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樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」
ファイル・ナンバ−03
ロバ−ト・W・スミス:イ−グルの翼にのって 〜アワー・シチズン・エアメン〜
ON EAGLE'S WINGS(Our Citizen Airmen) (Robert W.Smith)
File No.03-02 :< ヒ ン ト >
2000年1月、大阪市音楽団から自主企画CD "ニュ−・ウィンド・レパ−トリ−2000" (大阪市教育振興公社、OMSB-2806)の収録曲のスコアが届いた。昼間の仕事を終えてから、早速、スコアのチェックに入る。このときまでにすでに買って持っていた酒井 格の「大仏と鹿」とマ−ティン・エレビ−の「新世界の踊り」の2曲を除いた残りの作品のスコアは、この日はじめて見るものばかりだ。
 スコアを手にして最初にチェックすることは、まず "作曲者や作品についてどんなことが書かれているか" ということ。作品のバック・グラウンドを知ることは、ノ−トを書く立場の人間にとって最も重要なことだからだ。しかし、こちらが必要とする情報がスコアの上にすべて印刷されているとは限らない。ノ−トがまったくない場合もけっこう多い。従って、たいていの場合、この作業は "これから何を調べないといけないか" のチェックということになる。(その後、スコア・リ−ディング〜アナリ−ゼ〜執筆となる。)

 ロバ−ト・W・スミスの「ON EAGLE’S WINGS」のスコアの表紙には、つぎのような献辞があった。

Commissioned by
Captain N.Alan Clark and the Band of the U.S.Air Force
Reserve in Celebration of the
50th Anniversary of the U.S.Air Force Reserve

 なるほど、 "The U.S.Air Force Reserve の50周年を祝っての委嘱作品というわけか"
と、まずは、作曲に至った理由を押さえる。つづいて、作曲者スミスの署名がある短かい
プログラム・ノ−トを読むと、こうあった。

「ON EAGLE’S WINGS (Our Citizen Airmen) は、その50周年を祝ってThe U.S.Air Force Reserve への感謝の印として作曲された。N・アラン・クラ−ク大尉とThe Band of the U.S.Air Force Reserve(ワ−ナ−・ロビンズ空軍基地、ジョ−ジア州)により委嘱され、作品はコンサ−トのオ−プナ−として、また、Our Citizen Airmenとタイトルが付けられた彼らの記念コンパクト・ディスクのためのオ−プニング・セレクションとして書かれた」

 以上、プログラム・ノ−トには一見かなりの情報が入っているように思える。しかし、よく読んでみると、日本語ノ−トに必要な部分が不足していることがわかる。疑問部分を挙げてみると、

 (1)The U.S.Air Force Reserve とは何?
 (2)その50周年とは "いつ" ?
 (3) "いつ" 作曲されたのか?
 (4 初演されたのは "いつ?""どこで?""どんな機会に?"
 (5)初演時の演奏バンドは?、指揮者は?
    (ふつうは委嘱した者が初演の栄誉を担うが、ときたま違うケ−スもある)
 (6)"Our Citizen Airmen"というCDは、どんなCDなのか?その "オ−プニング・
    セレクションとは?"

 少なくとも以上を確認できないと、ノ−トなど書けやしない。作曲者のスミスは、ウィンド・ミュ−ジックのフィ−ルドだけの作曲家ではない(というより、それ以外のジャンルでの活動が中心)ので、多忙のときはまったく音信不通になってしまう。時間内に返答がこない可能性はあったが、早速スミスにコンタクトを試みる。と同時に、プログラム・ノ−トに書かれてある情報を手がかりに独自の調査もはじめることにした。

 まずは作曲のきっかけを作った(1)についてだが、日本人にとってまったく馴染みがない組織だけに、それが一体どういうものなのかを大掴みできないうちは、どんどんと前に進んでいくわけにはいかない。しかし、この曲は "アメリカ" で出版された "アメリカの作品" だけに、作曲者の書いたプログラム・ノ−トでも、 "アメリカ人にとって一般常識的な事柄" についての説明は見事なぐらい省略されている。(1)に関しても、所在地以外はまったくノ−・インフォメ−ションだった。
 アメリカ空軍には、"The U.S.Air Force Band,Washington,D.C.."(日本でもおなじみの"アメリカ空軍ワシントンDCバンド" )のほかにもいくつかバンドがあり、自主制作のCDやカセット(いずれも非売品)は、いずれも各バンドで独自に作られている。早速、"何かヒントがあるのではないか" と思って、手持ちのCDやカセットをガサゴソやってみた。すると、 "A Time of War... A Time of Peace" というタイトルの、かなり前にシカゴのミッド・ウェスト・バンド・クリニックでゲットした1枚のCDが目にとまった。演奏しているバンドは "The Command Band of the Air Force Reserve"。スミスのプログラム・ノ−トに書かれているバンド名とよく似ているが、全く同じというわけではない。しかし、"Air Force Reserve" という文字は同じだ。そこで、CDジャケットの写真を目を凝らして見ると、モスクワのクレムリン宮殿をバックにロシア陸軍中央軍楽隊と "The Command Band of the Air Force Reserve"(このCDの演奏者)が並行して整列し、アメリカ側の少なくとも前3列はスコットランド伝統のキルトの制服を身にまとったアメリカ空軍のバグパイプ鼓隊、という構図の写真だ。

"A Time of War...
A Time of Peace"

写真は、冷戦終結後の1992年5月にモスクワの "赤の広場" で行なわれた "平和の勝利のパレ−ド" の際の撮影。ブックレットの説明によると、このバグパイプ鼓隊 "The Air Force Reserve Pipe Band"は、アメリカのミリタリ−・バンド組織の中で、唯一、常時演奏任務を与えられている正規のバグパイプ鼓隊だそうで、このCDでも2曲、物真似でない見事な "スコットランド風" の演奏を聞かせてくれる。 "アメリカにもこういうグル−プがあるんだ" と思いながらも、そのとき、筆者にとって重要なことは "このCDの演奏者とスミスに作品委嘱をしたバンドに関連が有るのか無いのか" ということだった。そこで、何げなく写真に写っているバグパイプ鼓隊のバス・ドラムに描かれているマ−クを見ると、一部が楽器に隠れて見えないが、それでも "....ATES AIR FORCE RESERVE" "...IPE BAND" という文字とともに "...OBINS AIR FORCE BASE" "GEROGIA"という文字がハッキリと確認できた。ここまで読めたらもう問題ない。このバグパイプ鼓隊は "ユナイテッド・ステ−ツ・エア・フォ−ス・リザ−ヴ・パイプ・バンド、ロビンズ・エア・フォ−ス・ベ−ス(空軍基地)、ジョ−ジア(州)" と書かれたバス・ドラムを使っているバンドだった
 バンド名に使われている文字に多少の違いはあるが、もう間違いない。アメリカ空軍のバンド組織は90年代に大きな組織改編が行なわれたので、恐らくはそのときに同時に改名が行なわれたのだろう。このCDの演奏者とスミスに作品委嘱をしたバンドは、同一のバンドか、少なくとも同じ系譜にあるバンドだった。プロフィ−ルによると、43名編成で、プレイヤ−は全員 "正規の空軍のミュ−ジシャン" とのこと。 "エア・フォ−ス・リザ−ヴ" を名乗りながら、実質、アメリカ空軍のバンドということになる。このCDができあがった1992年当時で "50年" の歴史をもつという記述から、バンド誕生は第2次大戦中の1942年頃ということになる。
 ここまできて、つぎに軍事関連やアメリカの資料を漁っていくと"Air Force Reserve/エア・フォ−ス・リザ−ヴ" は、その文字通り "予備空軍" であることがわかってきた。つまり "戦争などの緊急事態に際して、国内基地所属の航空隊に海外出動命令が下ったときなどに、普段は市民生活をおくっている空軍OBのパイロットなど、予備役を召集し、アメリカ本土防衛上の軍事的空白を生じさせないために本来の所属部隊が留守中の基地や人員を必要とする部署へ短時間のうちに展開させる" ことを目的のひとつに掲げる空軍組織で、本拠とする訓練基地(コマンド部隊を併設)をもち、航空機などの機材や装備を常備して有事に備えている(後発部隊として現場へ投入されることもある)。第1次大戦の国防意識の高まりの中に誕生し、古くは単に "パイロットを養成したり、趣味のために飛ぶ" ことが目的の民間の "飛行クラブ" のような形態をとっていたこともあるが、プロペラ機の時代ならいざ知らず、ジェット機が主流となる時代にそんな "のどかなこと" はやってはいられない。第2次大戦が終了したつぎの年の1946年7月1日には、テネシ−州メンフィスで戦後初の訓練飛行が実施され、1948年4月14日、正式に "アメリカ合衆国予備空軍/The United States Air Force Reserve"となった。この組織は、直後に起こった "朝鮮戦争(Korean War)"でさっそく機能し、最近では "湾岸戦争"(英語だと "The Persian Gulf War/ペルシャ湾戦争" という)のときにも、国防上大きな貢献をしたとされている。
 組織全体の "正式発足" よりバンドの方が6年ほど前(1942年頃)にスタ−トしているが、当時は戦時下。すべてのことが各現場のおかれている状況や要望で臨機応変に動く。その結果、1992年当時のバンド名に "United States/アメリカ合衆国の" が入っていないのも、 "Air Force Reserve"当時にバンドが配置された "名残り" で、近年の組織改編のときに "正規のもの" に落ち着いたと考えると納得がいく。やっと全体像が見えてきた。
 そこで、音楽に立ち戻ってスコアのコピ−ライト・ラインをチェックすると、1999年にベルウィン=ミルズ(Belwin-Mills Publishing Corp.) 社が著作権を設定している。スミスが書いている "アメリ合衆国予備空軍50周年" は、おそらく、この組織が正式に発足した1948年から50年を数えて "1998年" だろう。すると、スミスの多忙ぶりから推し量って"作曲は1998年か、それより少し前" だろう。
 ここまでの下調べを終えて、あとはスミスからの返信を待つだけとなった。

......つづく

 
 
(c)2000,Yukihiro Higuchi/樋口幸弘
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