吹奏楽マガジン バンドパワー 吹奏楽マガジン バンドパワー

【コラム】

富樫鉄火のグル新
第33回 アカデミー賞(1)『ザ・コーヴ』

ツィッターほど短くもなく、ブログほど個人的でもない、
同じような話題をグルグルめぐるけど、基本は最新の話題。グル新。



  アカデミー賞の最優秀長編ドキュメンタリー賞を『ザ・コーヴ(入り江)』が受賞したことで、騒動になっている。

 まだ日本では公開されていないので即断は避けたいが、和歌山県太地町のイルカ漁を盗撮し、告発した作品だという。

 この映画の製作者たちと、最優秀賞に選出したアカデミー会員たちに聞きたい。

 盗撮でドキュメンタリをつくったことは、確かに肖像権や著作権侵害の可能性があるが、やむをえない場合もあると思う。北朝鮮の飢餓の惨状だって、10年ほど前に、初めて盗撮映像によって世界に知らされたのだ。だが問題は、そんなことではない。

 あなたたちは、アメリカ文学の最高傑作『白鯨』(メルヴィル)を読んだことがあるか。日本では、1999年に岩波文庫創刊70年を期して行なわれた、文化人による海外文学人気投票で「満票第1位」に選出されているほどの名作だ。

 この中の、捕鯨業を賛美する章の中に、こんな一節がある。

「鎖国中の日本が開国するとすれば、その功績は捕鯨船に与えられるべきだ。事実、日本の開国は目前に迫っている」

 ペリーの黒船が来たのは1853年。『白鯨』初出は1851年。ペリーの目的の一つは、日本にアメリカ捕鯨船の基地を確保することだった。つまり、アメリカ捕鯨業が、日本を開国させたともいえるのである。捕鯨が、一国の命運を変えたのだ。この事実を、あなたたちは認識しているか。

 そして、この『白鯨』が、≪マスク≫≪聖歌と祭り≫で知られるフランシス・マクベスによって、≪水夫と鯨≫と題する吹奏楽組曲になっているのを知っているか。1997年に、ツヅキボウ交響吹奏楽団(岐阜)によって、コンクール全国大会でも演奏されている。

 『ザ・コーヴ』の目的が、日本のイルカ漁をやめさせることにあるのなら、同じ海の哺乳類を捕獲する『白鯨』も禁書にし、≪水夫と鯨≫も演奏禁止にするべきじゃないか。

 そしてもうひとつ。あなたたちに、日本のドキュメンタリー映像『にくのひと』を観てもらいたい。兵庫・加古川食肉センターで働くひとたちを追った作品だ。2007年に、当時、大阪芸術大学の映像学科学生だった満若勇咲が製作発表し、轟然たる話題を巻き起こした。もちろん仕事内容は、牛を解体し、食肉に加工することである。生きている牛が、どうやって食肉になるのかが、すべてとらえられている。あなたたちアメリカ人が毎日食べているビーフは、こうやって加工され、食卓に届いているのである。まさか「鯨・イルカと牛とでは、命の重みがちがう」などとはいわせない。

 もう一度いう。『白鯨』を禁書にしろ。≪水夫と鯨≫を演奏禁止にしろ。そして『にくのひと』を観ろ。その上で『ザ・コーヴ』を日本人に観せてこそ、他国の食文化を批判攻撃できるというものだ。

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)

(2010.03.10)


※本稿の著作権は富樫鉄火が、出版権はバンドパワーが独占しています。両者の許諾なく、出典元表記のない引用や、引用の範囲を超えた複写、コピー&ペーストを固く禁止します。
吹奏楽マガジン バンドパワー
吹奏楽マガジン バンドパワー
吹奏楽マガジン バンドパワー
 
jasrac番号吹奏楽マガジン バンドパワー