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福田滋「吹奏楽・隠れた名曲紹介」
<第1回> グループ「三人の会」(1)芥川也寸志(1925-89)

▲三人の会

まずは身近なようで吹奏楽の世界ではあまり知られていない邦人作曲家の作品から紹介していきます。

芥川也寸志が残した素晴らしい吹奏楽作品

 戦後、日本音楽界の中で華々しくジャーナリステックな話題をふりまいてきた若手の芥川、黛敏郎、團伊玖磨の3人が1953年に結成したのが「三人の会」です。このグループは作曲界を語るうえで欠かすことの出来ないものとなり、62年までに計5回の演奏会を開催、日本音楽界をリードしてきたのです。今日はその中の芥川也寸志にスポットを当ててみましょう。ビッグ・ネームである芥川氏(父はあの芥川龍之介)を知らない人は少ないと思いますが、作曲家としての彼の作品に詳しい人はそういません。ましてや吹奏楽の作品となるとどうでしょうか…。
 しかし、芥川氏は東京音楽学校(現・東京芸術大学)本科・作曲部に入学(同級に奥村一、斎藤高順)、翌年、学徒動員で陸軍戸山学校軍楽隊に入隊(同期生121名の中に團伊玖磨がいた)。サクソフォンを受け持った彼は45年首席で卒業、軍楽隊作曲係上等兵として日々作曲に励み、写譜に励み(パート譜)、コピー機の無い時代に大活躍をしました。後に本人は「この貴重な体験が大変に勉強になった」(移調楽器が多い吹奏楽曲を作・編曲することによって力がつく、そのうえ、自分の書いた曲がすぐに音になる。理想的!)と述べています。この時の軍楽隊の楽譜は多く残っていて、95年に上野の旧奏楽堂で開催された「芥川也寸志展」でも芥川上等兵サイン入りの楽譜の展示が人々の注目を集めていました。

▲マーチ1979栄光を
めざして スコア

 この時、あまりにバンド譜を書きすぎた(?)せいか、その後バンド作品からは遠ざかり、管弦楽、バレエ、オペラ、放送音楽、映画音楽、合唱、童謡などの幅広い分野で活躍しました。その彼が吹奏楽編成の作品を公に発表するのは54歳になった1979年のこと、朝日新聞創刊100年記念の委嘱により完成した行進曲のタイトルは「マーチ1979栄光をめざして」。オール・ユニゾンで開始される明るい響きのこの作品は、12音技法や電子音楽を避けたとても親しみやすいものです。芥川は日本音楽界が12音音楽に席巻されている時に「12音音楽から知的な欲望を満たしてくれるものは感じても、音楽的感動は少しも受けない」と常々述べていますが、人間の心に訴えられるものをひたすら求めてきた芥川氏の音楽が素直にでている実に爽やかな行進曲です。

▲風に向かって走ろう
スコア

 そしてもうひとつ、やはり行進曲ですが82年に作曲した「風に向かって走ろう」があります。第38回国民体育大会(あがぎ国体)の記念のために群馬県が委嘱したもので、やはり明快なマーチに仕上がっています。この行進曲は、前作「栄光をめざして」よりも細部にわたって計算された書きこみがあり、その書法はより複雑になっている反面、トリオの後半部の旋律はサクソフォン・パートのユニゾンを効果的に使うなど、軽快なリズムのうえに優雅な雰囲気をかもし出すことに成功しています。  以上の他に吹奏楽編成の作品は、59年NHK放送記念日特集のために書かれた「祝典組曲No.3行進曲」や63年の日本航空のために作曲した「日本航空の歌」を行進曲に編曲した「JAL March」(64年)がありますが、いずれも公のものではありませんので紹介だけに留めておきましょう。
 ここでひとつ面白いことに気づきました。芥川氏の行進曲は「祝典組曲」を除き、すべて同時にオーケストラでも書かれている事実です。それも、まず最初にオーケストラで作曲し、その後に吹奏楽に編曲しているのです。理由はいくつか考えられますが、これは吹奏楽関係者にとって少々寂しいことではないでしょうか。でも、もし先生がもっと長生きをして吹奏楽のオリジナル作品を書いて下さっていたら、きっと素晴らしいものが出来ていたはずだ、と私は信じています。

「交響管弦楽のための音楽」

 さて、ここで吹奏楽の世界で無視できない作品「交響管弦楽のための音楽」を紹介しましょう。この曲は1950年に作曲された彼の出世作でNHK放送開始25周年管弦楽懸賞・特賞に入賞、後に吹奏楽にアレンジされ盛んに演奏されるようになりました。最近では95年の富山商業高校吹奏楽部(建部知弘編曲)、96年の龍谷富山高校吹奏楽部(いずれも金賞)などコンクールでの演奏も多く、コンサートでは金沢工業大学吹奏楽部(96年)、埼玉大学OB吹奏楽団(97年)などがとり上げています。芥川氏の師である伊福部昭氏の影響が色濃く出たその曲調は全編にわたり若さと情熱があふれていて、吹奏楽で演奏しても効果の高い作品でしょう。


 以上が「吹奏楽で演奏できる芥川氏の名曲」の紹介でしたが、もうひとつおまけがあります。森のすきなおとなとこどものための音楽童話「ポイパの川とポイパの木」(79年・第22回児童福祉文化奨励賞受賞)という音楽劇です。これは現代の環境破壊問題を風刺した大変に感銘深い劇で、初演は黒柳徹子さんの語りに作曲者自身の指揮、演奏は東京フィルハーモニー交響楽団でした。オーケストラ編成のこの曲を、なんでここで紹介するかというと、登場する森の動物たちはそれぞれのキャラクターにあった楽器で表現されるのですが、「くま」のライト・モチーフは何とユーフォニアムが受け持っている珍しい作品なのです。私事ですが以前、あるオーケストラのコンサートのお手伝いでこのソロを吹かせていただいたことがあり、大変感銘したことを思い出します。難しい問題を扱った作品ですが、芥川さんの明快な音楽がテーマの重さをうまく緩和していました。とても素晴らしい音楽劇ですから、吹奏楽にアレンジしてコンサートで取り上げてみてはいかが?


芥川氏の吹奏楽作品の音源紹介

●「March 1979 栄光をめざして」

◆EPレコードCBS SONY Special Products (YDSB-10)
 芥川也寸志指揮/コンセール・ボウ・ブラス・アンサンブル
◆KING RECORD(KICG-3029)
「世界のマーチ・ベスト・コレクション〜日本のマーチ・ベスト20(戦後篇)」
 野中図洋和指揮/陸上自衛隊中央音楽隊
このアルバムは、團さん、黛さんのマーチも含まれていて「三人の会」の3曲が聴けるお買い得盤です。

●行進曲「風にむかって走ろう」

この作品の音はありませんが、楽譜が出版されているので演奏会で取り上げたバンドも多いと思います。ぜひ、情報をお寄せ下さい。

●「交響管弦楽のための音楽」

◆NHK CD(KICC-2013)若杉弘指揮/NHK交響楽団
◆東芝EMI(TOCE-9426)森正指揮/東京交響楽団
◆FONTEC(FOCD-2512)芥川也寸志指揮/新交響楽団

 最後に芥川氏の遺した功績についてお話をしたいと思います。氏はテレビ・ラジオ、映画などの分野に積極的に顔を出した珍しい大作曲家でした。NHK連続放送劇「えり子とともに」(49年)、NHK放送開始・終了の音楽作曲(53年)、NHK大河ドラマ「赤穂浪士」(63年)のテーマ音楽、NTV番組「私のクイズ」(63年)、TBSラジオ番組「オーナー」(64年)、「今晩は音楽」(65年)、TBS TV番組「土曜パートナー」(65年)、「100万人の音楽」(67年)等のパーソナリティ・音楽を担当。84年からは「N響アワー」の司会を西洋史の木村尚三郎氏、作詞家のなかにし礼氏との3人で4年にわたり人気を集めました。その他、地域文化の育成、アマチュアの養成、プロのオーケストラの擁護も忘れてはいけないでしょう。日本フィルや東フィルの理事を務め、オケの資金集めに奔走し大企業トップの理解を得て文化に対して目を開こうとしない国に代わって、援助を始めさせたという功績は多大なものがあります。晩年は81年、日本著作権協会理事長、83年には日本作曲協議会会長、86年ヤマハ音楽振興会理事に就任など、多忙を極めたことで思うように本来の作曲活動が制限されてしまったことが残念でなりません。ひょっとしたら、いくつかの吹奏楽作品も書いてくださったかも知れないのです。同僚の團伊玖磨氏は芥川氏の音楽について次のように述べています「芥川さんの音楽はどの曲も瑞々しさ、新鮮さ、歌があふれていました。そしてリズムが良く、とても爽やかでした」


▲芥川也寸志

芥川也寸志プロフィール

 大正14年(1925年)作家芥川龍之介の三男として東京に生まれる。2歳で父に死に別れ、母親の手で育てられる。父親の遺した印税が母子家庭にとって生活の主な支えとなり、このことが後の著作権保護にもかかわっていくキッカケとなった。中学のとき、正式に音楽の勉強を始め、43年東京音楽学校(現在の東京芸大)に入学。戦時中は学徒動員のため陸軍戸山学校軍楽隊に席をおくが、戦後は音楽学校に戻り、作曲の勉強を続ける。伊福部昭に師事して多大な影響を受ける。49年に卒業、翌年「交響管弦楽のための音楽」でNHK放送25周年記念管弦楽懸賞に特賞入賞、この作品が彼の出世作となる。53年「弦楽のための三楽章トリプティーク」がカーネギー・ホールで初演。54年團伊玖磨、黛敏郎とともに「三人の会」を結成、野心的な作品発表を通して戦後の作曲活動の第一線に立ち、58年の第3回演奏会では「エローラ交響曲」を発表。68年テレビ・オペラ「暗い鏡・広島のオルフェ」でザルツブルク・オペラ賞受賞。代表作に「チェロとオーケストラのためのコンチェルト・オスティナート」がある。一方、映画音楽も「煙突の見える場所」(53年)や「砂の器」(74年)など手がけた作品の数は100本を超える。NHKテレビの大河ドラマ「赤穂浪士」(63年)のテーマ音楽でも親しまれた。童謡の作品も多く「ぶらんこ」(50年)「ことりのうた」(52年)などがあり、さらにミュージカル、バレエ、合唱曲など、その作品は多岐にわたっている。

▲切手・著作権管理制度
50周年記念

50周年記念  56年にはアマチュアのオーケストラ「新交響楽団」を結成、30年余りにわたって指揮者として邦人作品の初演・紹介につくし、76年には、この業績に対し鳥井音楽賞が贈られた。85年には、長年にわたる音楽の普及につくしたことに対して紫綬褒賞が贈られた。81年には日本著作権協会の理事長に就任。「技術の進歩の早さに対して音楽家の権利を守る立法が追いついていない」と主張、著作権擁護に奔走する。また、82年には「反核・日本の音楽家たち」を組織し、コンサートを通じて核廃絶を訴えつづけた。ライフ・ワークとして「いずれ古事記のオペラを…」を口癖にしていたが、この念願を果たさず他界(肺がん・63歳)。
 なお、89年に発行された「著作権管理制度50年」の切手のデザインに指揮者と光のイメージとして、芥川氏の指揮姿が印刷され生前の功績を称えている。 [参考文献:芥川也寸志年譜・作品目録]


★「March 1979 栄光をめざして」(Band Version)

 編成: pic,fl,ob,cl(Eb),3 cl,b.cl,bn,2 a sax,tsax,bar sax,3 tp,3 hr,euph,3 trbn,bass,glock,cymbals,snare drum,b drum
 備考: 朝日新聞創刊100周年記念委嘱

★ 行進曲「風に向かって走ろう」(Band Version)

 編成: pic、fl、ob、cl(Eb)、3-cl、a-cl、b-cl、bn、db-cl、s-sax、a-sax、tsax、bar-sax、b-sax、bn、2-cornet、2-tp、3-hr、euph、2-trbn、b-trbn、bass、glock、chaime、timpani、cymbals、snare drum、b-drum
 出版: 第38回国民体育大会群馬県実行委員会、1981年(スコア・パート譜)
「月刊バンド・ジャーナル」第25巻12号付録(音楽之友社、1983.11)
 備考: 第38回国民体育大会(あかぎ国体)
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