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【コラム】

富樫鉄火のグル新
第128回
長田弘さん、逝く

ツィッターほど短くもなく、ブログほど個人的でもない、
同じような話題をグルグルめぐるけど、基本は最新の話題。グル新。

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この詩集は、現在、新刊入手付加。4月に刊行された『長田弘全詩集』に収録されています。

 5月3日に75歳で亡くなった詩人・長田弘さんは、新聞のコラムニストにとって、重要な“ネタもと”だった。なぜなら、長田さんの詩は、とてもわかりやすい言葉づかいで、時代の空気や風潮を見事にとらえていたからだ。没後、ほとんどの新聞のコラムが、長田作品を引き合いに出して追悼していたのが、恰好の証左だろう。たとえば、鮎川信夫高見順のような“厳しい”内容の名作詩の合間に長田さんの詩を読むと、息を詰めていたのが、ふっとほぐれるような、それでいて核心を射ていることにハッとさせられる、そんな感じがあって、とても好きだった。
 もちろん、ロングセラーとなった『深呼吸の必要』が若者向けの散文集だったり、読売新聞「子供の詩」選者を長くつとめたり、そういう仕事で注目されたために“わかりやすい”詩人だとのイメージを持たれたのだろうが、それはちょっとちがうような気がする。
 長田さんはよく、「本」や「音楽」を詩の題材にした。その中で私が愛好している詩集が『黙されたことば』(1997年刊、みすず書房)で、バッハからショスタコーヴィチ、アイブスまで、全部で25人の作曲家を題材に、一人一編ずつ、詩にしている(すべて3行6連=18行)。それが、一種の作曲家紹介、あるいはミニ評伝になっていて、見事だった。かつては、“わかりやすい”ことばで当たり前のことが書かれているだけのような気がして、あまり好きではなかったのだが、こっちも歳をとって、小難しい話が苦手になってくると、これで十分のような気になってくるから不思議だ。
 『ワーグナーの場合』に「ワーグナーにとって、音楽は/ただ音楽であるものではなかった。」「時間をおおきく、濃密にしながら、/ワーグナーが音楽に刻みこんだのは、/一瞬も途切れない、永遠のような旋律だ。」との一節がある。先日、東京佼成ウインドオーケストラの郡山公演で司会解説を承り、《エルザの大聖堂への行列》の前に、この部分を紹介したのだが、あの全曲がロングトーンでできているような曲は確かに「時間をおおきく、濃密に」しているなあと、その表現に感心したものだった。
 ほかには、こんな詩もある。
 「昨日の世界は壊れた。全部壊れた。」「壊れてはじまったのだ、二十世紀の/百年の時代は。」「この新しい時代の新しい廃墟に/のこされたのは、自問だけだ。」「われわれは、静かに従う人間なのか?」「ちがうと、シェーンベルクは言った。/われわれはみな、生きのこりだ。この/壊れた時代に生きのびた生きのこりなのだ。」(『怒りと悲しみ』より)
 《ワルソーの生きのこり》に、もっともふさわしい解説文ではないだろうか。


富樫鉄火(昭和の香り漂う音楽ライター)
FMカオン、毎週(土)23時〜「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」パーソナリティもやってます。パソコンやスマホでも聴けます。

 

(2015.05.28)


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