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樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」
ファイル・ナンバー02
マーティン・エレビー:新世界の踊り
NEW WORLD DANCES (Martin Ellerby)
File No.02-07 < プロジェクト始動 >


例年12月の中頃にアメリカのシカゴで開かれる "ミッド・ウェスト・インタ−ナショナル・バンド&オ−ケストラ・クリニック" が間近に迫った12月11日、最終打ち合せのために、大阪市音楽団(市音)の田中、延原両氏(File No.02-02 参照)と深夜のミ−ティングを行なった。紆余曲折の末、「ニュ−・ウィンド・レパ−トリ−2000」の折衝役を市音の "プログラム編成委員" が担当されることになったからだ。
 アメリカやヨ−ロッパの出版社の多く(すべてではない)がブ−スを出す "ミッド・ウェスト" では、すでに市音が楽譜をもっている酒井 格(さかい いたる)さんの「大仏と鹿」と佐藤正人(さとう まさと)さんがトランスクライブを行なっている最中のラヴェルの「ダフニスとクロエ」をのぞく、すべての楽譜をその場で注文し、必要情報などを入手する手筈を整える必要から、この直前ミ−ティングはとても重要な意味をもってくる。
 席上、まず延原さんが「リストの選曲どう思います?」と口火をきり、田中さんも「曲名の日本語表記はまだ仮りのもので、また樋口さんが直してくれはると思うんで、とりあえずということで…(大阪ロ−カル・ワ−ド)」と続ける。
 これに対して、筆者は「クラシックのトランスクリプションとオリジナル・ピ−スが混在しているのは "なんで?" という感じなんですが、オリジナルだけをみるなら、バラエティーに富み、いろんなレベルの曲が入っているのでおもしろいと思いますよ。日本語表記に関しては修正しないといけないものが多々ありますが、そんなものはCDとして発売されたときにちゃんとしたものになっていればいいわけですから、気になさる必要はありません。ただ、ノ−トを書かないといけなくなった立場からすると、一筋縄でいきそうでない、いやな予感がする(後日、これが的中する)曲が入っていましてね…」と、まずピ−ト・スウェルツの "SHIRIM" を挙げる。
 すると、延原さんが「すいません。もう1曲、民族音楽的な候補曲があって、その2曲からこちらを選んだんですが….。このタイトル、こちらでもいろいろ調べてみたんですが、ようわからんのですわ(よく分からないのです)。イスラエルの民謡みたいなん(のようなん)ですけど。まあ、樋口さんやったら、きっとなんとかしてくれはる(いただける)と思って….(大阪ロ−カル・ワ−ド)」と答える。
 筆者は、「いや、これはなんともならないかも知れません。ユダヤやアラブのものを扱うときは、細心の注意が必要なんですよ。万が一にも間違ったことは書けない。この曲のオランダ盤CD(de haske、 DHR02.024-3)はボクももっていますけど、その英語のノ−トにもほんとにロクなこと書いてありませんし…」と、感想を続け、さらに「その他には、日本ではまったく知られていないダ−レン・ジェンキンズ。この人はアメリカ人なので、うまくいけばシカゴにきているかも知れません」と、そこまで言うと、「わかりました。それについては、シカゴでサザ−ン(アメリカのテキサスにある出版社 "Southern Music")に頼んで、写真とプロフィ−ルを手配させますわ」と田中さんが即答する。
 田中さんとは、これまでいくつも仕事をしてきた間柄なので、こっちの考えていることがツ−カ−で通じてしまうことがある。このときは "おお!?" と思いつつ、それをお願いすることにした。わずかでも役割分担してもらえると、作業の進行がスピ−ド・アップするからだ(たとえ、お願いしたことがうまくいかなかったとしても、こういう申し出はとてもうれしい)。
 その後、この日の深夜ミ−ティングでは、他の収録予定曲についても1曲ごとに楽譜や情報の入手の段取りなどの細目が打ち合されていき、マ−ティン・エレビ−の「新世界の踊り」に関しては、万が一、楽譜出版が間に合っていなかった場合には、ブリ−ズ・ブラス・バンドのとき(File No.02-04 参照)と同じように、 "筆者があらためて出馬" することとなった。そして、こういう作業がすべてが終ったときには、とっくの昔に日付が変わり、また午前4時近く。眠い。

年が明けて2000年。ミレニアムの年だ。届いた年賀状を見ていると、いつも "ニュ−・ウィンド・レパ−トリ−" シリ−ズを製作技術面、販売面でサポ−トしている広島の(株)ブレ−ンの加藤雄一(かとう ゆういち)さんからの1枚が目にとまった。「…、又、市音のお仕事で解説をという話、伺いました。是非いい一枚にしたいものです」 "久しぶりにノ−トを書くということが、もう伝わっているのか"
 昨年は、このシリ−ズの1999年盤も含めて、いくつもの "仕事" をお断りしていただけに、どうも今度のことをきっかけに "現場復帰" と思われているのかもしれない。この世界は狭い。 "尾鰭(オヒレ)がついて話が業界を駆けめぐる前に、ちゃんと話をしておかねば….。" 同社の仕事始めの日に、早速、電話を入れて筆者の置かれている状況が何も改善されていないことと今回の経緯を説明し、今度のノ−ト執筆はあくまで例外中の例外であること、練習や録音、編集には一切立ち合わない(これまでは、国内録音の場合、関係するすべての録音現場に "出没" していた)こと、などをお話しした。受話器の向こうの声は、少しがっかりされた様子だった。きっと気を悪くされたに違いない。

 1月8日、シカゴから帰国された延原、田中両氏が来宅されて、現地での進捗状況などの説明を受けた。OK、すべて順調だ。
 そして、松の内もとれた頃、自宅の留守電になつかしい声のメッセ−ジが入っていた。それは作曲家の森田一浩(もりた かずひろ)さんからのものだった。氏とは、90年代に東芝EMIが "吹奏楽マスタ−ピ−ス・シリ−ズ" という全30枚というシリ−ズCDを制作していたときからのお付き合いだった。こちらがしばらく自宅に戻っていなかったもので、メッセ−ジが録音されてからすでに何日かが経過していたが、「ちょっと教えてほしいことがあって…」というメッセ−ジだったので、 "なんだろう?" と思いつつ、早速、受話器をとった。

バンド・レパ−トリ−・ネットワ−ク
ジャケット

「お久しぶり!!」と両者、お互いの近況をしゃべりあった後、用向きをたずねると、それは、3月にビクタ−・エンタテインメントから出す "バンド・レパ−トリ−・ネットワ−ク" というCD(VICG-60268、3/23発売)に関してのことだという。しかも、質問は、そのCDに入るエレビ−の「NEW WORLD DANCES」のことだという。
  "恐らく、マスタ−ピ−ス・シリ−ズのときと同じように、レ−ベル原稿をチェックしたり、ブックレットの版下を校正したりするような仕事をされているのだろうな" と思いながら、氏の質問に答えていった。
 森田さんは、まず「樋口クン、前に "バンドピ−プル" に書いてたけど、この作曲者の名前の呼び方は "エレビ−" でいいんだよね」と念を押すような最初の質問。「ハイ、エレビ−です」と答える。
 続いて、タイトルについて「これは "ニュ−ワ−ルド・ダンス" なのか、それとも "ニュ−・ワ−ルドダンス" なのか、どっちなんだろうか」という質問。 "ン?おもしろい質問だ。<'新しい世界' の踊り><新しい '世界の踊り'>のどっちだろうなんて" と思いながら、「この "NEW WORLD" は、ドヴォルザ−クの "新世界" 交響曲なんかと同じで、ヨ−ロッパの側から見た "新世界" すなわちアメリカ新大陸のことをさしています。ですから、ボクは "新世界の踊り" というタイトルを使っています」と答える。
 すると、続いて「これって、 "ア−ス・ダンス" 〜 "ム−ン・ダンス" 〜 "サン・ダンス" という3つの音楽が入っているでしょう。インタ−ネットなんかを調べると、2つ目が "月の踊り" で、3つ目が "太陽の踊り" というのはよくわかるんだけど、最初の音楽が "地球の踊り" じゃなくて "大地の踊り" となっているのがあったりするんだよ。これは一体どっちなんだろう」と、だんだん質問も踏み込んだ内容になってくる。
 筆者は、「 "大地の踊り" と訳した "犯人" は、ボクです。放送(NHK−FM "ブラスのひびき" )のときにアレコレ考えましてね。まず、 "地球の踊り" 〜 "月の踊り" 〜 "太陽の踊り" と訳した場合、宇宙を題材にした曲のように誤解される可能性が高い。この曲は、フロンティア・スピリットの西部開拓時代をイメ−ジしていますので、開拓者や原住民が(いやおうなく)相対した神のようにも思える自然界の事象をタイトルに選んでいるんです。本当は、日本語の文字数を合わせたくて "地(チ)の踊り" 〜 "月の踊り" 〜 "陽(ヒ)の踊り" でいこうと思ったんですが、文字が伝えられずに声のアナウンスだけになるような場合、そうしゃべると意味が正しく伝わらない( "地" を "血" 、 "陽" を "火" という "音" が同じで、まったく "意味" が違う語だと思われてしまう)可能性が高いので、それはマズイと思いましてね。
 もともとブラス・バンドの曲で、昨年の "ブリ−ズ・ブラス・バンド" のコンサ−ト(File No.02-03 参照)のときにも、 "大地の踊り" 〜 "月の踊り" 〜 "太陽の踊り" としていただききました。」と答えた。
 すると、森田さんは「エッ?ブラス・バンドの曲なの?」とたいへん驚かれた様子。こちらは、何故そんなに驚かれているのかわからなかったが、 "イギリスのブラス・バンドの<アメリカ演奏旅行>に際して作曲されたこと" など、その時点で知っているかぎりの作曲の経緯をお話しした。
 しかし、その後、心臓が飛びだしてしまいそうなぐらいビックリする質問がくる。
「今度、市音でもこの曲を録音するんだよね。これって、樋口クンの推薦なの?」
"エッ!?録音プランが部外に洩れている!?" と思いながらも、「いいえ。確かに市音の方から新しい曲の情報を求められて、何曲かの資料をお渡ししましたけど、最終的に曲を選ばれたのは市音の方々です。市音のCDでもさっきお話ししたタイトルにして下さい、と申し入れてあります」とお答えした。
 すると「佐藤方紀(さとう やすのり)さん(File No.01-02 & 01-08参照)がディレクタ−をされるので、きっとそういうことになるでしょう。あと、さっき言ってた "ブリ−ズ" の演奏って、CDになってないの?」と、さらなる質問。「残念ながら、なっていません」とお答えしたが、森田さんが録音プランを知っていた理由も今の発言で同時に判明。市音のレコ−ディングをディレクションする佐藤さんこそ、一方でビクタ−の「バンド・レパ−トリ−・ネットワ−ク」のシリ−ズを企画・制作しているプロデュ−サ−なのだから…。
 日本のウィンド・バンド・ワ−ルド。本当に狭い!?

......つづく

(c)2000,Yukihiro Higuchi
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