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【コラム】

富樫鉄火のグル新
第56回 『黛敏郎の世界』

ツィッターほど短くもなく、ブログほど個人的でもない、
同じような話題をグルグルめぐるけど、基本は最新の話題。グル新。

(週2〜3回更新しています。バックナンバーは最下段「目次ページへ」からお入り下さい)

 第53回で紹介した「奏楽堂の響き3」の会場(旧奏楽堂)で、ある本が販売されていた。『黛敏郎の世界』である。奥付によれば、「企画:京都仏教音楽祭2010実行委員会」「編集:西耕一、市川文武」「発行:ヤマト文庫」となっている。

 A4判、ソフト表紙、平綴じ三方裁ち、240頁余で、「本」というよりは、分厚い論文集のような外見である。

 中学時代からの黛ファンである私は、よく中身も確かめずに買ったのだが、あとでじっくり読み始めて、驚いてしまった。これはたいへんな本である。

 内容の大半は、黛自身の文章で、自作解説やエッセイなどが収録されているのだが、彼の音楽に対する思想や姿勢がよくわかって面白い。全体のジャンルわけも、とてもうまくできている。名作≪涅槃交響曲≫にまつわる文章がたっぷりあるのもうれしい。

 映画『天地創造』の作曲にまつわる記録などは、なるほどハリウッド方式の映画音楽とはこうやってできていくのかと、興趣つきない内容だった。当初、音楽はストラヴィンスキーに依頼する予定だったのが、ボツになったので、≪涅槃≫をレコードで聴いたジョン・ヒューストン監督が、黛に白羽の矢を立てたのだという。

 さらに驚くべきは、いままで見たことのない写真がけっこう収録されていることで、少なくとも私は、夫人(元女優の桂木洋子)や、お子さん(演出家・黛りんたろう氏)との、あのような家族写真は、初めて見た。

 後半には、第三者の解説や論評エッセイがあるのだが、中橋愛生氏の「黛敏郎の吹奏楽」は、特にBP読者には必読である。

 黛は、ある時期、アメリカで、吹奏楽曲(管打アンサンブル曲)を集中的に発表していて、その中のいくつかは、岩城宏之指揮=東京佼成ウインドオーケストラの名盤『トーンプレロマス55』に収録されているが、これらを初演した「アメリカン・ウインド・シンフォニー・オーケストラ」なる団体について、これほどキチンと解説した文章は、初めてではなかろうか。中橋氏は作曲家だが、私のような雑文屋など足許にもおよばない、たいへんな「書き手」でもある。さすが中橋氏というべき一文だ。このような団体がかつてあったことを知って、まことに勉強になった。

 そのほか、黛時代の「題名のない音楽会」プロデューサーだった大石泰氏の、同番組にまつわる回想エッセイには唖然となる。私は、しばしば書いているとおり、中学入学以来、10年強にわたって「題名のない音楽会」の渋谷公会堂での公開録画に、ほぼ毎回通っていたほどの「題名〜」フェチだったのだが、いま、こんな姿勢でTV番組をつくる人間がいたら、即刻すべては「瓦解」するであろう。あえて紹介しないので、ぜひ、お読みいただきたい。これほどの個性がなければ、面白いTV番組なんてできない、その決定的証左である。この部分だけを膨らませても、十分、一冊の本になるのではないか。

 巻末には年譜や作品リスト、映画音楽リストなど、広範な資料もついている。孤高の天才作曲家の、ほぼ全容をおさめたものとして、本書は、まことに画期的な出版といえよう。

 実は本書は、5月初旬に開催された「京都仏教音楽祭2010」での会場販売用に制作されたものらしい。たまたま、この音楽祭で、黛の≪涅槃交響曲≫や≪大佛讃歌≫が演奏されるのを機にまとめられたものだという。企画編集の中心者は、研究家の西耕一氏で、先の「奏楽堂の響き3」にも関与していたため、特別に旧奏楽堂で販売されたのだった。刊行実現に至らせた西耕一氏はじめ関係各位に最大級の賛辞を送りたい。

 黛ファンはもちろん、戦後の日本音楽界に興味ある方は、なんとしても手にしておかなければならない、「最初から古典」の宿命を背負った名著である。

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)

■「黛敏郎の世界」をBPショップで購入する
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/bk-4126/

【追記】読者からの情報提供によれば、アメリカン・ウインド・シンフォニーは、いまでも活動中で、近年は和田薫氏の委嘱作品などを初演しているようです。ご指摘、ありがとうございます。(富樫)

(2010.05.18)


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