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【コラム】

富樫鉄火のグル新
メイキング・オブ『リズムの国のアリス』(2)

ツィッターほど短くもなく、ブログほど個人的でもない、
同じような話題をグルグルめぐるけど、基本は最新の話題。グル新。

(不定期で更新しています。バックナンバーは最下段「目次ページへ」からお入り下さい)

 日生劇場側から相談を受けたシエナ・ウインド・オーケストラは、さっそく「吹奏楽によるファミリー・コンサート」の素案作りに入った。それをもとに、日生側と、今後、さらに内容をブラッシュ・アップさせていくことになったのである(この作業に、筆者もお手伝いで参加させていただいた)。

 このときシエナ側は、極めてシンプルな構成を考えていた。つまり、基本は通常のコンサートで、ステージ上でバンドが座奏する(もちろんソロは前に出て演奏するが)。指揮者とナビゲーターが、いろいろとお話解説をしながら曲を演奏していく。この「ナビゲーター」とは、いわゆる「歌のお姉さん」みたいなタレントさんが理想。子供でも楽しめるマーチや楽器紹介曲などを中心に、1〜2曲は、みんなで歌える曲も入れる……。

 これだったら、地方公演も可能である。歌のお姉さんさえ確保できれば、どこへでも持っていける。場合によっては、その土地で活躍しているタレント歌手を起用してもいい。日本各地の子供たちに、小さいうちから吹奏楽に親しんでもらう絶好のチャンスになるだろう。

 そんなコンセプトをもとに、シエナ側は候補曲をピックアップした。スーザのマーチ、真島俊夫編曲≪口笛吹いて働こう≫などの楽器紹介曲、≪スター・ウォーズ≫の音楽、チャイコフスキーやホルスト、≪シングシングシング≫、≪ディスコ・キッド≫……。

 日生劇場側は、すでにシエナのコンサートやDVDも観ていた。そして、さすがにプロだけあって、この素案を見てすぐにピンときた。
「吹奏楽は、どのようなジャンルの音楽でもこなせる」
「しかもほとんどの曲に、市販の編曲譜がある」
「団員も明るい人たちばかりで、企画内容に対して積極的だ」

 すべてが、オーケストラとは逆だった。オケは、
「やってできないことはないが、演奏できるジャンルに、ある程度限りがある」
「クラシック以外だと、新たに編曲譜を作らなければならない曲が多い」
「オケ団員に演奏以外(寸劇など)をこなしてもらうのは、なかなか難しい」

 それどころか、すでに指揮者として候補に挙がっていた松沼俊彦氏に至っては「僕なんかでいいんでしたら、おしゃべりでも芝居でも、何でもやりますよ」との気軽さである。シエナ事務局は「団員の出番をどっかに作ってやれませんか」とまで言い出す。

 どうやら吹奏楽だと、思った以上のいろんなことができそうである。

 そして何回目かの打ち合わせの席上、日生側から、思わぬ提案が出た。

「通常のコンサート・スタイルではなく、ミュージカル風にしたいと思います。テーマは『不思議の国のアリス』でいきます。アリスが異次元の世界に迷い込みます。そこでは、ハートの女王のためのコンサートを開催しなければならない。しかし、アリスが来たことで混乱が生じ、楽器がなくなったり鳴らなくなったりする。それを、アリスと仲間たちが、一つずつ解決し、音楽や楽器のことを学びながら、コンサート開催にこぎつける。最後は地上へ帰るアリスと仲間たちの別れです。アリスは、一段階成長し、大人に近づいて幕となります」

 ……シエナ側は、言葉を失っていた。「あの……、それって、コンサートとかのレベルを超えてますよね」

 日生劇場側は平然と答える。「そうです。ほとんどミュージカルというか、音楽劇ですね」

シエナ「その、アリスとか、仲間とか……は、誰がやるんですか」
日生「もちろんプロを招きます。アリス役には、二期会の鵜木絵里さんを考えています。そのほか、時計屋やウサギ役も、歌の巧い役者さんを招きます。シエナのみなさんは、この国のオーケストラ団員という役どころです。あ、そうそう、指揮の松沼さんにはチェシャ猫をやっていただきます」

松沼「ひっ。チェ、チェシャ猫?」
日生「そうです。何でもおやりになれるんでしょう?」
松沼「せいぜい解説程度だと思ってたんですが……」

シエナ「それと……、これほどの内容になると、衣裳とか、舞台美術とか、照明とか、かなりのオオゴトになるような気がするんですが……」
日生「もちろんです。すべて専属スタッフが劇場におりますから。演出は俳優座演出部出身のオペラ演出家・高岸未朝さんにお願いします」
シエナ「オ、オペラ演出家……?」

 かくして、シエナ側が当初考えていた「地方公演に持って行く」などとうてい不可能な、予想を上回る大型プロジェクトとなってしまった。しかしとにかく、新たな基本コンセプトや、おおまかなストーリー展開が提示されたことで、シエナ側は、これに沿って、新たな候補曲を選曲することになった。

 しかも、日生側の希望で、この公演ならではの、新作オリジナル曲の初演も加えたいという。プランは、ますます本格巨大化していく。もはや、通常の吹奏楽コンサートの枠は、完全にどこかへ飛んで行ってしまっていた。

 吹奏楽の世界の中だけにいたのでは思いもつかないようなあれこれを、日生劇場のスタッフは提示してくる。新しい吹奏楽コンサートが作れるかもしれない。シエナ側は、まだよくわからないが、何か、まったく新しい世界が開けるような予感を覚えていた。

<つづく>

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)

(2010.09.22)


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