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【コラム】

富樫鉄火のグル新
第83回 丸谷先生のコンサート

ツィッターほど短くもなく、ブログほど個人的でもない、
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 4月14日(土)、普門館で開催された、丸谷明夫先生指揮の、東京佼成ウインドオーケストラ公演「ザ“MARUTANI”ワールド」は、たいへん楽しいコンサートだった。しばらく時間がたったいまでも、なんとなく胸の隅に温もりが残っているような、そんなコンサートだったので、簡単に印象を記しておきたい。

 すでにご存知のとおり、この公演は、昨年(2011年)4月に予定されていたのだが、震災で中止・順延になっていたものだ。
 ちょうど昨年1月、シエナ・ウインド・オーケストラ公演へのゲスト出演で上京されていた丸谷先生とお会いし、曲目について、あれこれとお話をし、先生自身、とても張り切っている様子だったので、中止はほんとうに残念だった。
 それだけに、今回の開催は、まさに「満を持して」の開催だった。

 演奏曲目に、凝った曲や、最新曲はない。普段、丸谷先生が、大阪でやっておられるおなじみの曲ばかりだ。だから、マニアには、もしかしたら物足りなかったかもしれない。しかし私は、この曲目構成が、成功の秘訣だったと思う。
 日常的に大阪でやっていることを、東京の聴衆にも聴いてもらいたい、しかも、プロフェッショナルの最高の演奏で、普門館で聴いてもらいたい……丸谷先生は、そんな思いだったのだ。
 丸谷=淀工の“歴史”には、いくつかのエポック・メーキングがある。吹奏楽ファンだったら、おなじみだろう。たとえば、1974年、丸谷=淀工が初めて全国大会に進出したときの課題曲《高度な技術への指標》(河辺公一/現「浩市」)、1986年全国大会での歴史的名演《アルメニアン・ダンス パート1》(アルフレッド・リード)、そして、これまた説明の要はない《大阪俗謡による幻想曲》(大栗裕)。
 特に、《大阪俗謡〜》を、丸谷先生の指揮で、東京佼成W.O.の演奏で、普門館で聴けるというのは、今回の目玉の一つであった(しかも「淀工版」で!)。

 演奏の素晴らしさは、いまさら言うまでもなく、どの曲もブラボーの嵐で、拍手がいつまでも続いていた。特に、上段で挙げた《高度な技術〜》や《アルメニアン〜》あたりは、近年、「スピード演奏」が大流行で、それが21世紀スタイルなのだろうが、私のような古い吹奏楽ファンは、たまには、もう少しじっくりと、昔ながらの演奏で聴きたいものだと感じていただけに、うれしかった。 まさに、丸谷=淀工スタイルともいうべき、王道を感じさせる演奏だった。
 これまた丸谷=淀工お得意の《祝典序曲》(ショスタコーヴィチ)なども、特別募集の総勢約70名の金管バンダが、2階席左右から加わって、壮大な演奏だった。
 これまたおなじみ、丸谷先生の愉快な、そして元気イッパイなダミ声トークで、なごやかに笑いを誘いながら展開する進行も、見事だった。

 ところで、今回のコンサートは、最大5000人収容の普門館が、ほぼ満席になっていた。不景気のいま、この事実を、どう考えればいいのだろうか。

 普門館がコンクール全国大会以外でこれだけ埋まったのは、私の拙い経験内では、1982年11月の、アルフレッド・リード二度目の来日公演(同年3月の、新宿文化センターにおける初来日公演が満席札止めでパニック状態になったので、二度目は普門館になったように記憶している)、あるいは、1980年代後半、フレデリック・フェネル指揮の公演(定演ではなく、何かの特別コンサートだったはず)くらいではなかろうか。

 もちろん、丸谷先生や、主催者・協賛関係団体による動員の努力もあっただろう。当日、駐車場には、地方ナンバーの観光バスが何台も止まっていた。たぶん、地方から吹奏楽部単位でやってきた団体鑑賞だろう。それだけに、すべてが自発的にチケットを購入してきた聴衆ではないかもしれない。
 しかしそうだとしても、いまのご時勢に、「5000人」収容の会場を、「学校の先生」が、ほぼ埋めたのである。
 私も吹奏楽界の片隅に時折顔を出させてもらっているから、よくわかるのだが、この不景気下、いまや、1000人の会場でさえ、埋めることは容易ではないのだ。プロ・オーケストラの事務局の方が、定期演奏会が埋まらずに嘆いている話も、何度か聞かされた。
 にもかかわらず、繰り返すが「公立学校の先生」が5000人を動員したのである。

 その理由分析は、私のような道楽者のなせるワザではないが、おそらく、多くの聴衆は「あの有名な丸谷先生を、一度、ナマで見てみたい」「丸谷先生がプロを指揮した《大阪俗謡〜》を、一度聴いてみたい」…そんな素朴な思いで来場したはずだ。
 だが、もう一つ、何となく感じたのだか、「吹奏楽オリジナル曲」で、「吹奏楽にあまり詳しくない人たち」に向けて、キチンとしたコンサートを開催することに、たいへんうまく成功していたような気がするのだ。

 いま、吹奏楽コンサートは、とにかく「吹奏楽に詳しくない人」を取り込もうと、さまざまな努力がなされている。「吹奏楽」の「す」の字でもないゲストや曲目を取り入れた、たいへん面白い構成のコンサートが、よくある。私なども、多くはワクワクしながら行くのだが、どうも、次につながっていないのではないか。一時的に客が入っても、では、その人たちが吹奏楽ファンになってくれているかというと、少々、心もとない気がするのだ。

 そんな折、今回のコンサートは、最新曲などに頼ることなく、あえていえば「毎度おなじみの曲」を、キチンと演奏することで、とにかく吹奏楽の楽しさ、素晴らしさを真摯に伝えたいという、丸谷先生の意志が、全編に充満していた。そんな思いが、ジワジワと周囲に広がり、単なる「丸谷先生見たさ」を超えた、幅広い動員につながったのではないだろうか。

 その証拠に、たいへん印象に残ったのが、「課題曲セレクション」のコーナーで、丸谷先生が、「課題曲いうても、吹奏楽に詳しくない方には、何のことか、わからんと思います。これは……」と、課題曲とは何たるかの解説を始めたことだ。まさに、吹奏楽マニア以外の人たちに、ぜひ楽しんでほしいとの思いがあってこそのコメントだったと思う。
 そのほか、丸谷先生が必ず《アルメニアン・ダンス パート1》を演奏するのも、「ぜひこの曲が、クラシックにおける《第九》みたいに、もっとさかんに演奏され、みんなに知られることで、吹奏楽の素晴らしさを広めたい」との思いがあるからだ。

 なお、今回のコンサートで、私が今でもジーンとなってしまうのは、3曲あったアンコールの最終曲が、ツェーレ作曲、行進曲《ウェリントン将軍》だったこと。第6回コンクール(昭和33年=1958年)、職場の部の課題曲である。
 実はこの「昭和33年」とは、大阪府立淀川工業高校(当時の名称)吹奏楽部の、創立年だったのである。

※この公演の模様は、ライヴCD、DVD等で発売される予定です。

<当日の曲目>
■音楽祭のプレリュード/A.リード

【全日本吹奏楽コンクール課題曲セレクション】
■高度な技術への指標/河辺公一
■式典のための行進曲「栄光をたたえて」/内藤淳一
■希望の空/和田信

■リンカーンシャーの花束/P.グレインジャー(F.フェネル校訂)

■祝典序曲 作品96/D.ショスタコーヴィチ

■大阪俗謡による幻想曲/大栗裕(淀工版)

■アルメニアン・ダンス パート1/A.リード

(アンコール)
■青春の輝き/R.カーペンター他(森田一浩編曲)
※サクソフォーン・ソロ=須川展也
■陽はまた昇る/P.スパーク
■行進曲《ウェリントン将軍》/ツェーレ

(2012.04.27)


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