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【コラム】

富樫鉄火のグル新
第68回 課題曲≪天国の島≫

ツィッターほど短くもなく、ブログほど個人的でもない、
同じような話題をグルグルめぐるけど、基本は最新の話題。グル新。


【再開のごあいさつ】

 長いこと更新せず、お詫び申し上げます。
  実は、昨年夏に大病・手術をし、まあまあ順調に回復しているのですが、その関係で諸事が滞留し、なかなかまとまった原稿を書く余裕がありませんでした。ツイッターのように気軽につぶやくようなわけにもいかないので、しばらく休ませていただきました。申し訳ありません。
  何とか再開することにいたしましたが、以前よりもゆったりと更新していくつもりです。どうか、時々でけっこうですので、気にかけて覗いていただければ幸いです。
  なお、連載途中だった日生劇場・吹奏楽ミュージカルに関するコラム(第66〜67回)は、後刻、加筆の上、あらためて掲載いたします。
(富樫鉄火)

(不定期で更新しています。バックナンバーは最下段「目次ページへ」からお入り下さい)

 今年もコンクール課題曲が5曲、発表された。そろそろどこの団体でも、参考音源を聴いたりスコアを見たりして、どの曲にするかを決めていることだろう。今回は、その中の1曲、U≪天国の島≫について述べる。ただし私は単なる道楽者なので、音楽的な話ではない。「天国の島」とは、いったいどういう島なのか。ぜひこの機会に多くの方々に知っていただきたいのである。

 私の手許に、一冊の写真集がある。


 『おろろん 天売島の詩』(寺沢孝毅著/1993年、北海道新聞社刊)。特に自然に興味があるわけでもない私が、なぜこんな写真集を持っているかというと……。
 もう20年以上前、週刊誌記者だった頃、ある取材で、北海道北西岸の留萌〜羽幌〜稚内近辺を何度か訪れたことがある。
 海岸沿いを走るタクシーから見える景色は、実に素晴らしかった。初秋だったと思う。水平線が無限に広がっており、彼方で海鳥が群れている。そのあたり(羽幌町)は、夕日の美しい町として有名で、確かに夕刻になると、沈みかけた太陽の赤みが黒い海面に映えて、まるでターナーの風景画のようであった。その先にはソ連があったはずである(まだソ連崩壊以前だった)。

 走りながら、運転手さんが海のほうにチラチラ視線をやりながら、
「おお、今日はヤギシーやテーリトーがきれいに見えますよー」
 と言ったのを、いまでもはっきり覚えている。ちょっと独特のアクセントで、最初は何といっているのかわからなかったのだが、向こうに見える島のことをいっているらしい。確かに扁平な島が小さく二つ見えた。あとでわかるのだが、「ヤギシー」=「焼尻島」(やぎしりとう)、「テーリトー」=「天売島」(てうりとう)のことをいっていたのだった。
「島へは羽幌からフェリーで行くんです。ヤギシー回ってテーリトーだと1時間半くらいかかるかねー。空港もないから、船しかなくてねー。天気が荒れると3日も4日も船が出なくて大変ですよー」
 無知な私が「人が住んでるんですか」と聞くと、
「いますけど、どっちの島も数百人くらいです。それよりもテーリトーは、オーロンがたくさんいて、鳥の天国なんですよー。それはすごいもんで、この世の景色とは思えないって、みんないいますよー」
 といった。「オーロン」=「オロロン鳥」(ウミガラス)のことだった。
 そのとき私は、別件の取材のことで頭がいっぱいだったのだが、妙にこの運転手さんが口にした言葉が脳裏に残った。天売島は「鳥の天国」で、「この世の景色とは思えない」ほどたくさんの鳥がいるというのだ。つい、ヒッチコックの映画『鳥』のラストシーンを思い浮かべていた。

 やがて数年後、別件取材で札幌を訪れた私は、取材の合間に入った書店で、先の写真集『おろろん 天売島の詩』を見かけた。あの運転手さんがいっていた島の写真集だ……と思って手に取り、パラパラとめくって、驚いてしまった。断崖絶壁に群れる鳥の姿をとらえた写真は、ほんとうに「この世の景色とは思えない」光景だった。



 著者(カメラマン)の寺沢孝毅さんは、北海道教育大学旭川校卒業、天売小学校に教員として勤務後、カメラマンとして独立した(ちなみに、その後も寺沢さんは天売島に在住し、多くの写真集を上梓する一方、同島の自然保護活動に専念しておられるようだ)。
 同書によれば、天売島の周囲はたった12キロだという(人口は、同書刊行の1993年時で約500人。2010年時で370人強)。北海道に面した南側は緩やかな海岸線だが、反対側は断崖絶壁で、海鳥の豊かな繁殖地として国の天然記念物や、鳥獣保護区に指定されている。毎年、春から夏にかけて100万羽近くの海鳥たちが繁殖に訪れるほか、トドやゴマフアザラシもやってくる。島独特の植物もあるようだ。
 仕事半分の興味もあって、さっそくその写真集を購入し、いつか行ってみたいもんだと漠然と思ってから、早や20年近く。その間、正直なところ、「鳥の天国」天売島の名前も、すっかり忘れてしまっていた。
 ところが今回、奇しくも、コンクール課題曲≪天国の島≫の題材となったことを知り、懐かしい写真集を本の山の中から引っ張り出したというわけだ。なるほど確かに天売島は、あの運転手さんもいっていたように、自然にあふれた「天国の島」なのだ。

 作曲者の佐藤博昭氏は、発表資料によれば、1980年、北海道の札幌市生まれ。北海道教育大学旭川校(芸術文化・音楽)を卒業し、中学・高校教師を経て、現在は楽譜出版社ミュージック・エイトの社員だそうで、作曲は独学とのことだ。
  曲に関しては、頒布された楽譜のコメント欄に、ただひとこと「北海道北西部に位置する、『天売島』(てうりとう)の印象を描いた作品です」としか書かれていない。
コンクール課題曲では、過去、「南極」「沖縄」「北国」「東北地方」「スペイン/カタロニア」「エジプト」「ブラジル」「アラブ」などはあったが、ここまで細かい地名がモチーフになったことは、珍しいのではないだろうか(中野駅北口美観商店街=現サンモールを描いた、ポップス描写曲≪メイン・ストリートで≫もあったが)。
  作曲者は、曲の由来に関して、楽譜にはひとことしか寄せていないが、全日本吹奏楽連盟の会報「すいそうがく」185(2010年12月発行)には、もう少し詳しく寄稿している。それによれば――
  佐藤氏はかつて、天売島の中学に音楽教師として1年間、勤務した(出身校といい、先述書の著者・寺沢孝毅氏とほぼ同じ経歴である)。生徒数は7名だった。運動会や文化祭では島中から人々が集まり、お祭りのようになる。大人たちは子どもたちの活躍を何より楽しみにしており、コンビニや娯楽施設などなくても、何の問題もない。「島の高くから眺める雄大な海、崖、緑は圧巻で、私がこれまで見た中で最も美しい景色」だった。この島に「住むことで本当の魅力に触れることができた」、その印象を描いた曲だという。そして「この曲には多くのsoloが登場しますが、時にそれらは、鳥、昆虫、植物といった一つの生命体であるように感じられます」とのことだ。
  つまりこの曲は、佐藤氏が天売島を「訪れ」て描いた曲ではなく、天売島で「暮らし、生きた」記録でもあるのだ。そう思って聴くと、イメージも変わるのではないだろうか。

 曲は、突如としてピッコロのソロから始まる。鳥をイメージしているように思える。かつて1990年の課題曲≪ランドスケイプ≫(池辺晋一郎)の中にも、かなり長めのピッコロ・ソロがあって、「鳥の歌声のように」と指定されていたが、あれに匹敵する長さの、課題曲史上に残るピッコロ・ソロといえよう。
  以後、確かに作曲者がいうように、オーボエやバスーンなどのソロがつづくほか(ともに代行楽器あり)、木管群がユニゾンでメロディを奏でる部分も多い。これら一つ一つを、作曲者は、鳥や植物や具体的な景色、島の人々などを思い浮かべながら書いたのだろう。
  私は、先述書『おろろん 天売島の詩』を広げながら、参考音源CDを聴いた。そして「ピッコロ・ソロは、ウミネコの求愛みたいだな」「木管群の旋律は、屏風岩の光景だろうか」などと、勝手な想像をしながら聴いた。こんなふうに、特定の写真を見ながら課題曲を聴いたのは初めての経験だった。「天売島」の「テウリ」とはアイヌ語から来ているとの説もあるらしいが、そういわれてみれば、曲中に、アイヌを感じさせる部分もある。

 この曲を聴くにしても演奏するにしても、天売島を理解していなければならない、なんてことは、もちろんない。多くの団体にとっては「勝負曲」の一つにしかすぎないかもしれない。ただ、もし演奏するのであれば、ほんの少しでもいいから、天売島のことを知っておいてほしい。私のように、対岸から眺め、写真集を見ただけでも、もう、この曲は単なる課題曲ではすまなくなっているのだ。ましてや作曲者・佐藤氏の思いは、いかばかりだろう。
  ウェブサイトなどで見ると、現在、天売島の学校には、小学生14名、中学生6名、高校生6名(定時制普通科につき全員就業生)の、計26名の「児童・生徒」がいる。まるで『二十四の瞳』である。この21世紀の現代にあって、こういう小さな学校が、まだちゃんと息づいているのだ。私は、この子たちがどのような家庭の子供たちで、島でどのような生活を送っているのか、まったく知らない。ただ、もしかしたら佐藤博昭氏は、この26名の子どもたちの存在を日本中に知ってもらいたくて≪天国の島≫を書き、課題曲に応募したのではないか……曲を聴きながら、そんな気さえ、したのである。

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)

(2011.02.18)


※本稿の著作権は富樫鉄火が、出版権・公衆送信権はバンドパワーが独占しています。両者の許諾なく、出典元表記のない引用や、引用の範囲を超えた複写、コピー&ペーストを固く禁止します。
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