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【コラム】

富樫鉄火のグル新
第34回 アカデミー賞(3) 『ハート・ロッカー』

ツィッターほど短くもなく、ブログほど個人的でもない、
同じような話題をグルグルめぐるけど、基本は最新の話題。グル新。



 最優秀作品賞を受賞した『ハート・ロッカー』を観ていて、どうにも「既視感」が拭えなかった。

 「非日常」のはずの戦争が「日常」になってしまった男は、『パットン大戦車軍団』のジョージ・C・スコットの名演があった(アカデミー主演男優賞受賞←拒否)。

 リアルな戦闘シーンは、『プライベート・ライアン』冒頭30分のほうがはるかに緊張させられた。

 攻める側(この場合は「米兵」)ばかりが描かれ、攻められる側(この場合は「イラク人」)がまったく描かれず、虫ケラのように殺されていくシーンは、『突入せよ! あさま山荘事件』と同じで、ウンザリさせられた。

 防護服を着た爆弾処理兵が、周囲の建物をにらみながら無人の大通りをゆっくり進むシーンは『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』で何度も観た。

 ニュース・ドキュメントを思わせるカメラ・ワークは、特定の作品を挙げるまでもなく、いまや大流行である(大河ドラマ『龍馬伝』ですら!)。

 ラスト・シーンと、そこに登場するキメの字幕は、ソルジェニーツィンの小説『イワン・デニーソヴィチの一日』の有名なラストを思い出せた(全体の雰囲気も、どこか似ていないか)。

 どうも、「いつかどこかで観た何か」を集積した映画としか、思えなかった。新鮮なのは、物語上の大きな展開がないことだけだった。

 終映後、脳裏に浮かんだのは、ロバート・W・スミスの≪仁川(インチョン)≫だった。朝鮮戦争におけるアメリカ軍のクロマイト作戦を描写した音楽だ。なかなか聴かせる曲だが、どうしたって「攻める側」=アメリカの視点で描かれていることは否めない。

 これに対し『ハート・ロッカー』は、「どちらの側にも立っていない、冷静な映画である」との声もあるらしいが、ほんとうにそう思っているとしたら、まことにおめでたい方々だ。監督は「この受賞をイラクやアフガニスタンなど、世界中で命を危険にさらしている兵士たちに捧げたい。彼らの無事の帰国を願う」とスピーチしたんだよ。「アメリカは一刻も早くイラクから撤退せよ」とは、ひとこともいってないんだよ。

 よって、少なくとも私は、まったく面白いと思わなかったし、緊張も感動もしなかった。「なるほど、いまのイラクは、こんなことになっているのか」と勉強にはなったが、それだけだった。

 しかし、とにかくこの映画が、2009年の最高傑作に選出されたのだ。『ザ・コーヴ』の評価といい(第33回)、ほぼ無視された『アバター』といい(第34回)、アメリカは、妙な集団ヒステリーにかかっているんじゃないか。

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■吹奏楽曲でたどる世界史
第47回 朝鮮戦争〜クロマイト作戦(1950〜53)
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富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)

(2010.03.12)


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