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【コラム】

富樫鉄火のグル新
第96回映画評『イーダ』

ツィッターほど短くもなく、ブログほど個人的でもない、
同じような話題をグルグルめぐるけど、基本は最新の話題。グル新。

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『イーダ』
監督:パヴェウ・パブリコフスキ
出演:叔母ヴァンダ…アガタ・クレシャ
イーダ(アンナ)…アガタ・チェシェブホフスカ
2013年/ポーランド/モノクロ/80分
東京・渋谷、シアター・イメージ・フォーラムで上映中

■生きる勇気を与えてくれる、すごい映画

 昨秋のポーランド映画祭で観て以来、脳裏を離れなかった。ようやく一般公開となったので、また観てきた。
 1962年、共産主義の抑圧が緩み始めたころのポーランド。修道院で育った孤児の少女アンナは、院長から、叔母の存在を知らされる。都会の喧騒に戸惑いながら、アンナは叔母に会いに行く(演じるアガタ・チュシェブホフスカの表情がいい。カフェでスカウトされたアマチュアだそうだ)。叔母は酒に溺れており、意外なことをいう。「あなたの本名はイーダ。ユダヤ人よ」。なぜ両親は死んだのか。なぜイーダだけが生き残ったのか。2人は、両親が住んでいた村へ行く。そこで判明する事実には言葉を失う。ユダヤ人迫害といえばナチスドイツの所業を思い浮かべるが、ポーランドでは、同国人による迫害もあったのだ。
 叔母が酒浸りになった理由にも、胸を塞がれる。彼女は、スターリン体制下で検察官をつとめ、同胞を処断し続けてきた。かつて迫害された自分が、いまは断罪する側にまわっている、その矛盾と苦悩。

 本作は「音楽映画」でもある。
 兵役忌避のサクソフォン奏者が登場し、イーダと束の間の触れ合いをもつ。ジョン・コルトレーンの《ネイマ》 《エキノックス》などが演奏される。『夜行列車』 『水の中のナイフ』など、ジャズが流れる往年の名作ポーランド映画への憧憬のようでもある。
 ほかにも多くの音楽が流れるが、もっとも印象に残るのは、ラストの、バッハのコラール《われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ》BWV639だろう(ブゾーニ編曲のピアノ版。アルフレッド・ブレンデル演奏)。この曲は、1972年の映画『惑星ソラリス』 (アンドレイ・タルコフスキー監督)に流れ、強烈な印象を残している。このあたり、タルコフスキーへの思いがあるのかもしれない(いうまでもなく『惑星ソラリス』の原作者スタニスワフ・レムは、ポーランドの作家だ)。

 監督のパヴェウ・パブリコフスキは1957年にワルシャワで生まれ、14歳で共産主義政権下のポーランドから出国、主にイギリスで映画を発表してきた。インタビューによれば、父がユダヤ人で、祖母がアウシュビッツで死んだことを大人になってから知ったらしい。本作は、監督の半自伝だったのだ。これが帰国第一作だという。

 戦争や人種差別は不幸だが、神は助けてなんかくれない、だから自分の足で前に進んでいくしかない、そんな人間の宿命とたくましさが、美術絵画のようなモノクロ映像と音楽で、見事に描かれる。ラストのイーダの表情は、『日本列島』(熊井啓監督、1965年)の芦川いづみに重なる。これぞ生きる勇気を与えてくれる、すごい映画だ。

富樫鉄火(音楽ライター)
FMカオン、毎週(土)23時〜「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」 パーソナリティもやってます。パソコンやスマホでも聴けます。


(2014.08.04)


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