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【コラム】

富樫鉄火のグル新
第18回 朝青龍引退

ツィッターほど短くもなく、ブログほど個人的でもない、
同じような話題をグルグルめぐるけど、基本は最新の話題。グル新。



 朝青龍の引退を「悪役がいなくなる大相撲はつまらない」と感じているひとがいるようだが、まことにとんでもない話である。なにか、勘違いをしているのではないか。大相撲は国技であり神事の延長である。プロレスではないのだ。なぜ悪役が必要なのか。

 かつて北の湖が、あまりに強く、しかも表情がふてぶてしい上に、負けた相手に手を貸さないせいもあって、「憎まれ役」つまり一種の「悪役」だったことがある。だけど少なくとも北の湖は、サボってサッカーをしたり、相手の髷をつかんで反則負けしたり、土俵上でガッツポーズをしたり、「頑張って下さい」と声をかけた相手を殴ったり、そんなことはしなかった。

 いまはそうでもなくなったが、昔、力士は、一般庶民の、特に子供たちの憧れの対象であった。「気は優しくて力持ち」のお相撲さんは、存在自体が「縁起もの」であった。節分で豆まきをしてもらうと、ほんとうに邪気がはらわれると信じられていたし、家の新築の建前で四股を踏んでもらうと、地盤がしっかりして、頑丈な家が建つと信じられていた。産まれて間もない赤ちゃんをお相撲さんに抱っこしてもらうと、丈夫な子に育つともいわれていた。初代貴ノ花が小さい身体で頑張る姿を見て、一般庶民は本気で「明日も頑張ろう」と勇気がわいたのである。

 だから、少々大げさにいえば、お相撲さんは、常に人々に見られている、模範的な存在でなければならないのだ。プロ吹奏楽団のコンサートに中高生が詰めかけて課題曲の模範演奏を聴いたり、超絶テクニックに感動して「いつか自分もあんな演奏ができるようになりたい」と感じるのとまったく同じである(なのに、時折、反社会的行為を犯すひとがいる。朝青龍と同じである)。

 いったい、いつから相撲は、土俵上で不用意ににらみ合ったり、すでに俵を割っている相手をとことん突き出すような下世話な格闘技になってしまったのだろう。その一端を、朝青龍が担ってこなかったと、いえるだろうか。

 かつて、若貴ブームのころ、相撲好きの私は、あらゆる手を使って国技館に潜り込んでいたことがある。当時、小錦、曙、武蔵丸といったハワイ勢が伸びていた時期でもあったが、彼らも「土俵上の態度が悪い」とか「相撲が日本の国技であることがわかっていない」とか、さんざんいわれた。私も当時、そう思っていた。

 だが、朝青龍が登場して、すっかり考えが変わってしまった。いまとなっては、ハワイ勢は、まことに真摯なお相撲さんたちだったと思わざるをえない。

 朝青龍の引退を大歓迎する。

 

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)

(2010.02.04)


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