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樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」
ファイル・ナンバー02
マーティン・エレビー:新世界の踊り
NEW WORLD DANCES (Martin Ellerby)
File No.02-08: <ト−ク・バック>

「ニュー・ウィンド・レパートリー2000」
録音進行表 日本語曲名は仮邦題

大阪市音楽団(市音)の自主企画CD”ニュー・ウィンド・レパートリー2000”のレコーディング・セッション(File No.01-08参照)は、2000年2月1日(火)〜2日(水)の2日間、大阪市中央区大阪城公園内にある大阪市音楽団合奏場で "練習" 、3日(木)〜4日(金)の2日間、兵庫県尼崎市のアルカイックホ−ルで "本番" という日程で行なわれ、エレビ−の「新世界の踊り」は、本番2日目(4日)の午後の最初のセッションで収録された。
 ディレクタ−は、佐藤方紀(さとう やすのり)さん(File No.01-02 & No.01-08参照)。 "ハプニング" は、その「新世界の踊り」のセッション直前に起こった。
 「ディレクタ−の佐藤です」昼食を終えた指揮者とプレイヤ−がスケジュ−ルに従ってステ−ジに戻り、これからまさにレコ−ディング・セッションが開始されるときを見計らって、佐藤さんはト−ク・バック(録音スタッフがいるモニタ−・ル−ムから演奏家に連絡をするときに使う)のマイクに向かった。佐藤さんは続ける。「これから録音する曲には、すでにエア・フォ−ス(イギリスのロイヤル・エア・フォ−ス・セントラル・バンド/The Central Band of the Royal Air Force )のなかなかいい録音があります。この曲は、ぜひとも、それを上まわるものを録りたいと思います。よろしくお願いします」
 前日から始まっていたセッションの流れは、各曲ごとに、まずステ−ジ上で部分的なリハ−サルを行ない、同時にモニタ−・ル−ム(このときは "ステ−ジ裏の楽屋" を使用)ではディレクタ−やエンジニアたちがスピ−カ−を通して聞こえてくる演奏を聴きながらバランスなどの調整(リハ−サル中に終わることが理想)を行なう。その後、ステ−ジ上とモニタ−・ル−ムの折り合いがついたところで<テスト・テイク>に入り、<プレイ・バック(指揮者、プレイヤ−を含めた関係者で今録ったばかりのテ−プを聴く)>の後、<本番テイク>に入る。そういう流れだ。
 それだけに、まずステ−ジ上の演奏が出来上がることが優先で、ディレクタ−はひたすら指揮者からの "録音いきましょうか!!" の合図を待つのが普通の進め方だ。佐藤さんの "ト−ク・バック" は、そのリハ−サルに入る直前のタイミングで出た。筆者にも経験があるが、ト−ク・バック・スピ−カ−から流れてくるディレクタ−の発言は、顔や表情が見えない人からの言葉だけにみんな耳を澄ませて聞く。それだけに、ヘタをうつと、その場の空気をアッという間にシラケさせてしまったり、プレイヤ−に余計なプレッシャ−をかけるだけに終ってしまう(場合によっては "ドロヌマ" にはまってしまう)こともあるだけになかなか難しい。
 あとで聞いた話だが、このときの "ト−ク・バック" を聴いたプレイヤ−の中には昔のことを想いだして "ギョッ!?"(*)としたベテランもいたらしいが、大部分は "オオ−ッ!! 佐藤さん、エライやる気になってはるな−(大阪ロ−カル・ワ−ド)" と受け取り、俄然モチベ−ションも上がったという。結果、昼食休憩で気分をリフレッシュしたバンド全体の空気を一気にひきしめ、見事な集中力を発揮させることになったのである。さすが、百戦錬磨のベテラン・ディレクタ−だ。


((*) 佐藤さんの異名に<トランペット殺し>というのがある。氏はレコ−ディングで簡単に "OK" を出さない厳しいディレクタ−。それだけに金管奏者は恨めしく思えることも多々ある。東芝EMI時代の1975年2月に、佐藤さんが連続してディレクタ−をつとめた東京佼成ウィンドオ−ケストラ(吹奏楽ニュ−・コンサ−ト・シリ−ズ "吹奏楽オリジナル名曲集Vol.2"、TA-60012、LP) と大阪市音楽団(同 "吹奏楽オリジナル名曲集Vol.3"、TA-60013、LP) のセッションに参加したトランペット奏者が、何れも一人づつ、その後しばらくして亡くなるという不幸が偶然重なったこともあって、いつしかそう呼ばれるようになった。佐藤さんの名誉のために書いておかねばならないが、もちろんレコ−ディング・セッションが原因ではない)

しかし、この "ト−ク・バック" には別に伏線もあったという。
 実は、 "ニュ−・ウィンド・レパ−トリ−2000" 発売の1ヵ月前の3月に発売になるビクタ−の "バンド・レパ−トリ−・ネットワ−ク" (File No.02-07 参照)に同じ曲が選ばれて入ることになったという情報をレコ−ディングの直前にキャッチした "市音プログラム編成委員" には "ぶつけられた!!" という衝撃が走ったという。"選曲" はCDの生命線を握っている。 "売れなければ次がない" 自主企画盤だけに "選曲" の責任をすべて担うセクションとしては "同業他社" の企画には神経質にならざるを得ない。
 ビクタ−盤のプロデュ−サ−でもある佐藤さんは、合奏場での "練習" に立ち合った日に、委員の面々に詰め寄られ、「あれよりエエもん録らな(いい録音を録らないと)、あきまへんで−」と、かなりソフトな言いまわしながら録音を委ねた側の意志がハッキリと伝わる大阪ロ−カル・ワ−ドでヤンワリと "ハッパ" をかけられたのだという。東芝EMI時代に落語家の "桂 米朝" や "桂 枝雀" などのCDやビデオを手がけられ、ひんぱんに大阪を訪れている佐藤さんには、そのロ−カル・ワ−ドの言わんとしているニュアンスはハッキリと伝わったはずだ。
 その日の打ち上げの席(File No.01-08参照) で、プログラム編成委員の面々から、「ちょっと "ハッパ" かけといたら(セッションに入る直前に)突然マイクでしゃべりだしはりましてね…(大阪ロ−カル・ワ−ド)」と "逆に気合いを入れられた" という話を聞いた。プレッシャ−が掛かっていたのは、実は佐藤さんの方だったのかもしれない。しかし、レコ−ディング・セッションのディレクションが何であるかを知り尽くしているベテランならではの "絶妙のタイミングを見透かした" かのようなひと言。見事な演奏を引き出した、これぞ "ザ・プロフェッショナル!!" と呼びたくなるような、実に味のあるエピソ−ドだった。ご本人に伺ったわけではないが、録音が終了したあとのビ−ルはさぞかし旨かったに違いない。

 同じ日、筆者は、エレビ−からエア・メ−ルを受け取っている。
 「ディア−・ユキヒロ。ブリ−ズ・ブラス・バンドが演奏した "新世界の踊り" の録音を送ってくれて本当にありがとう。演奏を聴いてとってもエンジョイしている。彼らの輝かしい演奏に対するボクの "感謝の気持ち" と "祝辞" をバンドの方に伝えてほしい。
 この前の週末、マンチェスタ−のロイヤル・ノ−ザン音楽カレッジの "ユ−フォニアム/テュ−バ・フェスティヴァル" に行ってきたんだけど、そこで聴いた若き日本人ユ−フォニアム奏者、ショ−イチロウ・ホカゾノ(航空中央音楽隊の外囿祥一郎さん)によるボクの "ユ−フォニアム協奏曲" の演奏、それは信じられないほどのすばらしさだった。日本のプレイヤ−やバンドは相当にいい演奏をしてくれているように思う」
 エレビ−は、日本のプロフェッショナルたちの演奏に関して "常々スコア・リ−ディングと演奏解釈に感銘を受けている" と書いてきたことがある。この日も、返信で "市音" のレコ−ディング・セッションが無事終了したことを伝えると、 "CDができたら、ぜひ聴かせてほしい" と、興味津々の様子だった。

......つづく

(c)2000,Yukihiro Higuchi
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