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樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」


昨年(1999年)11月の半ば、大阪市音楽団(以下:市音)のトランペッター、田中 弘(たなか ひろむ)さんに電話をした。田中さんは、市音の演奏プログラムを立案し準備する "プログラム編成委員" のひとり。スクール・バンドの世界で全国にその名を轟かせている京都の洛南高等学校の出身で、大阪音楽大学を経て市音に入団されたという、いわば "吹奏楽の虫" である。市音きっての人情家のひとりで、お酒にまつわる武勇伝にもこと欠かないが、少々怪しげな "関西風イングリッシュ" を駆使して、毎年12月にアメリカのシカゴで開かれる<ミッドウェスト・バンド&オーケストラ・クリニック>にも私費で参加されるなど、氏のウィンド・ミュージックにかける情熱は並々ならぬものがある。
 しかし、何事に対しても直接あたって道を切り開いていく "まずは行動ありき" というタイプだけに、氏の行く先々では自然発生的にハプニングも起こってしまう。シカゴのクリニックでもこんな出来事があった。日本でも有名なアメリカのさる軍楽隊のブースに人々が行列をつくってCDをもらっているのを目ざとく見つけた氏は、すぐに列に並んで差し出された書類(もちろんすべて英語で印刷されている)に、氏名、年令、住所、所属バンド名などを記入してCDをゲットし、大喜びをされていたことがあった。しかし、後日アメリカからオフィシャル・レターが届いて、これは大きな勘違いであったことが判明した。レターは先の軍楽隊からで、そこにはこう書かれていた。

 <<たいへん申し訳ありませんが、貴殿はアメリカ国籍ではありませんので、先に提出された "入隊希望" にはお応えすることができません。>>

 以来、氏は "あの有名なアメリカの軍楽隊に入りそこなった" というこの一件で市音ではさらに一目置かれる存在となったという。(まったくの余談ながら、市音では、2000年4月22日(土)に京都コンサートホールで催されたオランダ海軍バンドのコンサートにおいて、オランダ側の依頼で、急病の奏者に代わってトランペット&コルネット奏者の村山広明さんが急遽ステージにのったことがあった。それを伝え聞いた口うるさい "ガクタイ雀ども" の間では、このとき村山さんが軍楽隊のユニフォームを着たのかどうかが一時話題になったが、当のご本人に尋ねると、いつも市音で着馴れている普通のステージ衣装だったとのことで一件落着。それにしても、プレイヤー急病という緊急事態に際し、演奏予定曲の音楽上の必要からエキストラ奏者を入れて演奏を行なったオランダ海軍バンドの態度はいかにもプロフェッショナルと言えた。)



▲左から、田中さん、延原さん、そして洛南高の宮本先生 (大阪市音楽団の「吹奏楽フェスタ’97」から。 1997.5.3 森ノ宮ピロティホールにて)

それはさておき、田中さんとの電話は、筆者が "現役だった" 当時にミッドウェスト・クリニック直前の情報交換のためにどちらからともなく始まった毎年恒例のものだった。個人的な事情から現役から身を引いたこの年は、クリニックに参加する海外の友人に個人的なメッセージを伝えてもらおうと思ってのこちらからの電話だった。
 しかし、話を始めると、氏は「ちょうどこちらからも電話しようと思っていたところでした。<ニュー・ウィンド・レパートリー2000>のことで相談にのっていただきたいことがありまして・・・・・・。」と言う。市音自主企画CD<ニュー・ウィンド・レパートリー>は、その立ち上げに参画したことから筆者にとっても思い入れのあるシリーズだ。実は、<ニュー・ウィンド・レパートリー>というCDのタイトル自体も筆者のアイディアだったりする。1999年は早々に "廃業宣言" をして、多くのレコード会社の解説原稿の執筆依頼をことごとくお断りしていたので、氏にも「解説ノートは書けませんよ。」とクギをさした上で、後日、仕事が終わる深夜にお会いして、ざっくばらんに話を聞くことにした。
 深夜のミーティングは、やはり市音プログラム編成委員でクラリネット奏者の延原弘明(のぶはら ひろあき)さんも加わって始まった。延原さんも大阪音楽大学の出身で、市音では長年E♭クラリネットの名手としてならし、何十人ものプレイヤーによる合奏サウンドを下に従えて最高音域で自由にふるまえるこの楽器を演奏することに何にも代えがたい "快感" を覚えていると話されていたことがあった。近年、B♭クラリネットにパート換えになり、市音の組織上でも管理職のひとりとなられた。田中さんの大学の先輩であり市音では上司ということになる。
 話は、まず<ニュー・ウィンド・レパートリー>収録予定曲の選曲についての相談から始まった。何でも、市音プログラム編成委員はこの時点までにものすごい数の曲を聴いていたのだが、リスト・アップの結果、もう少しこのCDの企画コンセプトに向く曲の情報を入手した方がいいということになったのだという。
 筆者は、市音がすでにどんな曲をリスト・アップしているのか、まったく知らなかったが、思いつくままの意見でいいということだったので、まずは「日本の作品では、市音が世界初演を行なったという位置づけからも、酒井 格(さかい いたる)の「大仏と鹿」がいいのではないでしょうか。技術レベルも演奏時間の上でも無理がないし。」と発言した。すると、ふたりは "やはり" という顔をしながら、「偶然意見が一致しましたけど、その曲は候補曲に上がっています。」と言う。さらに「地元出身の作曲家という意味でも応援したいと思いますし・・・・。」とも言う。「大仏と鹿」に関しては、本来、何事も無かったら、NHK−FMの "ブラスのひびき" でも "バンドピーブル" 誌でも大きく取り上げていたはずの曲だっただけに、それを聞いて "まずは良かった" と胸をなで下ろす。



 つづいて、ヨーロッパでは、フィリップ・スパークの「ディヴァージョンズ〜スイスのフォークソングによる変奏曲」や「ノルウェーのロンド」、マーティン・エレビーの「新世界の踊り」と「パリのスケッチ」、ベルト・アッペルモントの「ノアの箱舟」などなど、アメリカでは、ロバート・W・スミスの新曲の中かから1曲を選んで・・・・・・、などと曲の概略を説明しながら自説を展開した。今度は、初めて耳にする曲名が多かったようだ。「お役にたてば」と作曲者からもらっていたCD−Rなどの音源を手渡して、まずはプログラム編成委員の皆さんに聴いていただくことにした。
 しかし、そこからが問題だった。田中、延原両氏は、筆者にとって最もプレッシャーのかかる話を持ち出してきた。龍城弘人団長にも話を通し、大阪市音楽団の総意として、今度の2000年盤の楽曲ノートを依頼したいというのだ。筆者は、即座にお断りした。母親の看病と年中無休の実家の仕事をこなすだけで体力的に手一杯で、最大限の集中力を必要とするそんな大仕事を引き受けるのはあまりにも無責任だと思えたからだ。実家の仕事はサービス業の一種で、1日に 200〜300人ものお客をさばきながら、軽く 25000歩を超す運動量をこなさねばならない。16時間働いた後はクタクタで頭もカスミがかかったような状態になってしまう。聴きなじんでいるCDなどを聴いてもまったく違う音で聞こえるので、すでに頭の中はすでに限りなく脳死状態に近いのだろう。仕事の片手間に集中を必要とする執筆などとんでもない。ノートを書くとすると、わずかに残った寝る時間を削るしか方法が無い。一番の問題は、仮に筆者が寝込むようなことがあれば、母の看病をする人間が事実上いなくなってしまうことだった。
  "これは、フル・タイムで音楽解説を書いている人がすべき仕事だ!!" 筆者は、以上のような事情を話して頑としてクビをタテに振らなかったが、市音を代表してその場にいるふたりも一歩も引かない。話は平行線のまま時間だけがどんどん過ぎていった。ふたりはついに、実際にはまったく不可能なことながら、指示を出してもらえば資料の調査や筆者の昼間の仕事の手伝いまでもすると言いだした。時計はすでに午前4時をまわっている。容赦なく睡魔も襲ってくる。6時30分には始業準備に入らねばならない。しかし、ふたりはなおも頑張る。ギリギリの選択だった。ふたりの熱意に負けて、とうとう「今回だけはなんとかやってみましょう。」と言ってしまった。
 すると、突然、田中さんが号泣を始め、延原さんが「良かったなー。」と言いながら、その肩をたたいている。ふたりの様子を見ながら、 "これはヘタなノートは書けないゾ" と思いながらも、筆者はつぎの条件をつけることにした。
 「まずは、ノートの引き受けは今回だけということ。締切日の指定はしないこと。さらに、字数制限を設けないこと。」これは、事実上、ノートの仕上がり日如何で印刷・製本工程に物理的な無理が生じて発売延期を余儀なくされたり、字数によってはブックレットの予定ページ数も変って制作予算も変わってしまうケースがあるということを意味していた。「締め切り守って生活安定!!」「健康より原稿!!」というスローガン(!?)ばかりが横行するプロの物書きの世界には、普通こんな無茶苦茶な条件を出す執筆者などいない。しかし、手一杯の毎日を過ごしているこちらとしては、絶対にゆずれない最低限の条件だった。ふたりは、それでもいいという。筆者はとんでもないことを引き受けてしまったと後悔しながらも、海外の作曲家などと早急に連絡を取る必要があることから、収録曲の最終リストを一日も早く欲しいとお願いして、ふたりと別れた。


......つづく

 
 
(c)2000,Yukihiro Higuchi
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