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【コラム】

富樫鉄火のグル新
第81回 新刊紹介
小澤征爾×村上春樹『小澤征爾さんと、音楽について話をする』
(新潮社刊、1600円+税)

ツィッターほど短くもなく、ブログほど個人的でもない、
同じような話題をグルグルめぐるけど、基本は最新の話題。グル新。

(不定期で更新しています。バックナンバーは最下段「目次ページへ」からお入り下さい)

 近年話題になった村上春樹『1Q84』は、現在のところ「全3巻」で、BOOK1・2が2009年5月に、BOOK3が2010年4月に出た。
村上春樹という人は「小説家」としては寡作家で、前作『アフターダーク』が出たのが2004年9月。その前の『海辺のカフカ』が2002年9月だった。
だから、今回『1Q84』が刊行されて、多くの読者は、これでまたしばらく、村上春樹の新刊は出ないと思ったにちがいない(もっとも、噂だけが先行している『1Q84』BOOK4が突然出るのでは、との期待もあるのだが)。
ところが、早くも昨年暮れに新刊が出た。意外なことにそれは、指揮者・小澤征爾との対話集であった。

 私は、決して村上春樹の熱心な読者ではないのだが、それでも彼が、クラシックやジャズに精通していることくらいは知っている。ジャズの方は、専門的な本も出版しているし、そもそもジャズ喫茶を経営していたくらいだから、詳しいのは当然だが、クラシックも、相当な病膏肓ぶりである。

 もう20年ほど前のことになるが、『ねじまき鳥クロニクル』の中で、ロッシーニの歌劇《チェネレントラ(シンデレラ)》序曲を聴きながらスパゲティを茹でるシーンがあった。たいへん印象的なシーンで、私など、つい台所で真似したものだ。
 これもやはり20年ほど前、台湾で「村上春樹のクラシック」と題する2枚組コンピCDが出て「話題」になったこともあった。過去の村上作品に登場するクラシック曲を集めたものだった。実は、この種の企画は、日本国内のあらゆるレコード会社が狙っているものの、村上自身から許諾が下りないのでいっこうに実現できない、と聞いたことがある。その間隙を縫って、台湾で出されてしまったのだ(確か台湾は、ベルヌ条約などに加盟していなかったと思う)。これなど、すでに当時から、村上春樹とクラシックとの関係が強く認識されていたことの証左といえよう。

 『1Q84』では、ヤナーチェクの《シンフォニエッタ》が登場し、同曲のCDが突然売れ出したほか、斎藤一郎指揮・東京佼成ウインドオーケストラによる吹奏楽版を含むCDがほぼ同時発売され、あまりのタイミングのよさに「事前にゲラが流出していたのでは」なんて冗談が飛び交ったりした。

 ゆえに、村上がクラシックにまつわる本を出すことは意外でも何でもないのだが、それにしても小澤征爾との対話集とは思わなかった。たまたま私が知らなかっただけかもしれないが、村上が小澤の大ファンだったなんて、それまで聞いたことなかったからだ(今回の対話の一部が、2011年春に『モンキービジネス』Vol.13(
ヴィレッジブックス)に掲載され、その時点で、村上が小澤を「追っかけている」ことを初めて知った人が多かった)。

 本書は、2010年11月〜2011年7月にかけて、村上春樹自身が、小澤征爾を追いかけて、様々な場所で行なわれた対話の採録である。時期としては、『1Q84』BOOK3が出てから半年後にかかり始めたことになる。小澤征爾にとっては、食道ガンの手術から生還したあとだ。
 対話の時期と場所は、以下のようになっている。

第1回「ベートーヴェンのピアノ協奏曲第三番をめぐって」……2010年11月16日、神奈川県にある村上の自宅にて。

第2回「カーネギー・ホールのブラームス」……2011年1月13日、東京都内の村上の仕事場にて。

第3回「1960年代に起こったこと」……前半は、前回と同日時・場所にて。後半は同年2月10日に同じ場所にて。

第4回「グスタフ・マーラーの音楽をめぐって」……2011年2月22日、東京都内の村上の仕事場にて。

第5回「オペラは楽しい」……2011年3月29日、ハワイ・ホノルルにて。

「スイスの小さな町で」小澤征爾スイス国際音楽アカデミーの、村上のレポート・エッセイ……2011年6月27日〜7月6日

第6回「決まった教え方があるわけじゃありません。その場その場で考えながらやっているんです」……2011年7月4日、ジュネーブからパリへ向かう特急列車の車中にて。翌日、パリで補遺。

 上記6回の対話とエッセイ1本の合間に、短い「インターリュード」と称されたミニ対話が補遺のように収録されている。その他、村上が前書きを、小澤が後書きを綴っている(言うまでもなく、第4回と第5回の間に、東日本大震災が発生しているが、特に、対話の内容や進行に多大な影響はなかったようである)。

 本書は、村上自身の企画・構成だという。村上自ら小澤のもとを訊ね、インタビューし、(おそらく録音して)その対話を原稿に起こし、推敲して形にしたらしい。普通、この種の「対談本」は、録音をもとに編集者もしくは速記記者が書き起こし、それを対話者(著者)と編集者・校閲者が推敲して形にしていくパターンが多い。
 だが本書は、かなりの部分を作家自身がプロデュースして、仕上げたようだ。おそらく最終稿に至るまで、村上一人によって進められたのではないか。

 実は本書の最大の特徴は、ここにある。
 そもそも書名にしてからが『小澤征爾さんと、音楽について話をする』となっていて、これは明らかに村上による一人称である。つまり本書は、対話集で著者名も(マルC表示も)2人が並列しているものの、実質、「村上春樹の本」なのである。
 そのことは、対話本文部分をパラパラとめくれば一目瞭然だ。

 対話のかなりの部分は、2人でレコードを聴きながら進められるのだが(どうやらそれらはCDではなく、村上のLPコレクションのようである)、たとえば、1962年のグールド(ピアノ)、バーンスタイン(指揮)、NYフィルによる、ブラームスのピアノ協奏曲第1番をめぐる部分。あの有名な、演奏前にバーンスタインが「本来、こんなテンポではやりたくないのだが、グールドの意志で仕方なく、こうなった」とブツブツ言い訳をする声が収録された、ライヴ録音である、

 このLPを聴きながら進む対話の、その採録本文は、まるで「映画の台本」である。
なぜなら、対話の合間に「状況説明」文が、しばしば入るのだ。

〈小澤、そのバーンスタインのステートメントを聴きながら、レコードに添付されていたステートメントの翻訳に目を通す〉
〈ステートメントが終わり、いよいよ演奏が始まる〉
〈ピアノの部分になる〉
〈第一楽章の美しい第二主題をピアノが奏でる〉

 これはもう、ほとんど「ト書き」である。そして、対話の中身もかなり具体的だ。

小澤「ここのところは明らかに、いちにっさん、しいごおろく、という大きな二拍なのね。でもレニーは六つに振っちゃってるわけ。二つでは遅くてとても間が持たないから。六拍にして振るしかない。普通は1(イチ)とうとう、2(ニイ)とうとう、要はいち…にい…で振るんです(後略)」

 レコードだけでなく、映像を観ながらの対話もある。

小澤「いち、にい、さん……ほら、ここはちゃんと音が鳴っているでしょう。この人は息継ぎをしている間、二番フルートに音を繋がせているんです。だから音が途切れない。それがブラームスの指定していることです。ホルンも同じことをしなくちゃいけないんだ」〈画面を見ているとわかるのだが、奏者が楽器から口を離している間も音は鳴り続けている。レコードで聴いていると、これはまったくわからない〉
村上「息継ぎする間、二番がバックアップする。一小節ごとに交代するというのは、つまりそういうことなんですね」

 これは、詳しい方だったらご存知かと思うが、ブラームスの交響曲第1番第4楽章の「ホルン問題」を、映像で観ながら語り合っている部分である。

 以上、ほんの一部を紹介しただけだが、これだけでも、一般的な音楽対談とは、かなりおもむきが異なっていることがわかると思う。
 実は私自身も、何度となく、対談やインタビューの「原稿起こし」をやったことがあるのだが、こういう、音楽実演にまつわる会話を「読んでわかる文章」にすることは、並大抵の難しさではないのである。
 ましてや、小澤は、普段からたいへん早口で、決して滑舌もよくないし、達意に優れた口調ではない。しかし、村上は、小澤の言葉を見事に、そのまま(いや、おそらく善意のアレンジが大幅に施されているにちがいないが)文章に写しとっている。村上が、果たして楽譜(特にフルスコア)を読む力があるのかどうか知らないが、仮に読めなかったとしても、カンのよさで、脳裏には村上なりのスコアが浮かんでいるのではないか、そんな気さえする。今まで、音楽を題材にした小説は、多くの作家によって無数に書かれてきた。音楽そのものを論じる作家だって、いくらでもいた。しかし、こんなことを、つまり音楽家のナマの言葉をこういう形で外部に届けることに成功した小説家は、今回の村上春樹が初めてだと思う。
 BP読者の中には、吹奏楽の現場で、実際に楽器を演奏している人が多い。そんな人たちとっては、これほど面白い本は、ないはずだ。

 クラシック・ファンの中には、小澤征爾を嫌う人もいる。特に、ウィーン国立歌劇場に舞台を移してからの活動に対する不満の声をよく聞く。だがそんな人でも、若き日の小澤の、トロント交響楽団やサンフランシスコ交響楽団時代、ボストン交響楽団前期あたりに関しては、「あの頃の小澤は溌剌としていてよかったなあ」と言う人も多い(アンチ・カラヤン派の中に、EMIのフィルハーモニア管時代を愛好する人が多いのに似ている)。
 本書を読んでいると、小澤自身、アメリカ時代の話になると、実に生き生きとしだすのがわかる。たぶんご本人にとっても、あの頃は楽しかったのだろう。聞き手たる村上も、そのことを十分心得ているように思える。
 もしかしたら村上は、言外に「小澤さん、あなたはアメリカ時代がいちばんよかったですよ」と言いたいのではないか、そんな気さえしてくる。だとしたら村上春樹とは、まことに恐るべき作家である。本書が、一見「共著」のように見えて、実は「村上春樹の本」である理由は、ここにもある。

〈敬称略〉

■小澤征爾×村上春樹『小澤征爾さんと、音楽について話をする』
(新潮社刊、1600円+税)

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(2012.01.25)


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