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樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」
ファイル・ナンバー02
マーティン・エレビー:新世界の踊り
NEW WORLD DANCES (Martin Ellerby)
File No.02-05: <オリジナルの秘密>


▲イギリス青少年ブラス・バンド
(NYBB公式リーフレットから)

9月(1999年)、大騒動の末に「新世界の踊り」オリジナル・ブラス・バンド版の "ファクシミリ・エディション" が届いた。曲名 "NEW WORLD DANCES" の上部に印刷されている「For Roy Newsome and the National Youth Brass Band of Great Britain(ロイ・ニュ−サムとイギリス青少年ブラス・バンドのために)」という献辞が誇らしげだ。スコアもパ−トも、あとはコピ−ライト・ライン(一般に楽譜の下部にある "著作権が何年に発効したか" とか "著作権の所有者が誰であるか" を明記している表示部分)などを活字にするだけで、すぐにでも "売りに出せる状態" 、つまり完全版下直前の状態だった。スコアは、フル・スコアがセットされていたが、それをはじめて見たとき、実は「エッ1?」という声が出てしまった。思いもよらない "29段" もあるスコアだったからだ。
 一般的(*)に "ブラス・バンド" という合奏形態は、25名の金管奏者と2名ないし3名の打楽器奏者からなる "基本編成" や "各パ−トの人数" が決まっている。これはイギリス国内のブラス・バンド・コンテストにおいて、出場する各バンドの編成に差異や不公平がでないように "レギュレ−ション" が定められたことがル−ツだ。従って、<全英選手権>や<全英オ−プン選手権>、<オ−ル・イングランド・マスタ−ズ選手権>などの主要コンテストでは、各バンドはすべて同一編成でステ−ジに登場し、また、それら選手権のためのテスト・ピ−ス(課題)として書かれた近年の新作 "ブラス・バンド・オリジナル" も、そのほとんどがこの "レギュレ−ション" にそって作曲されている。((*) 救世軍のブラス・バンドの編成は若干違う)
 しかし、公園のパブリック・コンサ−トや街頭のマ−チングで見かけるイギリスのブラス・バンドの編成がすべて同一なのかといえば、実際にはそうとは限らない。 "理想と現実" のギャップはいずこにもある話。 "ブラス・バンド王国イギリス" といえどもすべてのバンドが同じ力量のプレイヤ−を常時揃えることができるとは限らないので、各バンドの音楽監督の裁量でウィ−ク・ポイントとなっているパ−トにエキストラ・プレイヤ−を入れて補強するようなことは比較的自由に行なわれているからだ。しかし、その場合でも楽譜上にあるパ−トを省いたりすることはふつう考えられず、 "ブラス・バンド・オリジナル" の演奏などに際しては、音楽的に重要な箇所では楽譜どおりの "音数(おとかず)"で演奏される。
 もちろん、音楽カレッジや音楽学校出身のプロもしくはプロ水準のレベルの高い均質なプレイヤ−を揃え、前記のようなトップ・コンテストへ常時出場をめざすような "チャンピオンシップ・セクション(Championship Section)" にランキングされるバンドは、普段から "基本編成" で演奏活動を行なっている。(余談ながら、映画「ブラス(Brassed Off!)」で、日本でもおなじみになった "グライムソ−プ・コリアリー・RJB・バンド" も、現在は "炭坑労働者によるアマチュア・バンド" というわけではない)

▲モーティマー指揮、ブラスの男たち
英EMIのロングセラーLP "Sousa the Great" (Columbia, TW0113廃盤

また、イギリスの人々は、いくつかのバンドが集まって合同で演奏を行なう、いわゆるマス・バンド(Massed Bands)が大好きだ。 "ミスタ−・ブラス・バンド" という敬称で人々に親しまれた故ハリ−・モ−ティマ−(Harry Mortimer)が率い、コンサ−トだけでなく、レコ−ディングやラジオ出演も積極的に行なった有名なブラス・オ−ケストラ "ブラスの男たち(メン・オ−・ブラス/Men O' Brass)" も、モ−ティマ−が普段から指揮をしていた "B.M.C.(モ−リス)""フェアリ−""フォ−デンズ" という1950〜60年代に名をはせた3つのトップ・ブラス・バンドによってスタ−トした金管75名プラス打楽器という超強力なグル−プだった。


というわけで "ブラス・バンド" の編成の運用は、コンテストやオリジナル・ピ−スの作曲上のインストゥルメンテ−ションを除いて、イギリスでは日本人が想像するよりもっと柔軟に対応していることもあることを知っておいて欲しい。
 さて、エレビ−が「新世界の踊り」を作曲した "イギリス青少年ブラス・バンド" は、もちろんコンテストをめざす種類のバンドではない。メンバ−はイギリス全土からオ−ディションや推薦を通じて集められ、その演奏活動に参加することを通じてイギリス音楽界の重鎮や世界的演奏家から直接いろいろなことを吸収できるすばらしいプログラムだ。そのときの社会情勢などの要因から定員は多少増減があるが、コンテスト出場をめざすバンドではなく、 "育成" や "将来" を睨んだプログラムなだけに、編成もブラス・バンドの"基本編成" のパ−ト数をそのままにして人員だけを拡大したサイズとなっている。わかりやすく言うと、このバンドでは、コンテスト用 "基本編成" では1人しか奏者がいないパ−トに、さらに1人以上の奏者をダブらせているわけだ。
 「新世界の踊り」のオリジナル・ブラス・バンド版の楽器編成は、File No.02-01 <作
品ファイル>に示したとおりで、ごく一般的なブラス・バンド・オリジナルだと必要に応じて各パ−ト内で<tutti → div. ><div.→ tutti>というように、音や動きを分けたり、ダブらせたりするところを、div.扱いが可能なら最初から独立パ−トとして扱っているのが大きな特徴である。
 一例を挙げると、 "基本編成" のバンドだと最低4人の奏者がいる[ソロ・コルネット]パ−トでは、最大4つまで "異なった音" や "独立した動き" をdiv.で扱うことが可能だが、この曲では[ソロ・コルネット]パ−トを最初から[ソロ・コルネットT]〜[ソロ・コルネットW]とさらに細分化して4つに分けている。そんなわけで、一般的なブラス・バンド・オリジナルだと20段程度のフル・スコアですべてのパ−トが納まるのに、「新世界の踊り」では29段という、ブラス・バンド・オリジナルとしては、にわかには信じ難い段数の多いスコアとなっている。エレビ−は、演奏要員の余裕を楽曲の上で有効に活用していたのである(結果的に、この "音数" の多さが、後日、パ−ト数が相当多いウィンド・バンド版への改作時に役にたったことは間違いない)。
 しかし、一方で "基本編成" の人数ワクはギリギリのところで守られ、4パ−ト(ふつうのブラス・バンド曲は2〜3パ−ト)ある打楽器用にエキストラ奏者を1名確保さえすれば、一般的な "基本編成" のブラス・バンドでも充分に演奏可能(瞬間的に奏者ひとりひとりがまったく違う独立パ−トを吹く可能性もあり、とてもスリリング!! しかし、誰かが "落ちて" しまい、一瞬でも演奏をやめてしまうと…)となっていた(打楽器が4パ−トもあることも、あるいは出版を遅らせる原因になったのかも知れない)。
 BBBの上村さんも、スコアをチェックして一瞬驚かれたようだが、その後まもなくして、「もう1人 "タイコのトラ" 入れて、やろう(演奏しよう)と思います。4パ−トありますしね(大阪ロ−カル・ワ−ド)」との電話が入った。 "タイコのトラ "とは、エキストラのパ−カッション奏者を意味するのだが、結局、超ビンボ−なBBBに、またまた余計な出費を強いることになってしまった。

......つづく

(c)2000,Yukihiro Higuchi
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