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第9回 浅田 享氏
☆人との出会いほど、すばらしいものはない!☆
2000年9月

 皆さん、こんにちは! 私は浜松交響吹奏楽団(通称「浜響吹」)で音楽監督を務めている浅田享(とおる)です。今回は、思いもかけず作曲家の高橋伸哉さんから、このエッセイのお話しをいただきました。正直、私なんぞが書いてよろしいのかと、結構迷いましたが、何事も経験かと思い、“思うままに”書かせていただきました。

T.私のこと
 私が初めてバンドの指揮、指導をしたのが1974年頃でしたので、今年で27年位になります。指導?というほどのことは私にはできませんが天理高校、ヤマハ吹奏楽団の経歴からかご依頼を受けたのが始まりでした。浜響吹には1981年に入団し、今年でちょうど20年になります。振り返れば今も昔も変わらないのは「いつも体当たりでやってきたことかな?」と思っています。
 私は現在、ヤマハ(株)管教育楽器事業部の生産技術者として勤務しています。つまりサラリーマンの日々を送っています。週末になれば、アマチュア音楽家として音楽を楽しんでいます。家族は、妻と高校1年になる双子の娘達と、茶々という猫、チーちゃんというウサギがいます。娘達は、吹奏楽部でトランペットとアルト・サックスを吹いています。

U.感動を分かち合いたい
 人生で大切にしたいこと。私にとっては、「感動すること」かな。それも、できたら愛する人達と分かち合えたら本当に幸せ。そう、考えると私は、かなりの幸せ者だと思います。
浜響吹はもちろん社会人の楽団ですが、実に純粋な団員が多い。万年青年みたいな中年もゴロゴロしているし、女子高生(?)みたいな人妻もいる。そのくせ、老けた若者も若干いる(チョット違う!?)。全体として、素直な心の人がたくさんいます。
 私が思うに、「感動する」には、この「素直な心」が結構大事なことじゃないかなと感じています。感動するために音楽してるんだよねっ?って、団員にも聞いてみたいです。そして、忘れてはならないのはいつも音楽活動を支えて下さる周囲の人々のこと。浜響吹が念願かなって全国大会で初めて金賞をいただいた時、「お父さん! 努力すれば夢は叶うんだね!」と一緒に涙で喜んでくれた家族…私にとっては一生忘れられない想い出でなのです。

V.最近のコンクールに思うこと
 このエッセイを書いている9月はじめは、一般の部の全国大会予選の真っ最中。浜響吹も昨年に引き続き通算5回目の全国大会出場が決まりました。そんな中、いつもの話題といえば、昨今の一般の部のモラル欠如の話。大量のアルバイト奏者、課題曲の改編演奏、重複出演…いつもがっかりします。「何の為に、そんなことをするのか」私には理解できません。
 たとえ、良い結果を得たとして、「何の価値」があるのか。コンクールで良い結果を得たいとの気持ちはわからないでもありませんが、そろそろ考えないと一般の部は本当に崩壊してしまうのではと心配になります。

W.私の目指す音楽
 浜響吹はもちろん吹奏楽団で、私は吹奏楽という編成が大好きです。クラッシックからポップス、演歌に至るまで幅広く音楽を楽しめるからです。私は編成についての強い意識はありません。バンドだとかオケだとかではなく、奏者の想いが聴衆に伝わるように演奏したい。そして、吹奏楽愛好者のみならず、音楽の好きな色々な人達に聴いていただけるような楽団を目指しています。そして、浜響吹によって「奏者も聴衆も豊かな心になれたら最高」ですね。
 少し、宣伝になりますが、2001年の4月に“GR”というタイトルのオリジナルCDを全国発売しました。お陰様で好評をいただいています。演奏はまだまだですが、何か浜響吹の「想い」のようなものが伝われば、とてもうれしく思います。皆様も、よろしかったら、ぜひ、聴いてみてください。

X.出会い
 今年の3月までの約4年間、週末になれば吹奏楽部講師として地元の中学校の練習に参加しました。まったくの初心者の生徒さんが上級生になる頃にはとても上手に演奏する…。そして、「高校でも楽器を続けて、将来は絶対、浜響吹に入団したいです!」なんて言ってくれた時は、とても、幸せな気分になります。ほんとの話し、浜響吹には、そんな私との出会いが実際にあった団員が多くいるのです。
 ごく普通のサラリーマンである私が、今こうして浜響吹の指揮者としてやってこれたのも、いろいろな人達との出会いがあったからこそと感謝しています。挫折感や疲労感に苦しんでいた頃も、叱咤激励してくれる人達との出会いの中から、新たなチャレンジが始まりました。色々な分野の人、そして全国のバンド仲間や音楽家、との出会い…人との出会いほど、すばらしいものはありませんね。これからも、色々な人との出会いを、楽しみにしています。

 人は、いや、“浅田はひとりでは、生きては行けない!” ---結局のところ、そんな想いで文章を終えたいと思います。ありがとうございました。

浅田 享

浜松交響吹奏楽団のホームページ
http://plaza11.mbn.or.jp/~softtech/hswo/


■ PROFILE ■

 

1955年 福井県生まれ。
1974年 奈良県天理高校卒業後、日本楽器製造株式会社(現ヤマハ株式会社)に入社と同時に「ヤマハ吹奏楽団浜松」にホルン奏者として入団。静岡県立二俣高校吹奏楽部常任指揮者を経て、1981年、浜松青少年吹奏楽団(現、浜松交響吹奏楽団)に入団。同年、副指揮者に就任。第5回定期演奏会より指揮。
過去、13度出場した全日本吹奏楽コンクールでは東海大会に於て12度の金賞と銀賞を受賞。
1994、95、96年、2000年には東海代表として全国大会に出場し、3年連続金賞特別表彰、銀賞を受賞。
今年、2001年も通算5回目の代表が決定している。1994年、第 7回世界吹奏楽大会(WASBE)日本代表、
1996年 第11回国民文化際とやま '96「国際吹奏楽フェスティバル」。
1997年 第 1回パン・パシフィックバンドフェスティバル等の国際大会で同楽団を指揮。
1999年 2000年には浜松市立三方原中学校吹奏楽部を指揮し、日本管楽合奏コンテスト全国大会優秀賞を受賞。
2001年 4月CAFUAレーベルより、浜松交響吹奏楽団を指揮したオリジナルCD「GR」をリリース、好評を得ている。他には、静岡県内外の吹奏楽団での客演指揮やコンクール審査委員、中高をはじめとするスクールバンド、社会人吹奏楽団の指導にも招かれている。
1992年 民間機関より吹奏楽の地域貢献に対して「地域貢献者表彰」、
1999年 静岡県吹奏楽連盟より「永年指導者功労表彰」
1991年 浜松交響吹奏楽団指揮者。1992年同常任指揮者。1994年、同音楽監督に就任。

現在、浜松交響吹奏楽団音楽監督・常任指揮者、浜松少年少女合唱団顧問、日本吹奏楽指導者協会会員

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