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スペシャル:樋口幸宏 >>インデックス
樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」

▲「新世界の踊り」日本初演中のBBB
(於:サンケイホール 1999.10.27)

エレビーの「新世界の踊り」のオリジナルは、1996年、サクソルン属金管楽器と打楽器を中心とする楽器で構成される合奏体、すなわち "ブラス・バンド編成" の楽曲として作曲された。当然ながら、日本における初演奏も、1999年10月27日(水)に大阪のサンケイホールにおいて催された "ブリーズ・ブラス・バンド(BBB)" の "ライムライト・コンサート18" で、同バンドの常任指揮者、上村和義の指揮で行なわれた。
 この日本初演が最初に計画されたのは、作品の情報をBBBがキャッチした1997年のことだった。しかし、このときは以下のような理由から将来の機会に見送られた。まず、作品の著作権をもっているイギリスのステューディオ・ミュージック(Studio Music Co.)に問い合せた結果、その楽譜は出版予定だがまだ少し先になりそうだという回答が得られたこと。加えて作品の完成から一定期間、演奏権は作品の委嘱者(この作品の場合、イギリス青少年ブラス・バンド/The National Youth Brass Band of Great Britain)に属し、他は演奏できないケースがあることも容易に予想できたことからだった。結果、この作品は将来の演奏予定曲としてストックされた。
 その演奏が再びプランに上がったのは、1999年春のことだった。この年、BBBは "大阪文化祭賞" の本賞を受賞し、その活動内容に注目したサンケイ企画が「いろいろあるBBBのコンサートの中でも、 "ライムライト・コンサート" を、ぜひとも、うちのホールで開催させてもらえないだろうか」と打診してきたときのことだった。 "うちのホール" とは、JR大阪駅にほど近い大阪北区の桜橋交差点の西側に位置するサンケイ新聞(産業経済新聞)大阪本社内の "サンケイホール" だった。昭和28年(1953年)にオープンしたこのホールは、1452席の客席をもち、普段は「桂 米朝独演会」などの落語会や講演、演劇、映画などが開かれている多目的ホール。新聞社のホールだけに、大阪の人なら知らない人はいないというくらい有名なホールだが、建てられた時期が "敗戦" からそんな遠くない "復興の熱意はあるが何をやってもすべて手探り" の時代だっただけに、今のパブリック・ホールと比較すると、アコースティックな演奏団体がコンサートを開くには、設備面や音響特性など、事前に解決しておかないといけない課題も少なくないホールとなっていた。とくに大きな問題になりそうだったのは、ステージの奥行きが大きくとられていないこと、そして、音響特性がデッドな(いわゆる "響かない")ことだった。そんな事情もあって、音楽専用ホールが増えてきた昨今、PAを使わないアコースティックなクラシック系コンサートが開かれることはごくごく稀だったが、近年、館長が代わってからは "音楽ホール" としても積極的に活用していくという方針を打ち出していた。




 

▲「ライムライト・コンサート18」
プログラム

一方、 "ライムライト・コンサート" は、BBBの自主コンサートの中でも最も重要なシリーズであり、他の演奏団体の "定期演奏会" に相当する。ブラス・バンドの本場ヨーロッパに今流れている "風" をタイムラグなしに日本に届けるという明確なコンセプトのもとに、毎回、つぎつぎと創り出されるブラス・バンド・オリジナルの注目作を取り上げるだけでなく、シリーズ3回目のコンサートとなった1992年の "ライムライト・コンサート3" 以降、指揮者、作曲家、ソロイストなど、現在のブラス・バンド界の "顔" というべきゲストを海外から続々と招いている。ブラス・バンド・ファンだけでなく、演奏家にとっても本場ヨーロッパと日本を直結する "夢多き" コンサートなだけに、演奏サイドにも "持ち出し(自腹を切る)" がある一方で、いろいろな "こだわり" もある。コンサートに使うホールの "響き" も重要な要素だった。
 BBBの常任指揮者、そして代表者でもある上村和義さんからサンケイ企画の提案について最初の相談があったとき、筆者は "ブラス・バンド" という合奏形態が、個々の管楽器が出す音を直接的に聴衆に届けるものではなく、ステージの上でブレンドさせた音を反響板などを利用して聴衆に間接的に届けて、あたかも "パイプ・オルガンであるかのような" 奥行きの深い合奏サウンドを作り出していることから、「ホールの "響き" を味方にできないホールでのコンサートは、できれば避けて通る方がいいのでは」と答えた。当然ながら、BBBのミーティングでも賛否両論の意見が出たという。
 議論百出の末、「将来もっとコンサートを開くことのできるホールにするため、ぜひともチャレンジさせてほしい」とするホールの熱意ある提案でもあり、BBBもそれに真正面から取り組んでみることになった。そして、可能な限り音響を改善するために、ホールで実際に演奏を行なってみるなど、事前にさまざまな試みが行なわれ、既存ステージの上に反響板を特設したり、ステージ自体も客席をかなりつぶして前方に大きく張りだされることが決まった。
 演奏プログラムや招聘ゲストもホールの音響特性から選ばれた。
 一般に、ブラス・バンドは、残響が短くキャパシティーの大きなホールでは、聴く者を圧倒するようなパワフルな音楽においても、各パートの動きの細かいディティールをくっきりと、かつスリリングに表現することができる。言い換えると、動きの激しい現代作品向きというわけだ。他方、ディナーミクの設定が小さい音楽の場合は、できるだけ不協和音が使われておらず、音と音の隙間が少なく合奏音が "スカスカ" にならないようにオーケストレーションされている作品を選ぶことが肝要だ。BBBでの正式決定を受けて、6月下旬、上村さんが再び来宅され、筆者所有の音源を聴いたり、楽譜などの資料に目を通しながら、徹夜作業(毎度おなじみ!?)で、すでにアウトラインが決まっていたゲストの人選や選曲を一からやり直す作業に入った。


 

BBBの "ライムライト・コンサート" シリーズで事実上のメイン・プログラムになる "ブラス・バンド・オリジナル" は、ふつう実際にプログラムにあがる1〜2年前から候補曲を絞りながら計画的にストックされていく。1999年秋の "ライムライト・コンサート18" の場合は、マーティン・エレビーの「ヴィスタス」とフィリップ・スパークの「海の風景」が候補曲となっていた。いずれも "山" や "海" をテーマとする壮大なスケールの作品で、何よりも音楽の中から "情景" や "詩情" といったものが浮かび上がってくる点が魅力だった。しかし、両者ともテーマがテーマだけに、実際に演奏が行なわれる空間に "響き" や "余韻" を十分に楽しむことができる "音響上のゆとり" が少ないと、演奏者がどんなにリハーサルを重ねて演奏を作っても、聴衆にその魅力を余すことなく伝えることがほとんど不可能に近い、そんなキャラクターの作品でもあった。
 「今度のホールにふさわしい作品ではない。」ふたりは、まず、それを確認した。
 代わって浮上してきたのが、アイディアをストックしたままにしていたエレビーの「新世界の踊り」だった。演奏時間8分程度のこの作品は、同15分以上という前記2曲に比べると作品のサイズこそ小さいが、現代的で斬新なアイディアを使って書かれたリズム感あふれる2つの音楽を前後にもち、その中間にフリューゲルホーン・ソロをフィーチャーした情感あふれるメロディーを聴かせるという、全く違った魅力をもったメリハリの効いた3曲構成(速い〜ゆっくり〜速い)の組曲だった。と同時に、何よりも今回与えられたホールの特性に対する選曲上の命題を見事にクリアする作品だった。さらに、音楽としてのおもしろさだけでなく、もともとがユース(青少年)・バンドのために書かれた作品だけに、演奏技術においてもアグレッシブにすぎる要求がなく、将来、日本のアマチュア・ブラス・バンドの重要なレパートリーになり得る可能性をもっている作品だと判断された。
 まだまだ日本国内の "ブラス・バンド" のコンサートが少ないだけに、BBBのプログラミングは、たとえそれが自主コンサートであっても一人よがりの自己中心的陶酔の世界に走るのではなく、 "将来" を見据えての "提案" を常に盛り込んでいくというテーマをひとつの命題として行なわれているわけだ。
 BBBの "ライムライト・コンサート18" の第1部のトリを彩るブラス・バンド・オリジナルは、こうして選曲された。早速、楽譜の手配に入ったが、実際には、ここからの道程も意外なほど長かった。

......つづく

(c)2000,Yukihiro Higuchi
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