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樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」

ブリ−ズ・ブラス・バンド(BBB)の常任指揮者、上村和義さんとの真夜中のミ−ティングの後、まず「新世界の踊り」の出版権を持つイギリスの出版社ステュ−ディオ・ミュ−ジック(Studio Music Co.)に "オリジナル・ブラス・バンド版" の楽譜について問い合せてみた。順序として、曲を管理する出版社に問い合せるのが最もフォ−マルな方法だし、前回の問い合わせからかなり時間も経過し、バ−ジョンIIであるウィンド・バンド版も出版準備が進んでいたことから、「ひょっとすると、もうすでに・・・・・・」と考えたからである。しかし、珍しいことに、同社からはなかなか返答がこない。上村さんからは「返答ありましたか?」と矢のような催促の電話が何度もある。しかし、国際間のフォ−マルな問い合わせや交渉ごとには、多少時間がかかろうが必らず返答があるので、「ものには順序があります。お急ぎでしょうが、問い合わせはすでに出してありますから、待つしかありません」と返答する。
 楽譜の出版は、とてもリスキ−な事業だ。 "時間がかかっている" というのは、先方になんらかの事情があるからと理解しなくてはならない。 "オリジナルで特殊楽器が使われているような場合、その扱いを出版楽譜でどうするのか決まっていない" とか "作曲家がバ−ジョン・アップのために手直ししたいと申し出てきている" など、楽曲自体の出版前の最終チェックが完了していなかったり、もっとも効果的な発売時期をさぐっていたり、ときには、突然の問い合わせに対する返答のためのミ−ティングまで行なっていることもあるからだ。今は待つしか手がない。
 それから3週間近く経過した7月下旬、待っていた返答がやっときた。「できるだけ近いうちに出版の予定だが、まだ決定には至っていない。」
 なんのことはない。前回と何ら変わらない回答だった。 "できるだけ近いうちに/アズ・ス−ン・アズ・ポッシブル(as soon as possible)"。英語には都合のいい言い方があるものだ。これは実際には "具体的には何も決まっていない" ということを意味する。間違っても "もうすぐなんだな" などと希望をもってはいけない。ただ、現実問題としては、一旦そう切り出されると、それ以上、何も話を進めることができなくなってしまうことが多いだけに困ってしまう。しかも、相手は質問に対して "誠意ある正確な回答" をしたことになるのだからなんとも始末が悪い。
 しかし、今度は演奏会が決まっているだけに、「ハイ、そうですか」と簡単には引き下がれなかった。予定の行動ながら、早速、つぎの手に移ることにした。作品を委嘱した初演者と作曲家を "その場" に引っ張りだそうというのである。

▲NYBB公式リーフレット

幸いにも、作曲を委嘱し、世界初演したイギリス青少年ブラス・バンド(The National Youth Brass Band of Great Britain/略称:NYBB) の音楽監督ロイ・ニュ−サム博士(Dr.Roy Newsome)とは、1990年のジョン・フォスタ−・ブラック・ダイク・ミルズ・バンド(John Foster Black Dyke Mills Band /その後、2度バンド名を変更し、現在のバンド名は "Black Dyke Band (1855)" )の日本演奏旅行にゲスト指揮者として参加されていたときに意気投合して以来、お互いを <ロイ><ユキヒロ> とファ−スト・ネ−ムで呼び合うお付き合いをさせていただいていたし、作曲者のマ−ティン・エレビ−とは、1996年、ロンドンのロイヤル・アルバ−ト・ホ−ルで開催された "全英ブラス・バンド選手権(The National Brass Band Championship of Great Britain)"のチャンピオンシップ部門決勝で、例年だと前年のチャンピオン(つまり "ディフェンディング・チャンピオン")が行なう "ガラ・コンサ−ト" のステ−ジを、ディフェンディング・チャンピオン "ブラック・ダイク・ミルズ・バンド" の代わりにブリ−ズ・ブラス・バンドが任されるという、歴史と格式を誇る全英選手権史上 "かつてなかった出来事" があったときに、コンサ−ト終了後のステ−ジの上で作曲家のジョ−ゼフ・ホロヴィッツ(Joseph Horovitz/エレビ−の作曲の師でもある)から紹介を受けて以来、旧知の間柄だった。
 相手は知り合いとはいえ、これは "交渉ごと" なので双方に記録が残る必要がある。早速、ニュ−サム博士に依頼する用件を文面にしてFAXを発信した。内容の概要は、以下のようなものだった。


1)  ご承知のように、上村和義と<ブリ−ズ・ブラス・バンド>は、これまでに数多くの現代作曲家と "ブラス・バンド・オリジナル" を日本に紹介してきましたが、きたる1999年10月27日、大阪のサンケイホ−ルで行なわれる "ライムライト・コンサ−ト18" において、今度はマ−ティン・エレビ−があなたのNYBBのために作曲した「新世界の踊り」をぜひとも取り上げたいと希望しています。実現すれば、その演奏は日本初演になります。
2)  楽譜についてステュ−ディオ・ミュ−ジックに問い合せましたが、「出版予定」との回答で、コンサ−トに間に合わない可能性があることがわかりました。
3)  もちろん、BBBは出版がコンサ−トの準備期間の前になるなら、楽譜を購入して 演奏します。しかし、残念ながらそうでなさそうです。そこで、作曲者の同意が得られるなら、 "念のため" NYBB所有のスコアとパ−トを、この "コンサ−ト限定" という条件でお貸しいただけないでしょうか。(費用はBBBが全額負担)


 博士のFAXナンバ−は電話兼用タイプ。博士の在宅時は「ハロ−!! ニュ−サム」と博士が受話器をとった後、相手がFAXだと気づいた場合すぐにFAXに切り変わる。不在の場合は、録音された応答メッセ−ジにつづいて自動受信に切り変わる。ところが、その日はなんらかの障害があるようで、博士が応答に出てFAXに切り変わるが、途中でアラ−ムが鳴ってうまく流れない。もう一度トライしたが、結果は同じだった。「こりゃ、ダメだ。」
 どこまで文章が届いたかも、こちらではわからない。博士が在宅中なのは確かなので、筆者はすぐ電話をかけることにした。


▲ロイ・ニューサム博士

「ハロ−!!ニュ−サム。おお、ユキヒロか。 "新世界の踊り" の演奏を決めてくれてありがとう。あれはいい曲だ。」と、いきなり早口で話しかけてくる。どうやら、文面の一部は届いているようだ。しかも「新世界の踊り」の演奏に関しては間違いなく歓迎されている。そこで、相手の話をさえぎって「ところで、ロイ。FAXは完全に届いている?」と訊ねてみた。すると、「いや、途中で切れている。ペ−パ−切れだ。ミュリエル(博士の奥さん。ブラス・バンドをやっている人は、みんな自分の子供か孫のように思っているとてもお茶目な "おばちゃま" で、ブラス・バンド関係者すべての人から愛されている。BBBがパワ−全開で練習を行なっている大音響のリハ−サル室の中で、それをさも "いつものこと" であるかのように軽く受け流しながら何時間も楽しげに編みものをされていた姿が忘れられない)に、新しいのを用意しておくように言っておいたんだけど・・・・。」とブツブツいい始めたが、すぐに話題に戻って「楽譜はNYBBのライブラリ−にあるので、 "貸し出し" については、マ−ティンにきいてみるから少し時間をくれないか。」と返答してくれた。どうやら、肝腎の用件部分は届いていたようだ。
 一安心して「了解」と返事をすると、「今日は "ジャパン・デ−" だ。さっきも、サチ(内田佐智さん。大阪音楽大学で作曲を学んで中学校の音楽の先生になったが、BBBの演奏を聴いてブラス・バンドに魅せられ、単身イギリスのソルフォ−ド大学に留学。フィリップ・ウィルビ−やピ−タ−・グラハムに作曲を学び、最近作曲したブラス・バンドのためのマ−チが作曲コンテストで一等賞に輝いて、近々出版予定という。京都府の久御山町立久御山中学校の先生をされていたときには、吹奏楽部の指揮者としてディルク・ブロッセの「エル・ゴルペ・ファタル」の日本における初演奏を行なった)から電話があったばかりで、それが終ったと思ったら、今度は君からのFAXと電話。とても愉しい日になった」と、博士はゴキゲンな様子。相手につられてお互いの近況やFAXの脱落部分などをしゃべっていると、結構な長電話になってしまった。



 7月27日、博士からFAXで返答が届いた。「今朝、マ−ティン・エレビ−から電話があって、 "新世界の踊り" の楽譜についてはステュ−ディオ・ミュ−ジックから出版されることになっているので、同社から楽譜を買ってくれないか、と言っている。私はこれがベストな方法だと思う。なぜなら、もし、NYBBの楽譜セットを短期間そちらに送ったとしても、それは限られた短期間の貸出しになり、BBBがセットを買うなら、BBBは希望するときに何度でも演奏できるのだから。
 そこで、同社にいるフィリップ・スパ−ク(Philip Sparke)にコンタクトすることをおすすめする。彼が君の助けになってくれると確信するので。しかし、もしうまくいかなかったら、もう一度、私に連絡してほしい。ただし、7月31日から8月15日までは、NYBBとブラス・バンド・サマ−・スク−ルのために留守にしている。今年は、およそ 100名というものすごい数の生徒の面倒をみることになって、・・・・・・・・・ 」

 これで振り出しに戻った。少なくとも、この時点では当方の "せっばつまった" 事情が作曲者に伝わっていないのは確かだった。さて、どうする。博士は、筆者とフィリップが親交を結んでいるのをよく知っているので、彼の名を出したんだろう。取り急ぎ指示に従ってフィリップに連絡をとってみることにした。例年のサマ−・バケ−ションに入っていなければいいのだが、と祈るような気持ちで・・・・・・・・。
 連絡をとると、フィリップはステュ−ディオ・ミュ−ジックの事務所にいた。用件とこれまでの経緯を伝えると、「ボクはすぐに長いバケ−ションに入るが、その間事務所に残る者に、すぐ "ファクシミリ・エディション" のフル・スコアとパ−ト譜を準備して送るように指示を出しておいた」と即答してくれた。BBBの活動と "ライムライト・コンサ−ト" を高く評価してくれているフィリップならではのすばやい対応だった。
 "ファクシミリ・エディション" とは、出版社の承認の下に特別に作られる楽譜の清刷りコピ−のことで、アメリカの出版社あたりでも "オ−ソライズド・コピ−" と称して、出版社によっては "絶版" になった曲でもこの方法で手に入れることができる場合もあるので覚えておくと便利だ。しかし、 "ファクシミリ・エディション" を用意できるということは、「新世界の踊り」のブラス・バンド版は、出版社の中ではすでに版下が校了していることを意味している。作曲者もそれを知っていたので楽譜を買って欲しいといったのだろう。しかし、これまでの経験で、筆者は版下が完全な状態になっていても楽譜がすぐに出版されないケ−スや、場合によっては "おクラ入り" になったケ−スをいくつも知っている。(実は、驚くべきことに、2000年4月に至っても「新世界の踊り」のオリジナル・ブラス・バンド版の出版は決まっていない)何はともあれ、大騒ぎの末ようやく楽譜を送ってもらう約束をとりつけて、まずは一安心。さっそく、上村さんに "演奏OK" の電話を入れた。BBBは、これでやっとコンサ−トの告知(チラシを作ったり、マスコミに情報を流したり、などなど)を進めることができるようになった。

 しかし、現実はいつもドラマチック。実際には8月の下旬に至っても楽譜は到着せず、フィリップのバケ−ション明けを待って再度連絡をとると、彼もビックリ仰天。「なぜこうなってしまったのか、信じられない気持ちだが、作製を任せた者がそれをすっかり忘れてしまっていた!?」というシドロモドロの返答。結局、この "ファクシミリ・エディション" は、フィリップが大あわてで作製して自ら梱包し、9月上旬に無事到着した。

......つづく

 

(c)2000,Yukihiro Higuchi
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