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【コラム】

富樫鉄火のグル新
第72回 「馬をもて!」

ツィッターほど短くもなく、ブログほど個人的でもない、
同じような話題をグルグルめぐるけど、基本は最新の話題。グル新。

(不定期で更新しています。バックナンバーは最下段「目次ページへ」からお入り下さい)

 いよいよ、コンクールが始まった。猛暑や震災の影響で落ち着かない中、苦労して臨んでいる団体諸氏に、エールを送ります。

 ところで、第68回で、今年の課題曲U≪天国の島≫のことを、ある写真集にからめて綴ったが、実は今年のコンクール課題曲には、特定の「本」がきっかけとなって書かれた曲がある。X番の≪「薔薇戦争」より 戦場にて≫である(全日本吹奏楽連盟作曲コンクール第1位入選作)。
 当初、曲名のみが発表されたとき、「薔薇戦争を題材にした曲なら、シェイクスピアかもしれない」と感じた人は多いと思う。私も長年のシェイクスピア・ファンなので、すぐにそう思った。だが、そうともいえるが実はそうでもない、少々意外なネタ本がもとになっていたのだった。

 その前に、「薔薇戦争」とは何なのか。簡単に述べておこう。
 14〜15世紀にかけて、フランスの王位継承権をめぐって、フランスとイングランドとの間でダラダラと争いが続いた。通称「百年戦争」である。最後はフランス側にジャンヌ・ダルクが登場し、イングランドが撤退して終結した。
 このときのイングランドの国王が、「ヘンリー六世」である。
 彼は、もともと極端に気が弱かった上、精神錯乱の気があった。その上、百年もかけた戦争が負け戦とあって、イングランド国内の諸侯は一斉に不満を漏らし始めた。そして、国内はヘンリー六世支持派の「ランカスター家」と、ヨーク公リチャードを支持する「ヨーク家」に分裂し、内乱となる。
 このとき、ヨーク家の紋章が「白バラ」、ランカスター家の紋章が「赤バラ」だったので、後年、「薔薇戦争」と称されるようになった。ちょうど日本では応仁の乱が始まり、戦国時代に向かい始めたころである。

 この内乱が有名になったのは、何といっても、後年にシェイクスピアが書いた戯曲『ヘンリー六世』第1部・第2部・第3部、『リチャード三世』の、通称「薔薇戦争4部作」によってであった。劇聖の、ほぼ最初期作品と見られている。30年に及んだ薔薇戦争の全貌を、4作かけて描いた芝居だ(他の作品も加えて「薔薇戦争7部作」とも呼ばれる)。
 この中では、最後の『リチャード三世』の面白さが傑出しており、上演頻度が高いばかりか、何回か映画にもなっている。邪魔者は、友人だろうと肉親だろうとすべて虐殺して出世街道をひた走る悪漢リチャードの姿は、狂気を通り越して現代的な快感さえ感じさせる。
 だが、その前の『ヘンリー六世』3部作となると、3作で1本のような芝居なので、このうちどれかを独立して上演することは、ほとんどない。やる以上は、3部作連続でやるしかない。そうなると、まともにやると1作あたり(かなりカットしても)3〜4時間は当たり前なので、1部ずつ計3日かけて上演するか、いっそのこと、まる1日を費やすしかない。ほとんど≪ニーベルングの指環≫である。
 ちなみに日本では、2009年がなぜか『ヘンリー六世』3部作の当り年で、新国立劇場が日をあらためながら3部作を通し上演したほか、彩の国さいたま芸術劇場では、蜷川幸雄演出による一挙上演(全3部を凝縮再構成して半日で上演)などもあった。だが、この上さらに、完結編『リチャード三世』をくっつけた「全4部上演」となると、そうそうあるものではない。

 ところが、さすがにイギリスはシェイクスピアの国である。「なんとか薔薇戦争4部作を、いっぺんにやれないものか」と考える人たちがいたのである。
それが、王立シェイクスピア劇団の演出家ジョン・バートン(1928〜)とピーター・ホール(1930〜)の2人だ。
 彼らは、1963年の「シェイクスピア生誕400年」にあたって、「薔薇戦争4部作」を凝縮し、1本の長い芝居にダイジェストして上演した。それが『The Wars of Roses』(薔薇戦争)である。全4部作で12,294行あったオリジナルを、7,450行に圧縮したという(1965年には、イギリスでTVスペシャル版になった)。
 この台本が1970年にイギリスで出版され、日本では木下順二の邦訳で1997年に講談社から刊行された(この時期、講談社で木下順二訳のシェイクスピア選集が刊行されていたので、その副次的な企画として訳出されたような記憶がある)。
 これはなかなかよくできたダイジェストで、実に巧妙にカットや入れ替えがなされていた。冒頭の百年戦争の場も残されており、ちゃんとジャンヌ・ダルクも出てくる。『ハムレット』の冒頭を、亡霊の「復讐しろ!」で突然始めるような乱暴なカットはほとんどない。


▲『薔薇戦争 シェイクスピア「ヘンリ六世」「リチャード三世」に拠る』
ジョン・バートン台本/ピーター・ホール協力/木下順二訳
(1997年、講談社刊)

 余談だが、ジョン・バートンは、この種の作業に興味があるようで、後年、今度はギリシャ悲劇「10本」をまとめて1本にし、トロイア戦争の全貌を約9時間かけて描く『グリークス』なる、とんでもない「ダイジェスト劇」を作っている。1980年に王立シェイクスピア劇団で初演され、日本でも、90年に文学座アトリエの会で、2000年には蜷川幸雄演出で上演された。邦訳も劇書房から刊行されたことがあるが、全編ノンストップ、ジェットコースターのような、凄まじい芝居である。

 で、話を戻すと、今回の課題曲の作曲者・山口哲人氏は、(スコアに記されたコメントによれば)シェイクスピアの「薔薇戦争4部作」ではなく、このバートン=ホール版にインスピレーションを得て作曲したというのである。
これには驚いた。
シェイクスピアが日本で吹奏楽コンクールの課題曲になったのにも驚いたが、文庫本や新書で容易に手に入る「オリジナル」ではなく、他人の手による「ダイジェスト台本」がもとになったことも驚きだった(このダイジェスト版は日本では上演されたことはないと思う)。
なぜわざわざ、そんな凝ったことをしたのか、筆者には知る由もないが、いうまでもなく、確かにバートン=ホール版はよくできてはいるが、とうていシェイクスピアのオリジナ4部作を凌駕しているものではない。
かつて、フランシス・フォード・コッポラが、自作の映画『ゴッドファーザー』PART1・2を、挿話の時系列どおりに再編集し、『ゴッドファーザー・サガ』なるTV用スペシャルを制作したことがある。確かに複雑な人物関係や時間軸は整理されてわかりやすくなったが、やはりオリジナルの味わいは失われてしまった。バートン=ホール版には、これほどの改変はないが、それでもオリジナルとはかなりの距離があることは否めない。
だから、もしこの曲を演奏する方々が、元ネタを知ろうとするのであれば、バートン=ホール版ではなく、シェイクスピアのオリジナルを読んだほうがいい。作曲者自身も「シェイクスピアの史劇を読んでみてください」と述べている(そもそもバートン=ホール版は、いまでは通常入手は不可能だし、オリジナルなら、ちくま文庫や、白水Uブックスの新書判などで、すぐ読めるのだから)。


▲現在もっとも入手しやすい、ちくま文庫版「薔薇戦争」4部作(松岡和子訳)

 さて、それではいったい、曲題にある「戦場にて」とは、具体的に、どの場を指すのだろうか。作曲者は具体的に述べていないので、おそらく特定の戦闘シーンではなく、全体的なイメージで作曲したのだろうと思う。
 4部作中には、有名な戦闘シーンが、いくつかある。演出によっては、数十人の兵士を舞台上に登場させ、かなりスペクタクルなシーンを見せることもある。ジャンヌ・ダルクがタルボット率いるイングランド軍と闘うシーンや、そのタルボットが息子と共に戦死するシーンなども名場面だが、何といっても最終作『リチャード三世』ラスト・シーンは、シェイクスピア全作品中でも屈指の名戦闘場面である。
 やりたい放題やってきたリチャードが、いよいよ戦場で追い詰められ、兵士たちを前に有名なヤケクソ演説をする。

「敵がどんな奴らか忘れるな! 浮浪者や敗残者、乞食、クズどもの集まりだ! ヘドだ! こんな奴らは海の向こうへ突き返せ! ぶっ殺せ! 踏みつぶせ! 突っ込め! 戦え!」

 そして突入するのだが、結局、再度追い詰められ、身動きがとれなくなる。馬も失った。そのとき、切羽詰まったリチャードは、演劇史上に残る有名なセリフを吐く。

「馬をもて! 誰か馬を! 馬をもってきた者には、わが王国を全部くれてやるぞ!」

 まさに、自分さえ助かればいい、そのためだったら何をしてもかまわないとの、究極のエゴイズムを爆発させるセリフである。

 いったい今まで、何人の役者で、この名セリフを聞いてきたことだろう。まさに「薔薇戦争」といえば「馬をもて!」といっても過言ではない。映画では、古くはローレンス・オリヴィエから始まってイアン・マッケラン、アル・パチーノ。近年の舞台では仲代達矢、市村正親、古田新太……(筆者は、イアン・マッケラン主演の1996年映画版のプログラム解説を書いたことがあるが、このシーンの演出には驚いた。あまりのアイディアに、うなり声をあげそうになった)。

 つまり、普通に4部作に親しんだ上でこの曲を聴けば、ほとんどのひとは、この場面を思い浮かべるはずなのである。
 特に、スコア番号【D】Allegro moltoからの部分は、最後の闘いに挑むリチャードの姿。ここはまさに、あのヤケクソ演説である。
 そしてクライマックス、【J】Maestosoで「馬をもて!」。
 次第にデクレシェンドしていき、「薔薇戦争」は終わりを告げる……(結局、ランカスター家を駆逐したヨーク家のリチャード三世も滅ぼされ、イングランドにはテューダー朝の新しい時代がやってくるのである)。

 実は私は、この曲を初めて聴いたときから、自分の中で、別の題名を付けてしまっている――≪馬をもて! 『リチャード三世』より≫と。
勝手なことをして申し訳ないが、入魂の演奏を実現させたいのであれば、おそらく、このタイトルのつもりでアプローチしたほうがいいような気がする。

※本文中のセリフは筆者の意訳です。

●「薔薇戦争」4部作(『ヘンリー六世』第1〜3部、『リチャード三世』)は、ちくま文庫版(松岡和子訳)、白水Uブックス版(小田島雄志訳)があります。『リチャード三世』のみであれば、新潮文庫版(福田恒存訳)、角川文庫版(河合祥一郎版)、岩波文庫版(木下順二訳)などがあります。

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)

(2011.07.06)


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