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【コラム】

富樫鉄火のグル新
第123回
よみがえる「伝説の一夜」

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同じような話題をグルグルめぐるけど、基本は最新の話題。グル新。

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 1938年1月16日(日)夜、「クラシックの殿堂」として知られるニューヨークのカーネギー・ホールで、ベニー・グッドマン楽団がジャズ・コンサートを開催した。フィナーレは、おなじみ《シング・シング・シング》である。ベニーのクラリネット・ソロはもちろん、ハリー・ジェイムズ(Trp)ジーン・クルーパ(Drms)、ジェス・ステーシー(Piano)、ベイブ・ラッシン(T.Sax)らが、奇跡のソロを繰り広げた。人間は、ジャズで、これほどの高みに達することができるのか――当夜、多くの聴衆が、そう思ったことだろう。この一夜は、ポピュラー音楽史に残る「伝説」となって語り継がれることになった。

 このコンサートを、CBSが「記録」用に録音し、2巻のラッカー・マスター盤を制作していた。1セットは国会図書館に寄贈され、もう1巻はベニーのもとへ。しかし、多忙なベニーは、その存在をすぐに忘れてしまう。約10年後、ベニーの娘が、家のクローゼットの奥から、その原盤を見つけ出した。世はSPからLP時代に移っていた。かくして、戦後の1950年になって、初めて、カーネギー・ホール・コンサートのライヴ盤が世に出た(その後、完全盤がリリース)。世界中の人々が驚いた。まさに奇跡の名演、音の世界遺産である。

 このレコードを早々と日本で聴いた1人が、当時27歳、アーニー・パイル楽団でトランペットを吹いていた、岩井直溥青年である(たぶん、進駐軍のキャンプで聴いたのではないか)。
「興奮したねえ。日中戦争が始まって、日本中が大騒ぎしているときに、海の向こうでは、これほどのジャズをやってたんだね。こんな国と戦争したって、勝てるわけないよ」

 その後、岩井は、1981年に「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」で、《シング・シング・シング》の吹奏楽版を発表する。いまでも演奏されるロング・セラーだが、これは一種の簡易アレンジ版である。いつか、あのカーネギー・ホール・ヴァージョンを吹奏楽で再現し、本物のジャズの感動をみんなに知ってもらいたいと、岩井は少しずつ譜面を書いていた。やがて、ポップスを得意とする陸上自衛隊第3音楽隊(伊丹市千僧)が、その願いに応え、初演に挑む。あの夜の奇跡と感動を再現した、見事なスコアリングと演奏だったが、さすがにアマチュア・バンドにとっては、そう簡単に演奏できるスコアではない。ベニーのマスター盤同様、すぐに忘れられてしまった。だが岩井は、折に触れて「あのカーネギー・ホール・ヴァージョンを、ぜひもう一度、みんなに聴いてもらいたいなあ」と語っていた。

 岩井の没後、仕事場の楽譜の山やデータの中から、ご遺族が、その譜面を見つけだした。そして5月10日(日)、再び演奏される。 「伝説の一夜」が、日本で再現されるのだ。失われていたマスター原盤がよみがえったのと同様、忘れられていた岩井スコアも、よみがえる。《シング・シング・シング》こそは、不死鳥の名曲に思えてならない。
[敬称略]


富樫鉄火(昭和の香り漂う音楽ライター)
FMカオン、毎週(土)23時〜「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」パーソナリティもやってます。パソコンやスマホでも聴けます。4月は、「シリーズ戦後70年/日本の戦後復興」、そして「新発見! 19世紀イタリア巨匠の吹奏楽曲」です。

 

 

(2015.04.16)


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▲スタートレックのテーマ(arr.岩井直溥)
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