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スペシャル:樋口幸宏 >>インデックス
樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」
ファイル・ナンバ−03
ロバ−ト・W・スミス:イ−グルの翼にのって 〜アワー・シチズン・エアメン〜
ON EAGLE'S WINGS(Our Citizen Airmen) (Robert W.Smith)
File No.03-03 :< イ − グ ル >

2000年2月4日(金)の大阪市音楽団(市音)によるレコ−ディングも無事終了し、やがて月半ばを過ぎようとしていたが、作曲者スミスへ出した質問状の回答はまだだった。
 市音プログラム編成委員の方々の "ねばり"(File No.02-02 参照) に遇って、その解説ノ−トを書かねばならなくなった筆者としては、正直いうと心中穏やかではなかったが、この曲以外の調査〜執筆も平行して行なわねばならなかったので、 "回答が来る頃には他の曲の部分は出来上がっているだろうし、それからこの曲に集中すればいい" ぐらいに考えていた。
 実際、当時は、夜9時ごろに仕事の後始末を終え、ス−パ−に買い出しに行って食事をとってソファ−で仮眠。そうすると午前2時から2時半ぐらいに目が開くので、午前6時ぐらいまで(どういうわけかこの時間は頭がクリア−に冴えているので)ノ−トの調査・執筆や海外との連絡をこなし、6時半には始業準備に入って、その後、実家の客商売と母親の看病、という毎日を過ごしていたので、ノ−ト執筆に使える "時間" には物理的リミットがあった。そんなわけなので、一度に情報が集まったところですぐに処理できるわけでもなく、 "返答がこない" ことについては気にはなってはいたが、その時点における最優先事項というわけでもなかった。 

また、このとき、収録曲の曲名を日本語にする作業において、実は簡単に解決できそうにない大きな難問にぶつかっていた。CDやブックレットを実際に制作する現場からは、「 "ノ−ト" はあとで結構ですので、まずは "曲名" だけ先にください。」という要望が市音を通じて来ていたが、筆者は「そんな約束はしていない。曲の中身がたいへんデリケ−トな民族的問題を含んでいる可能性があり、あらゆる手はつくしているがアルファベットの曲名も "何語" なのか確認できず、したがって発音も不明なのでカタカナにすらできないものがある。中身や言語がはっきりと確認できるまで待ってほしい。適当に訳した日本語曲名など、渡すわけにはいかない。」と応酬していた。問題になっていたのは、後に「シリム〜クレズマ−・ラプソディ」と訳すことができたピ−ト・スウェルツの "SHIRIM〜A Krezmer Rhapsody" 。おもしろいことに、このタイトルに関しては、作曲者や出版社も語学上の問題を完全に把握・処理しているわけではなかった。この曲名を日本語にするために必要な資料は大きな図書館にも系統だって揃ってなく、結局、語学書、宗教書、旅行書など、結構高い本を新たに6冊も買うハメになった。エラい出費だ。外国盤だと、曲名は楽譜どおりのアルファベットだけで処理できるのに....。(File No.02-07 参照。
 一方、スミスのこの作品の日本語曲名を決める作業は、他の曲に比べてそんなにやっかいなことではなかった。市音のプログラム編成委員が訳した仮題(File No.02-06 参照)は「鷲の翼に」。初めてこの仮題を見たとき、 "鷲の(EAGLE'S)"も "翼(WINGS)" も和訳としては問題ないが、"ON"を "に" と訳していることには "何か曖昧な感じがして、オリジナル・タイトルとニュアンスが違うのでは" と感じた。また、全体としては、ジェット機時代の音楽のタイトルとしては "スピ−ド感" がなく、結構カッコいい曲なのに日本の戦時歌謡の曲名のようなイメ−ジがつきまとってしまうと思った。

▲“星条旗”と“白頭鷲”が
デザインされたCD
「I AM AN AMERICAN」

それでは、どうしよう。最初にこの曲のタイトルに使われている "EAGLE"だが、アメリカ合衆国で "EAGLE"と言えば、まずは国の紋章に使われている "はくとうわし" をさす。つまりこの曲名にある "EAGLE'S"は、意訳につとめると "アメリカ合衆国の" という意味を含む。そのあとに出てくる "WINGS"は文字通り航空機の "翼(つばさ)" もしくは "空軍の飛行大隊""パイロット記章" などなど、ときには派生して "空軍" それ自体を示す意味合いで使われることもある。従って、 "EAGLE'S WINGS"は "アメリカ合衆国空軍" を実際の言葉のウラに含んだネ−ミングであることがわかる。しかし、"EAGLE'S" を "アメリカの" もしくは "アメリカ合衆国の" と意訳してしまうと、音訳の "オン・イ−グルズ・ウィングズ" から遠く離れてしまう。できるだけ原題のイメ−ジを残すために "EAGLE'S"は "アメリカ合衆国" をシンボライズする象徴そのものを扱っているのだからそのまま直訳して "イ−グルの" とし、"WINGS" はより一般的な "翼" を使うことにした。すなわち"イ−グルの翼" 。漢字をひとつ減らすだけで随分とイメ−ジが変わった。残る "ON" は英和辞典やら英英辞典などから "〜にのる" という用法を引っ張りだしてきた。
 最終的にCDに使われた「イ−グルの翼にのって」という日本語曲名は、こうして完成した。 "翼" は "よく" ではなく "つばさ" と読んでほしい。大空にはばたく航空機のイメ−ジやスピ−ド感を多少なりとも残すことができていれば幸いだ。後日、市音プログラム編成委員の延原さん(File No.02-02 参照)から「あのタイトル、結構気に入ってますよ。」と聞いて、まずは責任を果たせのではないかと安堵している。
 余談ながら、アメリカには "イ−グル"(ボ−イング・マクドネル・ダグラス F-15/航空自衛隊も導入)という名前の戦闘機が実際に存在するが、スミスがそれを特定してネ−ミングをしたわけではないことは、作曲の "経緯" を綴ったプログラム・ノ−ト(FileNo.03-02 参照) の中で何も触れていないことから考えても明らかだ。かすかに引っ掛けてある可能性は否定できないが....。また、アメリカをシンボライズして "EAGLE"を曲名に使った例は他にもいろいろある。筆者の大好きなマ−チ、ジョン・フィリップ・ス−ザ(John Philip Sousa) の「無敵の鷲(The Invincible Eagle)」もそのひとつ。この曲もLP時代に「無敵の荒鷲」という、今では信じられないような日本語曲名でレコ−ドが発売されていたことがあった。現在のそれと違う点は、わずかに "荒" という字が有るか無いかだが、これが一文字入るだけで曲名の日本語から受けるイメ−ジがガラッと変ってしまうからたいへんだ!! "荒鷲(あらわし)" は、今日ではほとんど死語に近いが、太平洋戦争当時には、日本軍の航空部隊もしくはその搭乗員を示す "代名詞" としてマスコミ紙上でさかんに使われていた。 "ブンブン荒鷲、ブンと飛ぶぞ〜" という歌詞でさかんに歌われた戦時歌謡もあったぐらいだ。たぶん「無敵の荒鷲」という曲名が印刷されたLPを発売した関係者の中に戦中派スタッフがいらっしゃったのだろう。筆者も、学生時代、まったく疑うことなく「無敵の荒鷲」という曲名を鵜呑みにしていたが、あるとき、この曲の作曲の経緯と曲名に使われている "EAGLE"の本当の意味を知ったときに、「いったい何だ!!コリャ!?」とビックリ仰天してしまったことがある。それ以来、「無敵の鷲」を使うように努めたが、周囲には「無敵の荒鷲」を使う人がウジャウジャ。かくいう筆者も若い時代に頭の中にこびり付いてしまっていた「無敵の荒鷲」を消去するのにものすごいエネルギ−を必要とした。市音プログラム編成委員の仮題「鷲の翼に」を最初に見たときに、まるで "戦時歌謡の曲名" のようだと感じた理由も、以上の説明でご想像いただけよう。

「イーグルの翼にのって」が
紹介されている
Warner Bros./Belwin
カタログ表紙

この国では、単なるカタカナ化の作業も含めて、 "外国産" のものはすべて日本語に置き換えないと一般化できない。その結果、 "何年も学校で習ったはずなのに英語が話せない" "アルファベットをそのまま取り込めない" などなど、インタ−ネット時代にひとり日本だけが "取り残されがち" な理由の一端も実はここにある。音楽の曲名とて例外でない。それだけに、日本語曲名を作らねばならない場合には、よほど慎重な作業と、アルファベットで示されているオリジナルに含まれているさまざまなファクタ−を尊重する "真摯な態度" が必要だろう。 "思い込み" や "知ったかぶり" は絶対にいけない。近年、われわれの世界でも、あたかも映画の邦題のような "ウケ" を狙ったとしか思えない(それからオリジナル・タイトルが想像できなかったり、実際にもとに戻すことが不可能な)日本語曲名を見かけるようになった。一度ひとり歩きを始めた "曲名" は、それが明らかに誤ったイメ−ジを伝えていると判明してからもなかなか修正できない。要注意!!

 さて、そんな作業を繰り返しているうちに、2月も終わりに差し掛ってきた。しかし、スミスは何も打ち返してこない。もういけない。最初から "最後はそうしよう" と考えてはいたが、ここはアメリカ空軍の機動力を頼りにすることにしよう。そう思った筆者は、スミスに宛てた質問とほぼ同じ内容のメッセ−ジをワシントンDCのボ−リング空軍基地内、アメリカ空軍ワシントンDCバンドの広報官(Director of Public Affairs)のダナ・L・スタインハウザ−(Chief Master Sergeant Dana L.Steinhauser)宛てに発信した。"作曲者が多忙のようで返信がデッドラインに間に合いそうもない" と添え書きして。
 相手先の事務所には、それこそ世界中から毎日膨大な数のメッセ−ジや照会、出演依頼などが届く。できれば、そんな先に煩わしい質問など送って相手の仕事を増やしたくなかったが、「何でも連絡してくれ。」と言われていた言葉だけを頼りに今回は無理をお願いすることにした。ジョ−ジア州にあるという "The Band of the U.S.Air Force Reserve"のアドレスなどを調べている時間的余裕ももう無かったし......。


......つづく

 
 
(c)2000,Yukihiro Higuchi/樋口幸弘
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