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第8回 高橋 伸哉氏
「作曲家にとって楽譜って・・・」〜楽譜に書けること、書けないこと〜
2000年 月
 私たち作曲家は、自らの手で生み出した音楽を「楽譜」と呼ばれる紙の上に書き記します。ところが、この「楽譜」というシロモノ、作曲家から演奏者への伝達手段としては、意外とアバウトなモノなのです。

 楽譜には、
音楽を記録するための様々な情報が書き込まれています。音の高さや長さ、強さ、速さ、曲想などなど・・・。
 これらの情報の中で、音の「高さ」については、作曲家は演奏者に対しほぼ100%正確に伝えることができます。「ド」の音を演奏してもらいたかったら、「ド」の場所に音符を書けばよいし、「ド」と「レ」の間の音なら「ドのシャープ」(あるいは「レのフラット」)を書けばよいわけです。微分音などの特殊な例を除けば、音の「高さ」は間違いなく演奏者に伝わります。

 では、音の「長さ」についてはどうでしょう? 4拍伸ばして欲しければ白い丸を書いて全音符、その半分の長さならタテ棒を足して二分音符、さらに半分なら玉を塗りつぶして四分音符、1.5倍にしたければ玉の右ヨコに点を足して・・・と、このように、音の「長さ」についても、作曲家はそのイメージを間違いなく伝えられるように思えます。でも本当にそうでしょうか?
 仮にテンポ=80の曲だとして、その曲の四分音符はすべて正確に0.75秒の長さでしょうか? そんなわけありませんよね。曲の部分によって、その長さは微妙違うはずです。また、音符にスタッカートが付いたらどうでしょう?  音楽辞典で「スタッカート」を調べてみると「音符の約半分の長さで奏する」と書いてあります。では、「約半分」ってどれくらいなんでしょうね? 60%? 55%? もしちょうど50%なら八分音符で書いてもいいってこと??? これ以上考えても無駄ですね。
曲によってスタッカートの長さが違うのは、ごく自然なことです。それに、そもそもスタッカートという記号は、単に音の長さだけを変える記号ではないような気がします。スタッカート記号ひとつとってみてもこんな具合ですから、「もし音符にテヌートが付いたら?」という例を出すのは、もうやめておきましょう。
 私が作曲した「K点を越えて」の最初のメロディーは、スタッカート付きの四分音符でした。私はこれまで、様々な「K点」を聴いてきましたが、あの音符の長さは、短いものあり、長いものあり、と実に様々でした。つまり、作曲家が作品中のすべての音の長さを、楽譜上で100%完璧に伝えることは難しいのです。

 次に、音の「強さ(ダイナミックス)」について考えてみましょう。
通常使用される強弱記号は、ppから ff まで6段階あります。というより、たった6段階だけです。pppとfffを加えても8段階しかありません。では、すべての音楽のダイナミックスを、これら数段階で表現することは? もちろん不可能です。だからといって、f より少し強めには ff、さらに少し強めにはfff・・・などと書いていったら f が5つも6つも付いた、某大作曲家も真っ青の楽譜になってしまいます(ところで、fffffってどう読むんでしょうね。フォルティシシシ・・・ん? 今何回言ったっけ?)
 単発の強弱記号でさえこの調子ですから、連続性のあるcresc.やdim.になると、その中身はますますアバウトになってきます。音楽辞典によると、cresc.とdim.はそれぞれ「次第に強く」「次第に弱く」と書いてありますが、では、「次第に」ってどのくらい?
こんなことなら、いっそのこと新しい強弱記号を作ってみましょうか。「mf並・上・特上」とか「mpハーフ・レギュラー・ダブル」とか。う〜ん、やめときましょう・・・。

 曲の「速度」については、メトロノームを使った絶対的な速度表記法があるので一安心! いえいえ、そうでもないのです。
 より生き生きとした演奏には、音楽的な自然の「揺れ」(いわゆるアゴーギクAgogik)というものが必要不可欠です。自然な「揺れ」が全くない演奏は、いかにテンポ・キープが正確であっても、文字通り機械的なつまらないものになるでしょう。
 ところが、楽譜上でこの微妙な「揺れ」をすべて正確に伝えることは意外と難しいのです。もちろん、わずかな「揺れ」を表わす記号として、tempo rubatoのほかにも poco a poco rit.や poco a poco accel. などがありますが、これらの記号がかすかなテンポの「揺れ」のたびに楽譜を覆い尽してしまったら、とても見にくい楽譜になってしまうでしょうし、無理して大量に書き込んだとしても、「じゃあ、poco a pocoってどのくらい?」という新たな難問が待っています。
 「運命」の冒頭も、フェルマータのおかげで実に様々な演奏があります。
ベートーヴェン自身は、いったいどのくらいの伸ばしをイメージしていたんでしょうね。フェルマータの横あたりに、その伸ばし加減を「○%増量!」とか書き込んでくれていればよかったかも?

 さて、私がこの文の冒頭に書いた「楽譜ってシロモノは、作曲家の伝達手段としては意外とアバウト」という意味がおわかりいただけたでしょうか。
 ここまで、楽譜について様々な点から見てきたように、作曲家が作品の音楽イメージのすべてを100%完璧に楽譜に書き込むことは、残念ながらほとんど不可能なのです。つまり、楽譜に書けなかったことや書ききれなかったことがたくさんあるのです。ということは、演奏者の皆さんが楽譜を見る時に大事なことは、「楽譜に何が書かれているのか?」はもちろんのこと、「楽譜に何が書かれていないのか?」ということではないでしょうか。
 何も書いていないところは、「何もしないでよろしい」という作曲家からのメッセージとは限りません。「記号を書き入れるまでもないほどの微妙な何か」を要求しているかもしれませんし、「記号で書き表わせなかった何か」がそこにあるかもしれません。
 また、何かが書かれているところだって注意は必要です。「スタッカート付きの音符だから、ただ音を短く切りゃーいいわけね」とか、「ここは ff、こっちも ff。じゃあ両方とも同じ強さで吹こっと」・・・これじゃあ、作曲家が気の毒です。そして、きっと曲も泣いてます。

 「楽譜どおりに吹けること」 これは、譜読みから始まる一連の練習過程での最大の目標でしょう。しかし、これは決してゴールではありません。むしろ「楽譜に何が書かれているのか? そして、何が書かれていないのか?」を考え、音楽性と表現力に満ちた、よりよい演奏を目指すためのスタートラインなのかもしれません。

高橋 伸哉


■ PROFILE ■

 

1962年仙台市生まれ。国立音楽大学作曲学科卒業。同大学院作曲専攻修士課程修了。(社)日本作曲家協議会会員。
主な吹奏楽作品として、行進曲「K点を越えて」(1999年度全日本吹奏楽コンクール課題曲)、「Jalan-jalan 〜神々の島の幻影〜」(ブレーン株式会社刊)、March 「Wind for Wind」(JBA−日本吹奏楽指導者協会−下谷賞受賞作品)、「氷河特急」(小〜中編成用作品)などが、またアンサンブル作品として、金管七重奏曲「Tea Time」(ブレーン株式会社刊)、6人の打楽器奏者のための「Juggler」などがある。
2000年6月には、小渕恵三元首相の内閣・自由民主党合同葬(於:日本武道館)において、総理府(現、内閣府)からの依頼により、奏楽の編曲を担当。現在、これらの作曲活動と並行して、都内をはじめとする全国各地の学校・団体への演奏指導や編曲、各種演奏会での客演指揮などを精力的に行なっており、いずれも高い評価と厚い支持を得ている。

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