その後にその部分の "著者校正(執筆者が校正)" を新たに行なうことなど、どう考えても時間的にすでに無理となっていたので、あとは先方にすべてを任せてしまう "責任校正(執筆者にゲラを廻さず担当者の責任で校正)" となることに同意した。もう、そんなに "切羽つまった" 状況になっていたのだ。そこへ降って沸いたような "差し替え" の依頼。なんという制作者泣かせの執筆者なんだろう。(少なくとも、先方はきっとそう思っていたに違いない)
 しかし、どうにか、正しいデ−タをブックレットに盛り込むことができた。デッドラインぎりぎりセ−フ。そう思った瞬間、どっと "睡魔" が襲ってきた。

......つづく

 
 
(c)2000,Yukihiro Higuchi/樋口幸弘
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