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第12回 冨田 篤(打楽器奏者)

☆息を聴け/熊本盲学校アンサンブルの挑戦 ☆
〜出版直前のある日〜
2006年8月

 拙著「息を聴け」の出版を1ヵ月後に控えた、2006年3月。
私は、当時のメンバーを集め、本の中で彼らが登場するシーンを、全て読み聞かせる機会を作った。視覚障害者である彼らにとって、「字を読む」という行為は、我々が想像する以上に大変な作業なのだが、その労力を鑑みて・・・というより、「本人達の感想を直に聞きたい」というのが、私の正直な気持ちだった。
 大まかな内容は、確認も含め予め伝えてはいたが、いざ完成したものを読み聞かせるとなると、私も生徒達も妙な緊張感に包まれ、その日はまさに、今にも本番が始まりそうな雰囲気となってしまっていた。私は鞄から原稿を取り出し、取り敢えず、生徒に「読むぞ」と伝えると、生徒達は緊張をしつつも、私の顔をじっと見つめ始めた。
 しばらくすると、いつもの「あの雰囲気」が私達の空間を、ゆっくり支配していった。そう。彼らが演奏する際に、耳をスッと傾ける、あの空気である。


 生徒達は自分の名前が出てくる度に、照れくさそうに笑い、大会のシーンなどには、まるで人事の様に「凄いね〜」と感嘆していた。文中、退部を申し出るシーンが出てくると、「先生、やっぱりそれは書くんです・・・よね?」と、当事者であるKとMは、過去の自分を恥ずかしがった。赤面する彼らに、他の生徒は「まぁ。まぁ。」と、無責任な慰みを口にし、2人の赤ら顔を優しく眺めていた。今となっては、実に微笑ましい昔話ではあるが、当の本人達にとっては、最も忘れられない記憶となったに違いない。
「もちろん、書くよ」と笑顔で答えた私に、2人は笑いながらも、必死に当時の心境を弁明していた。笑みを浮かべながら、その弁明に頷いている他の生徒達を見ていると、「退部事件」は、この2人以外にしてみれば、案外大した問題ではなかった様だ。

 約2時間の朗読の後、私は生徒達に恐る恐る、感想を聞いてみる事にした。
 生徒達は、感想・・というよりも、私が書いた内容によって思い出した過去の記憶を、楽しそうに語り始めた。そういえば、こんな事もあんな事もあったね、と。
 その光景こそ、私が一番欲しかった「彼らからの書評」であった。
 彼らの記憶に残る断片をかき集めたこの本を、彼ら自身にも楽しんで欲しかったのだ。書いて良かった、と心から思えた瞬間であった。

 私がこの本で描いた情景は、彼らのサクセスストーリー的な美談・・・とは少々言い難い。ましてや、この作品を通じて「何かを伝えなくては」と、私自身が重い使命感を感じながら描いたという訳でもない。言うなれば、「音楽」という目に見えない風景を通じ、人としての生き方や考え方といった漠然としたものを、彼らと必死に探ってきた記憶の記録、つまり「冒険記」であると私は感じている。


 この冒険を通じて出会った多くの方々、またこれから出会うであろう方々と、再び、新たなる冒険に旅立てる日が来る事を、願ってやまない。
 その旅立ちの先に見える眺望こそが、彼ら8人にとってのゴールであり、スタートである、と私は信じている。

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≪ジャンヌ・ダルク〜8つの打楽器群のための≫
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◎息を聴け/熊本盲学校アンサンブルの挑戦【書籍】
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■ PROFILE ■

冨田 篤(とみた・あつし) 打楽器奏者

1975年、熊本県山鹿市生まれ。
11歳より打楽器を始める。
都築学園・福岡第一高等学校芸術科(現・音楽科)卒業後、東京音楽大学打楽器科へ入学。打楽器及びマリンバを野口力、菅原淳、岡田真理子、藤本隆文の各氏に師事。
1997年、第42回西日本新人紹介演奏会において最優秀賞、福岡県教育委員会賞を受賞。
2003年、メルパルク熊本で初リサイタル「冨田篤パーカッション・リサイタルACT1」を開催した。

現在、プロオーケストラへの客員出演、ソロ、アンサンブルなどの演奏活動のほか、九州各地のスクールバンド指導や、様々なコンクール・コンテストの審査員に招聘されている。

2001年より熊本県立盲学校アンサンブル部のトレーナーをつとめ、2005年全日本アンサンブルコンテスト「大学の部」で、同部を全国大会金賞に導いた。同校アンサンブル部は、2002年くまもと県民文化賞を受賞したほか、同年に神奈川県で開催された第26回全国高等学校総合文化祭に熊本代表として出場を果たしている。

2003年には、盲学校での指導が評価され、日本青年会議所が主催する「人間力大賞・文部科学部門」にノミネートされ、会頭特別賞を受賞した。

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