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【コラム】

富樫鉄火のグル新
第24回 冬季オリンピックと吹奏楽(3)
     矢代秋雄と三善晃

ツィッターほど短くもなく、ブログほど個人的でもない、
同じような話題をグルグルめぐるけど、基本は最新の話題。グル新。



 1972年の札幌冬季オリンピックのことばかり書いているとバンクーバー大会が終わってしまうので、札幌の話題は今回で最後にする。

 札幌大会のファンファーレは、三善晃が書いた。そのカッコよさといったら! 当時の吹奏楽小僧たちは、みんなシビれてしまったものだ。

 このころの、NHKをはじめとするTVのオリンピック中継は、いまのようなイメージ・ソングなど流さず、ほとんどが、このファンファーレを番組オープニング曲にしていた。だから、2週間余で、耳にこびりついてしまった。

 当時、三善晃の名前は、まだ吹奏楽界には登場していなかったと思う。私も「難しい現代音楽と、合唱曲を多く書いているベテラン作曲家らしい」程度の認識だった。

 確か、コンクール全国大会に三善作品が登場したのは、1978年の秋田南高校による≪管弦楽のための協奏曲≫(天野正道編曲)が最初だったのではないだろうか。課題曲に≪深層の祭≫が登場するのは、ずっとあとの1988年である。

 だとしたら、この札幌大会ファンファーレは、三善晃の「最初の吹奏楽曲」かもしれない。

 私は全然気がつかなかったのだが、札幌大会の開会式では、矢代秋雄の、祝典序曲≪白銀の祭典≫も演奏されたらしい。いまでは中高吹奏楽部員でも知っている名前だが、当時、私は、そんな作曲家、聞いたことなかった。

 この≪白銀の祭典≫も矢代にとって初めての吹奏楽曲で、屋外スタジアムで演奏されたときの響きを考慮して書かれている。たいへん知的で美しい曲だ。東京佼成ウインドオーケストラのCDがあるので、ぜひ、お聴きいただきたい。

 札幌大会で初めて吹奏楽曲を書いたこの2人は、肩を並べて開会式に出席した。実は2人は、終戦直後の混乱期に、ともにパリで留学生として一緒に過ごした親友同士だったのだ。

 2人は、パリ留学から帰国後、ともに日フィルから新作を委嘱される。いまにつづく「日フィル・シリーズ」である。その第1弾が、矢代の≪交響曲≫(1958年初演)、第4弾が三善の≪交響三章≫(1960年初演)。現在、ともに吹奏楽版となって定着していることは、いうまでもない。

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)

(2010.02.18)


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