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【コラム】

富樫鉄火のグル新
第87回 吹奏楽部員のための著作権「戦時加算」の話

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 2月25日、日本音楽著作権協会(JASRAC)が、外務大臣に対し「著作権保護期間の戦時加算」を早期に解決するよう、申し入れたとのニュースが報じられた。

 「戦時加算」とは何か。BP読者の吹奏楽部員の方々にとっては、あまり聞いたことのない言葉だと思う。学校でこんな話を学ぶ機会も少ないだろう。しかし、吹奏楽に携わっている以上(本や映画などが好きな方にとっても)、これはとても大切なことだ。いい機会なので、簡単に解説しておきたい。

  ただし、この紙幅ですべてを解説することは不可能である。あくまで大雑把な基本解説にとどめるので、興味を持ったら、専門書を読んだり、周囲の詳しい大人に聞くなりして、さらに知識を深めてほしい。

■吉川英治があふれる理由
 本好きな方は、今年に入ってから、突然、書店の文庫売場で、吉川英治『宮本武蔵』『三国志』、柳田國男『遠野物語』『日本の昔話』といった本が目立っているのにお気づきだと思う。これらの作家は、今年の1月1日からP.D.(パブリック・ドメイン=公有)、つまり「著作権消滅」となった人たちである。著作権がなくなったので、もう、誰の許可を得る必要もなく、本にして売ってかまわないのである。しかも「公有」(誰のものでもない、みんなのもの)だから、印税(原稿料、著作権使用料)を支払う必要もない。そこで、いっせいに各社が刊行し始めたのだ(といっても、ちゃんとした発行元であれば、何でもかんでも勝手にやるわけではなく、ちゃんと遺族に挨拶をして進めるのが普通)。

 日本では、著作権が保護される期間は、「著作者の死後50年」ということになっている(海外では70年が多い。日本でも映画は、公表後70年)。これは基本的に小説でも音楽でも同じで、作家・作曲家が亡くなってから50年間は、勝手に出版や演奏をすることはできない。ちゃんと著作権継承者(遺族か、版権管理委託者=JASRACやエージェントなど)に許可をとり、印税や、演奏料を支払わなければならない。しかし50年たったら著作権は消滅し、51年目の1月1日から、P.D.になる。前記の吉川英治や柳田國男は、昨年で死後50年を経たので、今年から、各社が一斉に文庫本を出し始めたのである。夏目漱石、森鴎外、芥川龍之介、宮沢賢治といった作家の本が、あちこちの出版社から出ているのも、同じ理屈である。

 では、「海外の作家・作曲家」についてはどうかというと、国際条約で、その国の法律に準じることになっている。だったら日本では、同じく死後51年目からP.D.になる……かと思うと、そうは簡単にいかない。シェイクスピアやベートーヴェンのように、はるか昔にとっくに死後50年を経ている作家・作曲家ならいいのだが、近代になると、国によって面倒な条件が加わってくるのだ。それが「戦時加算」である。

■「戦時加算」とは何か
 日本は、第二次世界大戦の「敗戦国」だ。戦後約7年間、戦勝国である連合国(事実上、アメリカ)に占領された。そして、独立の条件の一つとして課せられたのが、賠償としての「戦時加算」だった。つまり、「日本と戦争していた期間、まともな著作権料の支払いがなかったので、その分、戦勝国の著作権保護期間を伸ばせ」というわけだ。具体的にいうと、日本がアメリカに真珠湾攻撃を仕掛けた「1941年12月8日」から、占領期間を経てサンフランシスコ講和条約が発効され、独立が認められた「1952年4月28日」までの「3794日」分、著作権保護期間を伸ばさなかればならなくなったのだ(サンフランシスコ講和条約に署名した連合国は全部で15カ国あり、国によって、その期間は少しずつちがう。ここでは主にアメリカで例示する)。

 これによって、日本におけるアメリカの著作権保護期間は、「死後50年+3794日」となった。つまり、おおよそ「死後60年」となっているのである。これによってどんな事態が発生するかというと、たとえば、よく例にあげられるのが、名曲《星に願いを》。1940年のディズニー映画『ピノキオ』の主題歌で、いまでは独立したポピュラー名曲として愛唱されている(映画『未知との遭遇』エンディングにも流れた)。作曲者はアメリカのレイ・ハーラインで、亡くなったのは1969年12月10日だった。通常であれば、2019年に死後50年を迎え、2020年1月1日からP.D.なのだが、戦時加算により、P.D.になるのは2031年1月1日からということになっているのだ。
 また、吹奏楽でもよく演奏されるジャズ名曲《A列車でいこう》は、作曲者ビリー・ストレイホーンが2017年で死後50年を経るので、2018年からP.D.かと思いきや、戦時加算があるので、2029年1月1日にようやくP.D.となる。

 問題は、ここからである。
 そんなの、国際条約でそうと決まったのなら、守って当然じゃないかと思ってしまう。日本は諸外国に戦争で迷惑をかけたのだから、賠償は当然だ――と。では、日本以外の敗戦国はどうなのだろうか。ドイツやイタリアも、同じく「戦時加算」を負わされているのだろうか。これがなんと「NO」なのである。

■《ナクソス島のアリアドネ》著作権裁判
 詳述する紙幅はないが、ドイツにもイタリアにも、日本のような「戦時加算」は、事実上「ない」のだ。こんな足かせを今でもはめられている国は、日本だけといっていいのである。一般的に、戦時加算は「戦勝国・敗戦国双方が負う」ものと考えられている(だって、戦争で著作権収入がストップしたのは、双方に共通しているのだから)。なのに、なぜか日本だけが、このような目にあっているのだ。それがなぜなのかは、これまた長い説明を要するので省くが、おおむね、「日本はアメリカの言いなりになってきた」からといって、当たらずとも遠からず。日本は、国際的にもまれな「不平等条約」を課せられているのだ。1945年の終戦からそろそろ70年たつというのに、日本では、まだ「戦後」は終わっていないのである。

 これによって、どんなことが起きているか。典型的なのが、2002〜03年に発生した「《ナクソス島のアリアドネ》著作権裁判」である。
 2002年に日独楽友協会が、リヒャルト・シュトラウスのオペラ《ナクソス島のアリアドネ》を上演しようとした。シュトラウスは1949年9月8日に亡くなったドイツの作曲家である。2002年の上演時点で死後50年を超えていた。ドイツは日本同様、敗戦国であり、戦時加算の対象にはなっていない。よってP.D.のはずである。同協会は、アメリカやドイツから楽譜を取り寄せ、誰の許諾を得ることもなく上演しようとした。

 すると、直前に、版権管理会社から「許諾なしに上演する場合は法的な公演差し止めもありうる」旨の申し入れが来た。どういうことかというと……「このオペラを含むリヒャルト・シュトラウス作品の多くは、ドイツのフュルストナー社で出版された。しかし同社のオーナーはユダヤ人だったので、1938年にイギリスに亡命して事業を継続した。その後、1943年にイギリスのブージー&ホークス社が、同社を買収した。よってこの作品はイギリスの出版作品ということになる。日本は、イギリスに対して戦時加算を課せられているので、2002年時点では、リヒャルト・シュトラウスの著作権は、戦時加算の著作権保護期間中であり、P.D.ではない」……が主旨であった。

 これに対し同協会は「シュトラウスはフュルストナー社で楽譜を出版した(=作品の“管理”を委託した)だけであって、著作権までを譲渡したわけではない。ブージー社が著作権を所有しているというのであれば、その証拠を示してほしい」と、上演を強行。以後、裁判となったが、最終的に控訴審、最高裁判決でも同協会の主張が認められ、日本における《〜アリアドネ》著作権はP.D.であることが立証された。

■まれに見る「不平等条約」
 実は吹奏楽界も含めて、日本の音楽界は、こういった海外の主張に対し、それまであまり疑義を示してこなかった。しかし、日独楽友協会の代表・瘤R尚槐(すぎやま・なおき)氏は、弁護士も付けずに真っ向から立ち向かい、シュトラウス作品の多くは「ドイツの作品」であり、戦時加算の対象にはならないことを知らしめたのであった。
 これに意を強くしたのか、JASRACがブージー社に対し「今まで不要にもかかわらず支払ってきたシュトラウス作品の“戦時加算”分の著作権使用料を返還せよ」と要求。約1200万円を取り戻している。

 かつて吹奏楽コンクールなどで、リヒャルト・シュトラウス作品の編曲演奏は容易ではなかった。演奏は可能でも、録音発売は不可能な曲もあった。いまではほとんどに、その種の足かせはないが、背後には、こういう事情もあったのだ。

 この出来事をきっかけに「戦時加算」なる、日本だけが負わされている「不平等条約」の存在があらためてクローズアップされた。さらに戦勝国の中に、この権利をいいように行使して必要以上に著作権使用料を取得している版権管理者があるのではないかとの疑念が一挙に噴出した。
 そこで、冒頭にあるように、JASRACが外務大臣に対し、戦時加算の解消に向けて動いてくれるよう、申し入れたというわけだ。JASRACの主張はサイトなどで確認できるが、都倉俊一会長(作曲家)は、こう述べている。
 「協会としても加算がある方が手数料収入になるがこれは損得の問題ではない。枢軸国でも一方的な義務とされたのは日本のみ。差別的なにおいも感じないではいられない。日本の文化にとって屈辱的なことだから放置できないんです」(東京新聞、2月10日付「こちら特報部」より)
日本は、戦後からいまに至るまで、このような理不尽な取り決めに対し、文句もいわずに支払ってきた。現在、日本が戦勝国に払っている「戦時加算」分の著作権使用料は、毎年「2億円」前後になっているようである。

 JASRACは現在、日本の著作権保護期間を70年に延長し、それと同時に「戦時加算」制度を廃止するべきだと主張している(最近話題のTPP=環太平洋戦略的経済連携協定に参加すると、「戦時加算」を残したまま、70年になる可能性がある。そうなると、約80年になってしまう)。

■言いなりになるな
 以上、長々と(それにしては要旨のみを)説明してきたが、ここで若い方々に知ってほしいのは、「戦後はまだ続いている」ということだ。皆さんの周囲には、もう第二次世界大戦や太平洋戦争の残滓は、ほとんどないと思う。修学旅行で広島や沖縄に行って、かつての惨劇に思いを馳せることはあるだろうが、それでも日常生活に戻れば、「戦争」の「せ」の字も感じないだろう。しかし吹奏楽部員の方々が、毎日向き合っている楽譜の背後には、いままで説明してきたような問題が、まだ残っているのである。
 「著作権」はたいへん重要な権利で、もちろん、きちんと守られなければならない。だが一方で、その権利が極めて不公平に運用されている可能性もあるのだ。他者の言いなりになるのではなく、自らを主張し、互角に渡り合っていく、そういう姿勢をぜひ皆さんも、忘れないでほしい。
(一部敬称略)


【参考資料】
日本音楽著作権協会(JASRAC)の「戦時加算」に関する見解
http://www.jasrac.or.jp/senji_kasan/index.html

《ナクソス島のアリアドネ》著作権裁判を闘った瘤R尚槐さんのブログ
http://unter-gang.blogspot.jp/2012/05/blog-post.html

※次回は3月18日(月)前後に更新予定です。


【お知らせ】
3〜4月にかけて、テレビ朝日「題名のない音楽会」(テレビ朝日系列/日曜日朝9時〜9時30分)で、吹奏楽特集が放映されます。私(富樫)も、少しばかりお手伝いさせていただきました。ぜひ、ご覧ください。
●3月24日(日)「なんてったって吹奏楽コンクール」
●4月21日(日)「岩井直溥特集(1)」(題未定/岩井吹奏楽ポップスの魅力について)
●4月28日(日)「岩井直溥特集(2)」(題未定/ファン投票による岩井スコアのベスト10)
*放送内容が変更になる可能性があります。
*BS朝日で翌(土)(日)に再放映があります。
*詳細は、番組HPでご確認ください。http://www.tv-asahi.co.jp/daimei/index.html

(2013.03.04)


※本稿の著作権は富樫鉄火が、出版権・公衆送信権はバンドパワーが独占しています。両者の許諾なく、出典元表記のない引用や、引用の範囲を超えた複写、コピー&ペーストを固く禁止します。
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