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【コラム】

富樫鉄火のグル新
第59回 ≪中田喜直の四季≫

ツィッターほど短くもなく、ブログほど個人的でもない、
同じような話題をグルグルめぐるけど、基本は最新の話題。グル新。

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 今年は、多くの童謡や合唱曲で知られた中田喜直(1923〜2000)の没後10年にあたる。命日の5月3日は、名作≪夏の思い出≫の歌詞にちなんで「水芭蕉忌」とされ、いままさに、全国各地で「水芭蕉忌コンサート」と称する追悼コンサートが開催されている。

 作品の多くが声楽曲なので、吹奏楽界には縁のないように思われがちだが、この5月30日(日)、神奈川・相模原市のグリーンホール相模大野におけるシエナ・ウインド・オーケストラのコンサートで、たいへん興味深い曲が初演された。

 伊藤康英編曲、合唱と吹奏楽のための≪中田喜直の四季≫である。まさに、没後10年を追悼する、画期的な初演であった。

 最近、合唱と吹奏楽のコラボが盛んである。少子化の影響で、吹奏楽部も合唱部も人数が少ない。だったら、学園祭などでは一緒に演奏しようとの機運が盛り上がっているらしい。また、最近の合唱曲(特にNコン課題曲)は、アンジェラ・アキ≪手紙≫や、いきものがかり≪YELL≫など、ポップス系の曲が多く、これらが校内合唱コンクールなどで人気があることから、自然と、吹奏楽部も、それらを演奏するようになった。だが、やはり本来が「歌」なので、インスト演奏もさることながら、できれば「歌詞」付きで歌いたい、そこで、「合唱+吹奏楽譜」の出版が多くなっていることもあるようだ。卒業式の定番曲≪旅立ちの日に≫や、合唱人気曲≪大地讃頌≫なども、「合唱+吹奏楽」譜が、何種類か出版されている。

 この日のシエナWOのコンサートに合唱で出演したのは、地元、神奈川県立弥栄高校合唱団であった。すでに合唱コンなどで上位成績をおさめている、「名門合唱部」である。

 私も、いろんな吹奏楽コンサートに行っているが、プロ・バンドと高校合唱部が、音楽鑑賞教室などではなく、正式な「コンサート」で共演した例は、あまり聞いたことがない。

 で、その≪中田喜直の四季≫であるが、メドレー組曲になっており、登場する曲は、≪ちいさい秋みつけた≫〜≪雪の降る街を≫〜≪めだかの学校≫(一部)〜≪さくら横ちょう≫〜≪夏の思い出≫となっている。

 シンプルに始まり、次第に曲想を広げていき、最後、名曲≪夏の思い出≫が、合唱のみで歌われ、そこへ吹奏楽が加わって壮大なフィナーレを迎える構成は、感動以外のなにものでもなかった。音楽に「ことば」が加わったときの感動は、こればかりは吹奏楽のみでは絶対に表現できないことである。中田喜直が、いかに日本語の響きやイントネーションを大切にしてメロディーを書いたかも如実にわかるばかりか、さすがはベテラン作曲家・伊藤康英、曲の移り変わりや展開も見事としかいいようがなかった。特に、暗く厳しい「冬」を描いた≪雪の降る街を≫のラストで、次第に光が射して春の訪れを告げ、≪めだかの学校≫や≪さくら横ちょう≫の「春」に流れ込んでいく展開には舌を巻いた。没後10年目にして、合唱(中田喜直)と吹奏楽(伊藤康英)の、まことに幸福な出逢いが実現したといえよう。

 そこに加えて、弥栄高校の合唱の素晴らしさにも仰天した。聞けば、「合唱部」ではなく、いろんな科や吹奏楽部の生徒も一緒らしい。だから「合唱団」なのだ。若い彼らが、美しい発音・発声で中田作品を歌う姿は、笑われるかもしれないが「この子たちがいるかぎり、日本文化もまだまだ大丈夫じゃないか」との感慨さえ、わきおこったものだ。当日は、ほかにも≪Bilieve≫≪手紙≫≪大地讃頌≫なども歌ったのだが、どれも素晴らしい歌声で、歳をとって涙もろくなった私など、ちょっと涙が出そうになってしまった(≪旅立ちの日に≫がなくてよかった。もし歌われていたら、号泣したかもしれない)。
  合唱と吹奏楽は、相性が難しいといわれてきた。声域と音域の差、声量と音量の差、そして調性のちがい……だが、そこはさすがにシエナWO(松沼俊彦・指揮)だけあって、決して合唱を遮ることなく、あくまでサポートにまわって合唱を引き立てながら、美しい響きを「声」の中にブレンドさせていた。

 そうやって考えると、この≪中田喜直の四季≫は、そう簡単な譜面ではないかもしれない。シエナWOと弥栄高校だからこそ演奏できたともいえる。だが、この譜面は、合唱部(団)と吹奏楽部(団)が、十分な時間をかけてじっくり取り組み、一体となってひとつの音楽をつくりあげることのできる、画期的な作品といえる。少なくとも、過去のポップス系「合唱+吹奏楽」譜とは、まったくコンセプトがちがう。そのような譜面を生み出してくれた伊藤康英に喝采を送りたい。

 今後、おそらく「合唱+吹奏楽」は、新たなムーブメントとなって、さらに広がるだろう。その初めが、伊藤康英編曲≪中田喜直の四季≫だったことを、私たちは幸せに思いたい。

 

【余談1】≪さくら横ちょう≫は、あまりなじみがない曲かもしれない。昭和25年、文芸評論家の加藤周一が発表した詩(名詩として知られており、別宮貞雄も作曲している)に、昭和37年に中田が作曲した歌曲で、いわゆる「知られざる名曲」である。

【余談2】伊藤康英編曲≪中田喜直の四季≫の楽譜セットは、ミュージックエイトから発売中。また、上記、シエナWOと弥栄高校の共演ライヴ録音が、近日、同社HPで試聴可能になる予定。

※≪中田喜直の四季≫の楽譜セットは、BPショップでも「お取り寄せ」が可能です。お気軽にご連絡ください http://www.rakuten.ne.jp/gold/bandpower/index.html

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)

(2010.06.02)


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